13 魔王軍襲来
(ラースラン王国の親衛騎士団、確認しなければ・・・)
要塞内部の談話室。装飾の類も無く小さい謎の機械音が一定の
リズムで鳴り響く室内。しかし空調も完備され冷やされた果汁などの
飲料も出され居心地はいい。
暗黒結社ガープが大作戦室で方針会議を行っている時、
ここではサリナと名乗るメッサリナ皇女の要望で冒険者パーティー
自由の速き風の一行との対話が行われていた。
「お話があるとの事でしたが・・」
促されメッサリナ皇女は頷き、自分を助けに来てくれた冒険者達、
その中でラースラン王国親衛騎士団の所属を明らかにした若者の
リヒテルに向かって確認を問う。
「ラースラン王国は尚武の国と伺っております。その親衛騎士団に
は高位貴族や王族の子弟まで所属する事があるとか。」
メッサリナの表情には真剣そのものだ。
王族という言葉にラースラン側が密かに緊張の度合いを高めた。
「その副騎士団長でもあるリヒテル殿は私の正体に思い当たるのでは
ありませんか?」
「そういうご懸念ですか。」
内心ホッとしながらリヒテルが応えた。逆に自分の正体である
第3王子ユピテルである事がバレた訳ではないと安堵しつつ。
「その鮮やかな髪色から皇族の血統を引く高位貴族である事は推察できます。
しかしながら我が身は帝国に赴いた経験は幼少期にしかなくご尊名を推察
するに至りません。どうぞご安心を。」
ふう、っと軽く息を吐き安堵するメッサリナ。
(この方は切れ者のようだから何かの拍子で思い出される
危険はあるけれど。でも、とりあえず問題は無さそうね。)
実はお互いの顔を知らぬ事こそが大問題なのだが。
主要な目的は済んだので少し雑談を振って見る事にした。
せっかくラースラン王国の中枢の事情に通じる者が居るのだ。
「そういえば我が国のメッサリナ殿下とご婚約されたユピテル殿下とは
どのようなお方なのでしょう?聡明なお方だとは伺っておりますが・・・。」
「・・・どちらかと言うと、つまらない男ですよ。」
「まあ。」
(主君に対して随分とズケズケ言うのね。かなり親しい間柄、
おそらく将来の側近候補なのでしょう。)
少しつまらなさげな表情を浮かべたリヒテルはすぐに表情を改め
居住まいを正し向き直った。
(この機会に根回ししとくか・・・)
「サリナ殿、どうやら貴女はメッサリナ皇女殿下に近しいお方の
ようだ。これは他意は無いのだが我が国のユピテル王子との
婚約を再考して頂けるよう働きかけをお願いできないだろうか?」
虚を突かれた顔をしたメッサリナは思わず、
「それは、ユピテル殿下には他に心に決めた女性が…」
「断言いたしますがそんな相手はおりません。」
キッパリと言い放ち言葉を続けるリヒテル。
「これは合理的に情勢の変化を判断した話です。現在、メッサリナ殿下は
皇位継承の有力候補であり一皇族ではありません。外国との政略結婚など
より帝国内の有力貴族の婿を取り国内基盤を固める事こそ大事です。」
「しかし婚約を白紙にすればラースラン王国との友誼に傷が付くのでは?」
「ご懸念無用。我が国の帝国に対する友好は揺るがず今後も内戦収束に
最大限の協力をお約束いたします。」
「それは、貴方の独断でしょうか?それともユピテル殿下や国王陛下も
ご承知のお考えなのでしょうか?」
「…私の考えとユピテル王子の考えは完全に一致しております。」
「…ふふふ。」
「?」
「本当に聡明なのですね。貴方もユピテル殿下も。本当に懸念しているのは
継承権問題なのでしょう?」
「なっ!?」
図星を突かれリヒテルは驚愕を隠せなかった。ここまで即座に
見抜かれるとは思っていなかったのだ。
(姉上の例もある。女性だからと油断したつもりはなかったが・・・)
「メッサリナ殿下が皇帝に即位すれば婿であるユピテル殿下は皇配となり
2人の子供は帝国の皇位継承権とラースラン王国の王位継承権の両方をもつ
血統となる。たとえ王位継承権が停止されていても女帝が強大な帝国の力を
背景に自らが産んだ子の1人を強引にラースランの王位に就けようとするの
ではないか?それがご心配なのでしょう?」
「・・・。」
「ですがご懸念は無用です。誰よりもメッサリナ殿下を知る者として
あの方はそんな道義にも劣るマネは絶対に致しません。友好国の王位を
簒奪するなど信頼を失い名声を落とし国の内外を混乱させ敵を作るだけ。
断言いたしますがあの方はそんな愚かな決定をする皇女ではありません。」
一息吐いてリヒテルは両手を小さく掲げた。
「参りました。貴女の知性を過小評価していたらしい。私の知る貴族の
ご令嬢は恋愛話やスイーツの事ばかり話すものですから油断してました。」
「ふふ、女性は単純に見えて奥深いのですよ。貴方ほど聡明でハンサムな
方でしたら女性に良くモテるでしょう?もう少し深く令嬢方を観察される
事をお勧めいたしますわ。」
「お褒めに預かり恐縮ですが、あまり異性交遊の経験は無いので。それに
婚約者の居る身ですから浮ついた事は控えなければなりませんし。」
「そう・・・ですか。」
婚約者の存在にはっきりと落胆の表情を浮かべるメッサリナに
冷静なはずのリヒテルが狼狽えた。
「こ、婚約者と言っても親の定めた相手で会った事も無ければ
顔すら見た事がないのですが。」
実際、気楽な冒険者家業から連れ戻され継承問題解決まで丸投げされ
ての婚約である。リヒテルは婚約に真面目に取り組む気になれず段取り
や資料も無視し送られて来たメッサリナ皇女を描いた肖像画を確認すら
していなかった。
「まあ。」
(でも言われてみると私も同じようなものね。婚約を交わした
ユピテル殿下とお会いした事は無いもの。)
軍務で多忙な日々を送り、その後は皇位継承の嵐に巻き込まれた。
これまでメッサリナに時間的な余裕は無くラースランから送られて来た
ユピテル王子の肖像画は包みすら開いておらず一瞥もしていない。
「責任のある立場では自由な婚約など望めませんね。だからこそ
メッサリナ殿下の婚約の白紙への働きかけについては返事を保留と
させて頂きたく存じます。」
「無論です。ただ、こういった提案があった事を心の内に
留め置いて下されば幸いです。」
若い2人の遣り取り、特にリヒテルの真面目くさった言い回しに
自由の速き風の皆はニマニマ面白そうに眺めている。
大導師ジジルジイも基本的には面白そうにはしていたが
豊かな白いアゴヒゲを何度も撫で付けながら考えていた。
(ふーむ、あのサリナというご令嬢の顔、どこかで見た気がするんじゃが。
どうも魔術研究以外に記憶力を振り向けんからのうワシは。)
ポンポーン♪
その時、自動ドアから来客を告げるノック替わりのチャイムが鳴った。
入室した時に教わった通りドアに向け返事をするとドアの液晶画面に
向こう側でチャイムを鳴らした者の姿が映る。
画面に映った黒ずくめの戦闘員が呼びかけてきた。
「ご歓談中に申し訳ありませぬ。ただ今、皆様に至急ご確認願いたい
事があり吾輩とともに作戦司令室にご同行願いたいのですが。」
「分りましたワガハイさん。すぐ行きましょう。」
作戦司令室に到着すると烈風参謀がすぐに応対してくれた。
「レップウ参謀殿、何かあったのでしょうか?」
「急な呼び出しですまない。実はつい先ほど要塞から距離400メートル、
地上から5メートルの空中に何者かが出現した。」
「何者かが?」
「今、映像を出す。この者なのだが・・・」
正面の大モニターが映像を映し出す。
1人の異様な女が空中に浮かぶ姿だ。
だが、異様なのは空中に浮いている事ではなく
その姿そのものだ。
肌が毒々しいまでの青で下から風でも吹いているかのように
逆立った長い髪は青紫。顔立ちは整っているがその眼は白目
部分が黒く銀色の瞳が不気味な光を放っていた。
さらに異常さに拍車をかけているのは装束だ。
豊かな胸の両先端と股間を黄金で出来た装飾で隠し
その装飾を繋ぐ黄金の鎖。それが着ているもの全て。
この全裸に近い扇情的な姿で左右の手に1つずつ
人間の頭蓋骨を持っている。
「確認を取りたいのはこの女性なのだがラースラン王国や
大アルガン帝国の関係者か教えていただきたい。我々には
奇妙に見える服装だが王国ないし帝国の正装の可能性も考慮し・・」
「こっこれは魔王軍の闘魔将、毒怪グロリス!!」
「魔王軍め、よりによって闘魔将の1人を差し向けてくるとは
初手から本気で潰しに掛かってきたか!」
烈風参謀の問いも無視する形でジジルジイ大導師やリーダーの
リポースが相手の正体を絶叫する。
聞こえた訳でもないだろうがモニターの向こうで異様な女、
闘魔将グロリスは歯をむいて笑みを浮かべた。全ての歯が鋭く
尖り鮫のような歯並びが伺える。
「やはり敵であったか。」
手を後ろに組み少し首を横に傾けたまま烈風参謀も
攻撃的な笑みを浮かべ、
「第一級戦闘態勢を発令!ただちに迎撃を開始する。これは
魔王軍の力量を測る好機でもある。決して逃がさず撃滅せよ!」
烈風参謀の発令と同時に要塞内で戦闘態勢を告げるサイレンが鳴り響く。
ついに魔王軍との本格的な会敵である。