#2神様
次の日の放課後は暇だったので街中を探索してみることにした。昨日寮の中で迷っておいて大丈夫かと自分でも思うが、多分問題ない。今日はスマホさんが一緒だ。迷った時は地図アプリに助けて貰える。
「高校、入学したんだなぁ」
中学まで住んでいた街とは全然違う景色に、楸は独り言を零した。
女子高に行けば、自分のようないわゆるレズビアンの人もきっといる。わかってくれる人がきっといる。地元から離れて星花女子学園を受験したのにはそんな理由もあった。
「ユミリンは今頃部活かな」
隣を通り抜ける車以外に周りには誰もいないからだろうか。心の声が独り言となって雪解け水のように外に流れ出してしまう。
そういえば、昨日助けてもらった長辻先輩もラケットを背負っていたのを思い出す。2人は同じ部の先輩後輩だったのか。昨日ユミリンが言っていたかわいい先輩というのは、もしかして長辻先輩の事なのだろうか。たしかに長辻先輩はかわいい系の美人だ。もし2人が先輩後輩以上の関係になったら・・・・・・。
「まさかっ・・・・・・考えるのやめよ」
思考を中断するために、なんとなくスマホのカメラで夕日にもえる街並みを撮影する。
ユミリンに見せたらどんな反応が返ってくるだろう。
綺麗だね、と返ってくるだろうか。
ただの夕方じゃん、と返ってくるだろうか。
「ユミリン、ユミリンって、恋愛脳かよ」
まだ会って数日。一緒にカラオケも行ったことがない。カラオケだけじゃなく、例えば買い物も一緒に行ったことがない。映画も、タピオカも、プリクラも。私にはユミリンとの初めてがまだ少ない。これからそれがどんどん増えていって、いつかこの恋を明かしたなら。そんな日が来たのなら。
「ああ、神様。どうか、痛くないようにしてください。苦しくないようにしてください」
言葉足らずな祈りを、神様は聞いてくれるだろうか。答えはまさに神のみぞ知る。
「・・・・・・なんてね」
肩を揺らす。
「帰るかー」
楸は回れ右をして来た道を戻り始めた。
長く伸びた影は、隣を通り抜ける車のヘッドライトにかき消されては現れて、またかき消されて。
「お疲れ様です。長辻先輩!」
「お疲れ、由美里ちゃん」
部活が終わり、由美里は翔子と帰路についていた。
「今日も先輩、かっこよかったです!」
「そうかな? ありがとう。由美里ちゃん優しいね」
いい子いい子、と先輩に頭を撫でられる。その手は温かくて、その熱が私の鼓動を加速させる。
(やば・・・・・・にやける・・・・・・)
口角が下がらない。多分今、すごい顔してる。
目を合わせられない。合わせたらきっと死ぬ。
「どうしたの?」
先輩が怪訝そうにこちらを見ている。
「な、なんでもないです」
やばい。頬をこね回してなんとかいつもの顔に戻してから、先輩の方へと向き直る。
「先輩って、彼女いるんですか~?」
「普通は彼氏って聞くのが先なんじゃないかな?」
先輩は笑って、言葉を続けた。
「まあ、この学園は女の子同士で付き合ってる子も結構多いし、彼女って先に聞くのもあながち間違いでは無いのかもね。私はいないよ。由美里ちゃんは?」
「私も今はフリーですよ~」
どんな状況でもさり気ないアピールは忘れない。恋は手数勝負だ。ちゃんと考えて行動しないと後々苦労することになるのだ。感情だけじゃ恋は実らない。
しかし、長辻先輩に対しては越えられないラインがある。私と先輩の帰り道は短すぎる。
「じゃあ、私寮だから。また明日ね、由美里ちゃん」
「・・・・・・はい。また明日。長辻先輩」
先輩が寮に入って行くのを見送って、ため息をひとつ。
「もっとお話したかったなぁ」
明日部活で会えるにしても、LINEでいつでも話せるにしても、先輩の隣にいられる時間がもっと欲しい。
(私も寮に入ればよかったなぁ)
不思議な力で実家が遠くにワープすればいいのに。
「神様、もっと、長辻先輩とお話させてください。好きな人との時間を、もっと」
意味はないと思うけど、願うことをやめられない。叶わないと知っているけど、祈ることをやめられない。
「星、綺麗だなぁ」
何の気なしにスマホに写真を収める。
恋は星を掴もうとすることに似ている。
「おー、おかえり、翔子」
「ただいま、棗」
大浴場から部屋に帰った翔子を迎えたのは、ルームメイトの齋藤棗と、
「おかえりなさい、翔子先輩。お邪魔してます」
「ただいま、美奈子ちゃん。ごゆっくり~」
その恋人で2年の柏木美奈子ちゃんだった。
2人はベッドの上で寝そべりながら爪楊枝でりんごを口に運んでいる。
今日はお楽しみではなかったらしくて安心した。
1度2人が愛を確かめあっている場面に遭遇した時の気まずさは今でも鮮明に思い出せるくらいなのだから、これくらいで安心することも許されて然るべきだ。
「実家からりんごが送られてきたんです。翔子先輩も食べますか?」
「ありがとう、いただきます」
「じゃあもう1個切ってきますね~」
すたすたと寮の共用キッチンにかけてゆく美奈子ちゃん。
その背中を見送ってから、棗は私に問いかけた。
「翔子は、彼氏できた?」
「ううん。ていうか1週間くらい前にも聞かれた気がするんだけど」
「そうだっけ?」
棗はいつもアルコールでも入っているように陽気に笑う。エブリデイ酔っ払い。なんか語感いいな。
「翔子は真面目だなぁ。中学時代は彼氏いたんだろ?」
「いたから転校せざるを得なくなったんだけどね」
私は自嘲気味に笑い返した。私が中学時代に妊娠したことを知っているのは、親と前の中学の人達を除けば棗だけだ。棗はそれを知っても前と変わらず接してくれるし、周囲に言いふらしたりもしないでくれる。本人曰く、自分も中学時代からそういう事をしていたからだそうだ。なんにせよ、ありがたい話である。
「別にもう4,5も年前の話だろ?全部忘れて、もっと彼氏募集中!みたいな感じ出してってもいいと思うけどなぁ」
「えー、なんか嫌」
皿の上のりんごをお行儀悪く手で口に運んでみる。おいしい。
「あたしは心配なんだよ。このままじゃ翔子、一生彼氏作らないんじゃないかって」
別にそこまで引きずるつもりないし。
大学行ったら作るし。
幾つか思いついた反論が、水泡のように浮かんでは消えてゆく。一生誰とも付き合わない道に、私は既に片足を突っ込んでいるのではないか?そんなふとした思考が泡を消していく。では、どんな男性となら私は付き合う?
例えば高収入で、顔と大学の偏差値が高くて、性格も優しくて面白い人がいたとして、私がその人に情熱的に告白されたとして。私はその人と付き合うの?
恋人という響きに似合う人は、中学の時の彼を含めてもこの地上には1人もいないような気がする。
「私って、理想高いんだなぁ」
ナントカという組織で研究されている宇宙エレベーターといい勝負ができそう。無理か。
「まぁ、あたしと美奈子だって、そんな少女漫画みたいなドラマがあって付き合ってるわけじゃないしな。たまたま会って、たまたまお互いにレズで、それから仲良くなって、ってだけ。つまり、あれだ。軽ーく構えとけってことだ。あんま考え過ぎるなよ」
「・・・・・・うん」
あれこれと口答えするのが酷く子供っぽく思えて、翔子は頷いた。
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