十六 ふるさと
「今週の土曜日に、友達が来るから」
ちぢりの態度はいかにもふてぶてしいものだったが、それは計助の思うとおりになったことと、本意ではない招待が導いた態度であり、計助はいじわるっぽく笑ってやった。
「おうおう、キャンプで仲良くなったんやな。呼んでやれ呼んでやれ、お菓子もよおけ準備しとくぞ」
ちぢりは加えて口先をすぼめるものだから、計助は面白くて仕方がないといった様子だ。
「邪魔ものの俺はどっか出かけてくるよって、若い子らで好きにしとけよ」
「だめ。計助さんがいないと、いけないの」
「何言うか、大人がおっても邪魔なだけや」
「そうじゃなくて、みんなが計助さんを見に来るんだから」
経緯は分からないまでも、どうやら計助にとってもあまり芳しい招待ではなさそうだと、ここで彼も気付いたのだった。
当日には、ちぢりは計助に恰好から態度まで、そして悪い言い方をしないようだなんて、再三にわたって念を押した。計助もちぢりが友達を呼んでくるのだから、歓迎してしかるべきことだと首を傾げながらも受け入れていたものの、計助を見に来る理由については断固として口を割らなかった。
昼過ぎになると、携帯電話を持たないちぢりの代わりに家の固定電話が鳴り、少女らが近くに来たことを示していた。
「こんにちはー」
どかどかと入りこんできたのは、三人の少女らで、それぞれが思い思いの想像をめぐらしてきたようだった。ちぢりは家に人を呼ぶという、慣れないできごとにまごつきながらも、慌てて玄関へ駆けだすと友人らを居間へと案内した。計助の家は、玄関を入って正面に二階への階段があり、左には計助の部屋が、右には居間がある。階段の隣を歩いた突き当りにはトイレと風呂があり、二階はちぢりと物置の二部屋だけだ。一軒家にもかかわらず、四部屋という部屋数の少なさは、計助の独り身におけるお城となった結果だった。その分、一部屋は十畳をはるかに超える大きなものだ。
居間に入るや、計助は渋々ながらも友人らにあいさつをした。いかにも待ち受けていた風であったが、計助の姿を見せないといけないとちぢりが言いきるものだから、あいさつだけして早々に去ろうと画策したのだ。
「よお来たな。若いもん同士、いらん気ぃ使わんと、ゆっくりしてって」
軽く手を振りながら二階へ去る計助をみんなが見送ったなら、とりあえずは計助とちぢり、双方がひとつ吐息をついた。
「今のが計助さん? なんだ、四十って聞いてたから、もっとオジサンっぽいのを想像しちゃったけど、ぜんぜん若そうじゃん」
「わたしもわたしも、自分のお父さんくらいを想像しちゃったから、なんだか逆に若く見えたって感じ」
「それそれ」
少女らは自分たちの思いの丈を述べあっていたが、面白くないのはちぢりで、計助のことをろくすっぽ知らない他人から一方的に批評されるというのは、彼女にとっては耐えがたいことだった。しかし、むくれているその素振りは少女らにとっては絶好の標的で、計助の話によけいに拍車をかけた。
「ね、いつも計助さんといっしょのときって、なにしてるの?」
「別に、みんなといっしょだから。話するときはたくさん話するよ、それに無言のときは、互いに何もしゃべらずに隣で座っていることだってよくあるし」
「ちぢりんの妄想についていける人がいるってことに驚きだわ」
「計助さんは、本当に、何も変じゃないから。わたしは変でもいいけれども、計助さんのこと言うのは、怒るからね」
「別に変だなんて言ってないよ。でも、二人で静かにしていられるなんて、……すごい仲だな。だって、わたしならつまらないんじゃないかなんて心配で、ついついしゃべっちゃいそう」
「計助さんは、それを許してくれる人なの。ちょっぴりいじわるだけど、わたしの居やすいように居させてくれるひと」
「こりゃ惚れるわな」
「だから、そんなんじゃなくって……!」
何でも好きやら恋やらに結び付ける相手には、しゃべること自体が藪蛇だ。ただ、少女らにとってもちぢりがこれだけしゃべってくれるということは、距離を身近に感じられる、貴重な機会でもあった。好きな人だとか、いたずら心だとか、そんな形でしか関係の作り方が分からないというだけで、少女らにとってもちぢりはいっしょにいたいと思えるような、不思議な魅力を湛えていたのだ。それは思いやりだとか気遣いだとかきれいな要素よりも、未知の者に興味を持つような好奇心のほうがまさっているだろうが、この少女らがいたことこそ、ちぢりの大きな一歩でもあった交友を達成できたことは間違いないだろう。
ちぢりはたくさん話をした。普段から、少女らに理解できないような不思議なことばかりを考えていること、計助はその共有を許してくれる相手であること、計助自身がちぢりを受け入れようと変わってくれたこと。
「わたしって、本当に独りよがりで、自分勝手なのに……それを許してくれたのが、嬉しくても仕方ないじゃない。それにわたしなんかをこうして迎えてくれるんだもん、できる限りのことなら、返したいって思うの」
最後のほうは、ちぢりもとうとう観念したように、計助への思いの丈を述べたし、真剣な感謝の情にほだされたなら、少女らも恋話にはなりえないが、満足といった様子で話しに聞き入っていた。
そこからは、少女らも計助についていたずらにからかうことは慎んだ方が良いと認めて、学校の生徒らをひとりづつあげつらう形で、幼いひどさを伴いながらも話をして、ちぢりを分かろうとし、それぞれの方法で楽しんだ。時間はあっという間であって、夕方の音楽が流れだすなら、そろそろと帰ることになった。
計助は見送りのため二階から降りてきて、帰り際に、玄関で少し立ち話をした。
「またいつでも来たってな。こいつは本当に変な奴やもんで、相手もたいへんやろうからほどほどでええからな」
「でも、今日遊んだおかげで、すごくいい子だってわかったので良かったです」
「手前みそやけど、悪いやつやないでな。いっしょにおると、ぼちぼち楽しいで」
計助の一言が、仮にお世辞であったとしても、ちぢりにとってはうれしくて我慢できないものであったので、彼女は慌てて部屋へと駆けていき、偶然見つけた忘れもののハンカチを掲げて、戻って来た。
計助とほかの少女ら二人が玄関先に出て行った中で、ハンカチを受け取った友人はちぢりに向けて口元に手を当てて耳打ちするように言った。
「ちぢりんって、本当に計助さんのことが好きなんだね」
からかいでもなければ、真剣な響きの言葉に、ちぢりは頷くと、頭を抱えた。おそらく顔中真っ赤なんだろう、嬉しくてにやける顔つきも止められないし、居ても立ってもいられないように体中がうずく。こうもあからさまな反応がでてしまう自身に、よくもまあほどほどのからかいですんだものだと、隠しごとのできぬ性格に反抗したい気分だった。
「いちおう言っとくけれど、恋とかじゃないからね?」
「わかってるよ」
さらりと返されてしまっては、立つ瀬がない。いっそ「そんなこと言って」などといじられた方が上手く恥ずかしさを隠しおおせたかもしれないが、肯定されてしまってはどうしようもない。ますます計助への信頼を透視されているように感じ、頬はみるみる間に紅潮したし、心臓が大きく鳴って首筋を汗が伝った。
「でもさ、計助さんってお父さんじゃないんだよね? じゃあ、お母さんの調子が良くなったなら、ちぢりんは東京に帰っちゃうんだ……」
「え」
ちぢりだってそのことを考えなかったわけでもないが、極力考えたくもなかったし、後回しにしていた事実でもあった。母親の体調が良くなることは望むべきことだし、また、喜ぶべきことなのだ。だというのに、計助が絡んだ瞬間にその喜ばなくてはならないことがひっくりかえるような恐怖があり、そんなことを考えているのが怖くて仕方なかったのだ。母親と計助を天秤にかけるようなまねをするとは、二人への恩をあだで返すようなものであり、そんな背筋も凍るような思案を、ちぢりは認めてはならなかったのだ。
しかし、どうあがこうともいずれ対面する事実だけに、虚をつかれ、ちぢりは目に涙をためて固まってしまっていた。彼女と、ひとりの友人だけが知った、ほのかな秘めごととなったのだった。
わたしはどこから来たのだろう?
お父さんは田舎から
お母さんは都会から
魂はお空の上から
人は地の果てから
故郷にいずれ帰るというなら
いつかコウノトリが窓を叩いて
わたしを乗せて羽ばたくのかな
終着駅はどこなのだろう
天国だろうか地獄だろうか
ここが故郷になればいいのに
とりかごだって用意するのに




