10 冒険者達の決意
暗黒結社ガープの要塞が座礁しているハヴァロン平原。
そこからほど近い丘の中腹に偽装されたキャンプで小さな焚き火を
踏み消しながら6人の冒険者達は夜明け前の空を見上げると
ひと晩中話し合った結論を実行しようとしていた。
今も続く要塞のゾンビ掃討戦を眺めつつ全員が頷く。
「腹ぁ括れよ。日が完全に昇ったら行くぞ。」
『自由の速き風』なる冒険者パーティーのリーダーを務める
リポースは気合を入れた。
話は前日の夕刻に遡る。
ラースラン王国側が『鉄砦』の仮称で呼ぶ謎の要塞を見張る為の
キャンプに設置されている転移門から交代の要員が到着。
見張りは24時間体勢。野外での潜伏に慣れている冒険者パーティと
転移門の操作や偽装に上位の幻影の呪文が扱える上級魔術師がチームで
監視要員として交代で見張りについていた。
交代にやって来たのは『自由の速き風』とジジルジイ大導師だ。
リーダーのリポースが交代の手続きを行っている間にジジルジイは
交代する上級魔術師に声を掛けていた。
「ご苦労じゃったな。だいぶ魔力を消耗したじゃろう。後は
ワシに任せなさい。」
「お気使いありがとうございます。大導師様。」
言うなりジジルジイは上位の幻影魔法を張り直した。
幻影も上位になると現場でキャンプファイヤーを焚いたり大宴会を
行っていても一歩外へ踏み出せば何も無い荒地にしか見えなくなる。
音も匂いも感知されない完璧な偽装となるのだ。
(もっともあの鉄砦の連中相手にいつまで誤魔化せるかは未知数じゃな。)
大導師が物思いに耽っていると場を騒然とさせる緊迫した叫び声がした。
「馬車だ!!北西からゾンビから逃げて来る馬車だ。かなり不味い!」
馬車を発見したのは交代で帰還する予定の冒険者パーティー『お宝総取り!』の
斥候役の若手だ。
ホークマン族の彼は背中に翼を持ち鋭い視力を備えていて遠方の異変に
いち早く気が付く事が出来た。
その場にいた皆が一斉に指し示す方角を見る。
逃げ進む馬車にはもう何体かのゾンビが取り付き御者台の者達が
振り落とそうと奮闘している様子が見て取れる。
「状況は切迫している!すぐに救出しないと、、!」
「ああっ!ヤバイ!横転したぁぁ!」
大破はしていないが動けなくなった馬車に動く死者が群がってゆく。
急いで救援の準備を整え飛び出そうとする冒険者達。潜伏任務の
ため馬の用意が無く寸刻を惜しんで行動せねば間に合わぬ。
しかし、ここで皆を制止する声が響く。
「だめだ!!むこうが先に辿り着く!!もう間に合わない。」
大きいが冷静な声で制止したのはリヒテルの偽名で冒険者に扮し調査に
参加していたラースランの第三王子ユピテルだ。
彼が指差し示すのは鉄砦から黒い戦闘服の兵士達と怪物が恐るべき
速さで馬車に向かっている姿だ。
「うげぇ、、!」
あの勢いならば間もなく頓挫した馬車に到着するだろう。冒険者のキャンプから
馬車までの距離より鉄砦からの馬車までの方が倍以上は遠い。それを勘案すれば
圧倒的な移動速度といえた。
ゾンビに絡まれ謎の集団の襲撃を受けそうになった馬車から馬に乗った男が
脱出した。逃げる方角は南。ちょうど冒険者達の方に向かってくる。
馬車の方は鉄砦の兵が到達しゾンビとの戦闘を開始したようだ。
冒険者達は馬に乗ってきた男だけでも保護しようと行動する。
「ぬおおおお?!おっ。生きた人間か!ありがたい!」
馬で逃げてきた男、アクーニンは目の前に現れた武装した一団に最初は
驚いたものの生きた人間と知って安堵する。
「冒険者のリポースって者だ。アンタ大丈夫か?」
「ああ、何とかな。俺様は商人のアクーニンという。ともかく助かった。」
だがアクーニンが名乗った途端、ちょうど交代で来た『自由の速き風』の一行の
目付きが鋭くなる。
「奴隷商人のワルモン・アクーニンで間違いないか?」
「ん?いかにも。それがどうかしたのか?っ!おい!!」
馬から降りて返答したアクーニンはその場で取り押さえられた。
「何をする!放せ。ええい放さないか!!」
「こっちに来る直前、ギルドから指名手配の通達があった。お前には
アルガン帝国の貴族令嬢を攫い奴隷にした罪で大アルガン帝国の
レクトール選帝侯から懸賞金付きの逮捕状が出ている。」
「知らん!!知らんぞそんな話は!!」
「すでにレクトール領で逮捕されているラハブとかいう商人はお前さんが
主犯だと言ってるそうだがな。何にせよ申し開きは向こうでしな。」
怒鳴り喚き散らすアクーニンを交代で帰還する冒険者『お宝総取り!』の
一行がホクホク顔で連行しつつ転移門へと消えた。山分けにしても懸賞金は
相当な高額なのだ。
「もっとも、あっちの方が遥かに高額の懸賞なんだがなぁ、、。」
リポースは鉄砦の怪物たちに保護されてゆく若い男と見事な赤髪の
女性の姿を見て呟く。
アクーニンの逮捕より連れ去られた女性の保護と無事な帰還。そちらの
方がずっと重要であるらしく懸賞の金額が1ケタ違っていたのだ。
その赤髪の女性は鉄砦の中に消えた。
ぱちぱちっ、、。
火力の衰えた焚き火に薪を2本ほど足し小さな火の粉が舞う。
火を囲む『自由の速き風』の一行。
夕暮れから見張りを続けながらずっと話し合ってきた。
連れ去られた女性をどうするか。その結論とは、、
「明日、武装解除して鉄砦に向かい交渉する。」
冒険者姿のユピテル王子が宣言する。
「お前さんの言う事だ。上手く行く勝算があるんだろリヒテル?」
ニヒルな口調で声を掛けたのは小型獣人族であるコボル族の斥候で
レンジャーのクゥピィという若者だ。凄腕である。
姿が人間の子供ほどの体格のポメラニアンの仔犬が直立した
ようなクゥピィは腕を組んだキザなポーズのままユピテルの
偽名を訂正せず話を続けた。
「リヒテル、アンタほど頭が良い慎重派が根拠も無く言うはずねぇ
からな。その根拠を噛み砕いて教えてくれ。」
「それはアタシも聞きたいね。」
そう言ったのは同じコボル族の軽戦士のキャンデルだ。
革の胸当てと金属を縫い込んだハチマキを締め片手剣と丸盾を
装備した彼女の姿は2本足で直立した柴犬の仔犬そのものだ。
体格はクゥピィより若干大きい。
コボル族は神速の反応速度と超スピードの運動能力を備えており
小さな身体を補って余りあるその戦闘力は一目置かれている。
「何度か説明したと思うが、、、」
そういうユピテルに対して穏やかな男性の声が語りかける。
「ええ。ですが要点を纏めすぎていて要約したかのように感じました。
夜明けまでまだ間があります。もう少しだけ細かく説明いただければ
私たちの不安は払拭されるかと。御面倒かとは思いますがお願いできませんか?」
声を掛けたのは僧侶のパンガロ。
宗教勢力の小さい秘神を信仰している。信徒しか名を知らない秘神の教えは
神聖ゼノス教会に押されぎみの小宗派だ。
トロールハーフのパンガロの身長は3メートルに近く怪力で下顎から上に
鋭い牙が伸びている。しかし温和で善人な彼は武器などで武装はしていない。
心優しいパンガロだが他ならぬトロールに対してだけは激しい憎悪を
隠そうとしない。
トロールが多く住む闇森の近くの村が故郷であった。その村は何度か
トロールに襲われ彼の母もトロールに純潔を奪われ彼を産む事になる。
だがそんな出自の彼を母親は心から愛し大切に大切に育ててくれた。
差別に苦しみつつも成長したパンガロ。だが彼の留守中にまたも
トロールの襲撃にあい村が壊滅してしまった。パンガロの母の命も。
パンガルは故郷と母を弔う僧侶となりモンスターから人々を救うために
冒険者の道を進んだ。
パンガロはトロール以外に常に向ける穏やかな表情でユピテルに
話を続けるよう促す。
それを受けユピテルが結論に至った推論を説明してゆく。
「まず1番俺が確信している事、鉄砦側に我々を害する意図は無い事だ。」
「え?」
「どうやら連中は我が方が監視していると早い段階で把握していたようだ。
もし害意があったらこっちはとっくに殲滅されているだろう。そのぐらいの
攻撃力や捕捉能力が向こうにはある。」
「な、何でバレてると思ったんだ?」
「アクーニンとかいう奴が馬で我々の方に向かってきた時に奴等は
来なかった。あれだけの移動速度があるのにだ。我らが居る事を
知っていたからじゃないか?おまけに…」
「おまけに?」
「アクーニンを捕捉する際に何人か幻影呪文の範囲を出たのに
連中は驚く様子も無いまま犠牲者を救護し撤退して行った。最初から
知っていたと考えるしかない。」
しばしの沈黙、
それをたどたどしい少女の声が破る。
「あ、あのぉそれじゃ奴隷にされた可哀想な女の子はまだ無事な可能性が
あるんですね?」
「うん。その可能性は高いと思う。」
発言したのはパーティーの魔術師のルティだ。尖った耳に白銀の髪に金の瞳、
長命のエルフ族で丸眼鏡をかけた10代半ばの少女に見える。実年齢も57歳と
エルフ族ではかなりの若手だ。
「分りました!ではその子を助けに行きましょう。」
「ああ、帰還できる確率を上げる為に自由の速き風全員でな。」
リーダーのリポースが結論を纏め仲間を見る。
戦士 ユピテル
軽戦士キャンデル
斥候 クゥピィ
僧侶 パンガロ
魔術師 ルティ
種族が違えど争い無く仲良くやって来た仲間たち。こいつらと
一緒ならきっと上手く行く。リポースはそう確信していた。
やがて夜空が白く明るくなり始めた。キャンプの焚き火を消したり
大導師を通じて魔道通信を後方に送るなど用意を整えると皆で頷く。
「腹ぁ括れよ。日が完全に昇ったら行くぞ。」
『自由の速き風』なる冒険者パーティーのリーダーを務める
リポースは気合を入れた。
「ホッホッホッ。魔道通信を送ったが王宮からの返答を待たず
指令無しで鉄砦と接触しても良いのかの?」
ジジルジイ大導師がなにやら面白い事を聞く風情で疑問を述べる。
ユピテル王子は肩をすくめて、
「このくらいなら俺に与えられた権限の範囲内と解釈できますのでご懸念には
及びませんよ大導師様。」
2人の会話を聞いていたリポースがはっとした表情で全員に告げる。
「おい、いいか?絶対にリヒテルの本名や身分を口に出すなよ。
王族だとバレたら何があるかわからねえからな。」
「なるほどのう。ワシも気を付けた方が良さそうじゃな。」
「え?!」
「大導師様も来るのですか?」
事も無げに話しに加わってきたジジルジイ大導師に全員の注目が集まる。
「こんな面白そうな事で置いてきぼりはイヤじゃわい。」
そして少しばかり真剣みを帯びた声で
「いざとなったら転移門無しで多人数を転移させられる者が居たほうが
よかろう?ん?」
「ありがとうございます。」
深い感謝の気持ちを込めて全員が大導師に頭を下げる。
本来は付き合う義務の無いジジルジイ大導師の同行により
不安は幾分か軽減された。
そして太陽が昇り死者が去る。行動開始だ。




