11 異なる世界の邂逅
朝日に照らされるハヴァロン平原と鋼鉄の城塞。
冒険者パーティー自由の速き風の面々と大導師ジジルジイの7名は
まっすぐ鉄砦と呼ぶ鋼鉄の城塞にむかって進む。
経験豊富な冒険者だ。おおよその大きさは目測で把握していたが
近くに寄ると圧倒的な鉄砦の大きさと迫力に気圧されてしまう。
「こいつはまた…。」
要塞全体から見ると小さめだと思われた入口、実際には
時空戦闘機の発進口は幅70メートルで高さが20メートル
というかなりのサイズ。彼らの常識とは何もかも違い圧巻であった。
「でかいが門扉の類とか柵や障害物とかも無さそうだな。」
「例の小型魔道飛行艇の出撃にも使う為だろうさね。」
小柄なコボル族のクゥピィとキャンデルの2人がまるで
2頭の仔犬がポカーンとした如くの表情で見上げつぶやいた。
「では参りましょう。」
僧侶のパンガロの言葉にリーダーのリポースが頷き、
「よし。全員ここで武装解除する。武器を全て地面に置いて
両手を上げて行くぞ。」
「応!」
躊躇は一瞬。たった7人では戦っても無意味である。
此処まで来た以上前に進むしかない。合理的で
速い決断が出来なければ冒険者として大成しない。
武器を足元に置き、両手を上げて全員で発進口から中に入る。
微妙な段差があるが問題無く内部へと進む。特段の妨害は無い。
入口の内部はそのままトンネル状に奥まで続き、かなり広い
空間へと繋がっているらしかった。
床には誘導灯が規則正しく並びカタパルトレールが通っている。
壁と天井は無機質な金属壁で等間隔に境界があり、嵌め込まれた
光源の列が白い光を放っていた。
一同は自身が持っている建造物の常識と余りにもかけ離れた
要塞内の様子に目を丸くしてしまう。
「と、ともかく進むぞ。」
そう言ってリポースが一歩進んだ時に要塞側で動きがあった。
右側面の金属壁の一部が音も無く横にスライドし別の通路が開く。
冒険者達が固唾を飲んで見守る中、ついに要塞側の者達が姿を現した。
先頭には軍服を着用した漆黒の髪の美女。その後から亀型の怪人と
戦闘員が2名続く。
彼らは一分の隙も無い所作で自由の速き風一行の正面に向き直ると、
「あなた方の決断に敬意と尊重を。我が方に敵対の意思は無いので
どうか腕を下ろし楽にしていただきたい。」
先頭に立つ黒髪の女が温和な対応で自由の速き風の面々に語りかける。
思った以上の当たりの柔らかさに一同が安堵し一息ついた。
そうして冒険者達が楽な姿勢を取った所で要塞側が自己紹介を始めた。
「私は烈風参謀という。この要塞の長たる者の1人だ。どうか見知りおき
頂きたい。」
言い終えるや烈風参謀は敬礼する。隙の無い見事な敬礼だ。
「ワシは怪人のカノン・タートルいいます。よろしゅうに。」
「俺は戦闘員NO.240、通称は源さんって呼ばれてる。よろしく。」
「吾輩は戦闘員NO.76、通称はワガハイ。我ら戦闘員は外見での差異が
微妙ゆえ人違いしても無問題なので安心してくれたまえ。」
烈風参謀ばかりか怪人や戦闘員まで普通に自己紹介した事に一同は
虚を突かれたが気を取り直しリポースから順に応える。
「俺はリポース。ラースラン王国の冒険者ギルドに所属するパーティー
『自由の速き風』のリーダーを務めている。」
「…戦士のリヒテルです。よろしく。」
「軽戦士のキャンデルだよ。」
「斥候のクゥピィって者だ。よろしくな。」
「秘神に仕える僧侶のパンガロと申します。どうぞよしなに。」
「魔術師のルティと申します。魔術師ギルドでの認定等級は
中級魔術師になります。よろしくおねがいします。」
「ワシは魔術師ギルドから派遣されて来た付添い人のジジルジイと申す。
普段はギルドの大導師として後進の育成にあたっておるのよ。宜しくな。」
「これはまたエライご丁寧に」
ペコペコ頭を下げながらカノンタートルは何故か無反応になった
烈風参謀を横目で見やる。
「、、、もふもふ、もふもふもふぅ、。」
小さな声でモフモフ呟く烈風参謀は両目をハートマークに変えたまま
仔犬のような姿のコボル族の2人、クゥピィとキャンデルが
短い手足をわちゃわちゃさせ自己紹介する姿に熱い視線を送り続けていた。
(ちょっと参謀はん!しっかりして下さい!!)
「はっ。、、っんん。」
カノンタートルからインカムで内耳に直接訴えかけられた烈風参謀は
咳払いを1つし表情を引き締めて、
「あなた方が来訪した理由は襲われていた馬車から保護した方々に
ついてだろう?若者の方は集中治療中だが女性の方は全快し問題は無い。
あなた方を含め虜囚ではないゆえ退去も来訪も自由にしてかまわない。」
「おお、話が早くて助かる。それじゃさっそく会わせてもらえるかい?」
「もちろんだとも。このまま案内しよう。こちらへ。」
「その前に得物はちゃんと持っときな。」
見るといつの間にか外に出ていたらしい戦闘員2人が置いて来た
全員の武器を持ってきてくれていた。
「アンタ等の誠意は見せてもらった。逆の立場で考えて武装解除して
見知らぬ所に入るなんて中々出来ねえ。冒険者ってのは勇敢なんだな。
たいしたもんだ。」
そう言う戦闘員に回収してきた装備を手渡される一行。
「いいのか?」
「ええんやで?信頼には信頼で応えんとな。」
「……。」
(ただチョロイだけじゃないな。こっちの装備など戦力としては
問題外と判断されたって事か。)
リヒテルは相手の余裕をそう読み、静かに戦慄する。
「それでは行こうか。移動しながらでも諸君が拠点にしている
ラースラン王国の事など教えてもらえれば助かる。」
「王国の情報を?」
リヒテルの言葉に疑念がにじむ。
「別に機密を知りたい訳では無いゆえ安心されよ。ただ
ごく一般的な王国の事柄を知りたいだけだ。なにせ我らは
異なる世界より来訪した新参者だからな。」
「『新参者』ですか。では我々は貴方達の事を何と呼び認知すれば
よろしいのでしょうか?」
リヒテルの問いに烈風参謀は応えた。
「ふむ、そうだな。我々の事は『新勢力ガープ』と呼称していただこう。」
新勢力ガープ
リヒテルはその聞き慣れない呼称を心に深く刻み込んだ。
同刻の要塞第2司令室。
「大変なもんだ。皇位継承権者ってだけで苦労に次ぐ苦労じゃねえか。
その歳で良く頑張れるな。」
「私の事など所詮は個人の事ですわ。帝国の混乱に比べれば
微々たる事柄。一刻も早く終息させねば帝国国民や周辺諸国に
計り知れない災禍を巻き起こすでしょう。」
そう言ってメッサリナは水槽の中で損傷した身体を復元中の闇大将軍に
心配している心情を吐露する。
非常事態に次ぐ非常事態の連続に判断力が低下していたメッサリナも
落ち着いて考えれば彼らが魔王軍ではない事を示す判断材料が
幾つもある事に気が付く。そして異界より飛んで来たという異様な
話も異様な要塞内部の様子に納得するしかない。
彼らは敵か味方かはまだ分らないが良い関係を築いていく方が
良いとメッサリナは結論付け三幹部や怪人たち、特に闇大将軍と
積極的に対話を重ねている。
見た目がバケモノとしか思えなかった闇大将軍だが話してみると
三幹部の中ではメッサリナと一番話が合った。
帝位を継承する皇太子が健在だった頃、メッサリナは士官学校を
優秀な成績で卒業するや軍政畑へと進み兵站・補給のスペシャリスト
として軍中枢で働いていた。
帝国軍は巨大でありその軍政と兵站の仕事は膨大であった。
餓えた兵士たちに食料や医薬品などの補給物資を届け、給与や論功行賞など
差配し前線の不満や意見上申を中央に届け解決する為に現場と中央を往復し
がむしゃらに働いた。皇族という身分をひけらかしてもどうにもならぬ。
能力と努力がなければ勤まらない職場で彼女は結果を出したのだ。
メッサリナは頑張った。
継承権争いが勃発し宮廷に軸足を移さざる負えなかったが帝国軍が
軍から離れた彼女を支持したのは生存する唯一の軍籍を持つ皇族だから
だけではない。
彼女の頑張りを知る高級軍人から2等兵にいたるまで皆から深く
信頼されたからだ。
そして闇大将軍。ガープの軍事部門の責任者として大首領からの
過大な命令に振り回されながら特務小隊ソルジャーシャインや
全ての先進国の軍隊を相手に少数精鋭のガープの軍事部門を
率いて戦った。
優秀な烈風参謀の補佐が無かったら持ち堪えなかっただろう。
ちなみに教授は軍事作戦には疎くあんまり役に立たない。
軍隊の苦労話や体験談をてんこ盛りに抱えているメッサリナと
闇大将軍が意気投合するのは当たり前であった。
「歓談中に悪いがお客さん達が到着したぞ。」
教授の言葉とメッサリナが立ち上がり向き直るのと同時に
自動ドアが開く。
烈風参謀に先導された冒険者風の一行が入室する。自由の速き風の
メンバーだ。彼らは目前の保護対象を前に表情を改める。
この時はメッサリナはガウンに似た療養服ではなくガープの女性士官の
軍服を着用していた。
烈風参謀の軍服と同系列の黒と灰色を基調とした機能美に優れた
スマートな制服である。ガープの装束にスカートは無いので
細身でシャープなズボンと黒いブーツを履いている。
そして冒険者達が遠目に確認していた真紅の髪。
「彼らはラースラン王国の冒険者で貴女を保護する為に来てくれた
との事だ。」
「パーティー自由の速き風のリーダーやってるリポースだ。貴方が
攫われて奴隷にされた貴族令嬢で間違いないか?」
メッサリナの目が一瞬驚きで見開いた。
烈風参謀も驚いたが即座に理解も出来た。考えれば
当たり前の話だ。
(なるほど、捜索依頼を出した侯爵は自陣営が奉じる皇女が奴隷姿で
行方不明などと公表できるはずがない。メッサリナ皇女がここで
名前と身分を出したら台無しだが彼女の賢明さから心配あるまい。)
「ええ、間違いありません。訳あって本名は名乗れませんが仮初の
名としてサリナとお呼び下さい。」
「了解したサリナ殿。貴族の不祥事は家名が表に出たら色々と不味い
事は分っている。」
「申し訳ありません。」
「捜索依頼を出しているレクトール選帝侯も首を長くして待ってるだろう。
さっそく出立したいが良いか?」
冒険者達がサリナと名乗った皇女を保護し出立しようとする様子に
横から烈風参謀が話しかけた。その相手は何とジジルジイ大導師だ。
「話が纏まった様で喜ばしい。所で我々は大アルガン帝国ならびに
ラースラン王国と友好関係を結びたい。そのための使節を派遣したいが
その旨の伝言ないし仲介をお願いできないだろうか大導師どの。」
「ほっほう?それはかまわんが何故このワシに?」
「皆さんの中では貴方が1番高位で政権に意見を届けやすいと
判断させて頂いた。我等は異界からの侵略者である大魔王とやら
と違い平和的な接触を望んでいるのだ。」
「成る程のう。……いやさ、ワシよりも好都合の者がおるぞい。」
そう言ってジジルジイ大導師はリヒテルを見た。自由の速き風のメンバーに
緊張が走る。
「冒険者風を装っておるが此方のリヒテル殿はラースラン王国親衛騎士団の
副団長じゃ。王宮への報告義務を背負い、ある程度の権限も与えられておるよ。」
リポースを筆頭に自由の速き風のメンバーは胸をなでおろす。大導師は
リヒテルの本名がユピテルという事や王子である事は漏らさなかったからだ。
リヒテル小さく溜息をつくや姿勢を正し、
「立場上仕方ないとはいえ欺く形になった事を謝罪いたします。」
「いや、私が諸君の立場なら同じよう振舞ったろう。気にする必要はない。
実に正しい判断だと思う。それでは副団長殿、此方の要請はお伝え願えるか?」
烈風参謀は気を悪くする様子も無くふたたび友好関係構築の提案を出す。
「ええ、あなた方から友好関係の打診があった事を王宮に報告いたします。」
「ラースランの親衛騎士団ですか?」
そう声を掛けてきたメッサリナ皇女ことサリナ。烈風参謀から
そちらに向き直ったリヒテルは姿勢を正す。
「ええサリナ殿。私の正体が明らかになった上でラースラン王国として
貴女にご提案があるのですが。」
「何でしょう?」
「このまま帰還しすぐに長距離の転移でレクトール領ヘ向かわず
一旦ラースラン王国へとお越しいただきたい。」
「……。」
「長距離での転移は危険が伴うという事で、ちょうど我が国には
アルガン帝国に派遣する為に用意した空中艦隊があります。
貴女という要人を警護してレクトール領へと届けるのに
充分な戦力であると思われます。」
サリナの目が見開き笑みがこぼれる。
「貴方は随分と頭が切れる方のようですね。」
要するにサリナの護衛という大義名分でラースラン王国に友好的な
レクトール陣営に軍事支援の艦隊を送り込もうとしているのである。
むろんサリナに異存は無い。
「ご提案承りました。宜しくお願いいたします。」
頭を下げたサリナ。しかし表情を引き締め、
「出立の前に少し私たちだけで話をしておきたいのですが、、」
(ラースラン王国の親衛騎士団、確認しなければ)
サリナがチラリと烈風参謀に目を向ける。
「ふっ。遠慮はご無用。談話室をお貸しいたしましょう。ちょうど
我々の方でもあなた方からもたらされたこの世界の知識について
話し合いを行う予定なので。」
サリナとリヒテルら冒険者達を談話室へと案内した後、
「死神教授、闇大将軍、今後の方針を簡潔にまとめ
大作戦室に全員集合し最終方針を決定するぞ。」
「うむ!総員集合の号令を発信じゃ。」
「おう!これは大忙しになるぜ!」
ようやくこの世界での立ち位置が見え始めた暗黒結社ガープ。
新勢力ガープとして主体的に新たな一歩を踏み出そうとしていた。