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ちぢり感覚  作者: 等野過去
15/23

十五 はなし言葉

 東京旅行を終えると、待っていたのは台風であったが、当年は恵まれていたこともあって、三つの台風が通過したがどれも勢力はしれていた。それでも、すべての台風において暴風警報と大雨警報が発令され、学校は休みになったし、計助ら役所員は頻繁に役所に出向いて非常態勢を取るはめになった。

「今まで知らなかったけど、役所の人たちってたいへんなんだね」

「そうでもないやろ、非常時ばかりは仕方ないやろうし、その分民間は普段からがんばっとんやろうしな。警報と祭りだけは、割りきっとる」

 計助は慣れたものだし、本心からの言葉だったが、本屋へと買い物へ行く途中に警報が発生してとんぼ帰りとなったちぢりには、少々不満が残ったりもした。

 台風が過ぎるたびに、気温は一歩づつ確実に低下していき、昼間で太陽がでていようとも、服一枚では心もとなくなるような時節になった。いたずら風は手を取り合ってやってきては、服の隙間を探しては()うように侵入して体中をひやりとなでる。朝晩の気温の低さは都会とはまた違い、山からの風は冬を思わせるように張り詰めた冷たさを伴っていた。窓を開けて眠ったなら、朝方に寒さで目が覚めない日はないほどだ。

 十月の中旬には高校のキャンプがあった。

 ちぢりはまだ学校に深交ある友達もいないのだろう、楽しみよりも心配がまさっているようで、行きたくないとまでは口にしなかったが、家を離れることを名残惜しむ素振りばかりが見受けられた。

「計助さんがいないなんて、わたし、退屈でどうにかなっちゃいそう。計助さんが同級生か、先生か、もしくは筆箱に入ればいいのに」

「ばかなこと言うとらんと、はよ用意せい。明日ん朝早いのに」

「んもう。少しくらい、寂しいって言ってくれてもいいのに」

「期待しとらんことを言うとらんと、観念しい」

 計助の中でこそ、期待の方向はまったく違った。キャンプの夜といえば、女子が四人一組になってコテージに泊まるのだから、上手くいけば気の合う仲間の一人や二人見つかるかもしれない。そのままキャンプ後は遊びに行ったり、家に連れて来たりということがあるかもしれないと、ちぢりが新しい交友を育むことに期待していた。

 果たして、キャンプはおおむね想像どおりの経過だった。山の手へ一時間半あまりかけて到着した先は、海のない、湖と山に囲まれた世界で、空気がおいしいとはこういうことをいうのかと、ちぢりをうならせた。大紀(たいき)と呼ばれるこの地区では、三百六十度どこを見回しても山のない風景は望めず、ちぢりは東西南北や左右の感覚がおぼつかなくなり、目をつむって歩いているようにバランスを崩してよろめいた。むきだしの山肌は筋肉のようにおごそかな力強さを露出し、針葉樹は背を競うようにまっすぐ天へと穂先を突きあげ、緑色が何層にも重なって青空の下に屹立(きつりつ)していた。遠くに見下ろす清流の音が耳に響き、山頂からの風が葉と土の匂いをひんやりと運んできた。内陸の山はこれほどまでに圧倒的な存在感を誇示(こじ)しているのかと、ちぢりは感動のあまり、バスを降りてからしばらく教師の話を聞かずに呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。

「針葉樹ってすごいの、まるで、みんながそろってつま先立ちしているみたい」

 自由時間は、ひとりでの散策に暮れたし、協力が必要なときには、近くの女子や、エイ君ら男子たちが積極的に助けてくれたおかげで、ちぢりは自然を大いに満喫し、素直な感動とともに自由に振る舞うことが許された。食事でカレーを作るときも、(はん)ごうなんて見たことがないちぢりには新しい発見ばかりであり、役割分担もあってひとりでいても不便はなかった。むしろ、普段から食事を作っている彼女にとっては活躍の場ともいえ、男女問わずから称賛(しようさん)を浴びるほどだった。実際、ちぢりたちの組は一番初めに食事の準備を終えたし、一番おいしそうにできあがっていたと誰もが口をそろえ、誰もがうらやんだほどだ。

 こうして彼女は密かに羨望(せんぼう)のまなざしを注がれることとなり、今まで以上に誰もの興味と憧憬(しようけい)の的となっていたのだ。

 キャンプファイアーでは、周囲でダンスすることがなかったために、またもやちぢりはひとりでいたが、それもまた満足のいくひとときで、炎の(きら)めくさまを見ながら、様々な思いにふけることができた。鈴虫やコオロギの鳴き声とはどこに行こうとも、きっと世界中どこででも同じなのだと思うと、まるで空に広がる星と星の間に旅立ったかのような不思議な気分に浸された。鳴き声に耳元がくすぐられていると思えば、(ほお)が緩むのだって必然だろう。いたずらっ子が愛おしくて仕方ないといいたげに、耳を()ませながら体をくねらせていた。

 全体として、彼女には満足のいくキャンプだったといって差し支えないだろう、ここまでは。

 肝心の夜は、計助の期待どおり、ちぢりがひとりきりでゆっくりしていることは叶わぬことだった。むしろ、普段から寡黙(かもく)で不思議なところを含んでいるちぢりへの興味が爆発し、同じコテージに割り当てられた他の三人の女子たちは、こぞって彼女に質問を投げかけた。

「ねえねえ、ちぢりんって、絶対モテるよね。物静かだし、今日の料理なんて絶対たくさんの男子を射止めたんじゃない?」

「いや、ぜんぜん……わたしなんて、とてもじゃないけど。みんなのほうが明るくて、わたしは(うらや)ましいな」

「また心にもないことをこいつー。ね、付き合ってる人とかいるんでしょ?」

「白状しちゃいなよ。ほら、エイ君とかも、絶対ちぢりんのこと好きだよ」

「そうそう、エイ君は絶対好きだよね。わたし、見ててもどかしくなるくらいだもん。ちぢりんはエイ君のこと、どう思ってるのよ」

 女性が寄れば、話は自然とそういった方向にいくものだ。こればかりは万国共通であって、誰もが否定などできないだろう。実際、消灯時間が過ぎてからのひとときは、少女らにとっては魔法の時間だった。布団(ふとん)にくるまりながら、誰もの心の裏をあばきたてようと、可愛らしいいたずら心が(きば)をむくのだ。

「エイ君のことは、わたし、すごく好きだよ。でも、みんなだってもっとよく知りさえすれば、みんなが好きになると思う。すっごくいい人だから。それに、みんながエイ君のことをもっと分かれば、エイ君だってわたしと同じくらい、みんなのことを好きになってくれると思うの」

 そんな答えで満足するような少女らではない、彼女らが知りたいのは、万人への「好き」などではないのだ。ちぢりの言葉だって、知っていたうえで、わざとはぐらかしたようにしか聞こえはしない。

 しばらくは、そんな問答が続いた。誰々がちぢりに気があるんじゃないだろうか、ちぢりはどう思うか、好きだよ、嫌いじゃないよ、そうじゃない。有名人だったらという質問にも、テレビを見ないちぢりには有名人が分からず、はぐらかしたような答えになる。延々と続くかに思えるような問答の末に、聞く側もとうとう(しび)れをきらした。

「もう、ちぢりんったら、ぜんぜんちゃんと答えようとしない! それじゃあ聞き方を変えるけど、ちぢりは、いっしょにいて一番楽しい男性って、誰?」

 学校ではほとんどひとりでいるちぢりにとって、男子といっしょにいるときとなると、極めて少なかった。時間からいくと、エイ君といっしょにいるときこそ一番多かったが、だからといって一番楽しいかと自問してみると、比較対象がない部分もあった。それに、はじめのほうでエイ君について気があるなどとからかわれたこともあって、彼の名をだすことははばかられた。

 そうして改めていっしょにいて落ち着く人、一番口数が多くなる人は誰かと考えたとき、計助の顔がでてきて、それにはちぢり自身が驚いてしまい、苦笑交じりに顔がゆっくりと赤味を帯びて口元が動いた。

 火照(ほて)る顔を隠そうとうつむいた、その反応を周囲が逃すわけがない。

「ちょっと、ちぢりん、今誰のこと考えてた?」

「ほらほら、言っちまいなさい!」

 まさかここで計助のことがでてくるとは思わず、また、どうしてか彼のことを他言したくない思いに駆られて宣言することを拒絶していたちぢりであったが、彼女の反応は目に見えて怪しむにしかるべき反応であり、少女らの好奇心を焦らすにはもってこいだった。

「ほらほら、言っちゃいなさいよ! たけし君? しょう君?」

「ゆうき君? それじゃあ、親戚とか?」

「あ、お父さんじゃない?」

 三人が次々に言葉をだしていく中で、ふとでてきたお父さんという言葉が、計助を表わすには適当な気がしてしまい、ちぢりの反応を悪くした。嘘がつけぬ彼女は明らかな否定をしないために、もしやと少女らがいぶかしがるものだから、父親に恋していると変な想像をかきたてられてもたまらないと、渋々ちぢりは、計助のことを語る必要にせまられたのだ。

「いちおう言っておくけれども、その、恋とかじゃなくて、いっしょにいて一番楽しい男の人ってだけだからね」

 前置きをしたうえで、少し面倒な、計助の家に居候(いそうろう)している経緯を一から話した。厳密な関係では叔父さんだが、思いの上では父親だ。

 少女らが、どうしてちぢりの言葉を信じようか。赤の他人ともいえる男性といっしょに住んでいるのだ。年齢差はかなりあるかもしれないが、同年代の男性になびかないことや、ひとりでいることに苦痛を感じない性質のちぢりがいっしょにいられるということは、妄想が独り歩きしていくにも十分だ。この年齢の女性となると、誰もに好きな人がいることを当然と思うし、一番身近な人や、関わり合いがある人に何らかの恋心を抱くことは絶対だと信じてやまないのだからしようがない。

「ちぢりんったら、大人だねぇ」

「だから、わたしと計助さんはそんな関係じゃないから! 計助さんは、いい人だし、いっしょにいても苦痛じゃないし、わたしのことも分かってもらえるし、え、えと……」

「あらま、どさくさにまぎれて自慢話ですよ」

「もう、もうもうもう!」

 他人を悪く言えない彼女は、計助の話をすればするだけ藪蛇(やぶへび)であり、計助のことをいじられるのがどうにも(くや)しくてムキになるのが、ことさら少女らを確信に沸かせて逆効果にしかならない。しまいには、ちぢりはしゃべればしゃべるだけ悪い方向になることを悟って無言でいたし、その不満たらたらな態度は肯定と取られてしまっても当然のように映った。

「このちぢりんを(とりこ)にするなんて、一体どんな人なのか気になるなー」

「じゃ、ちぢりん。この土曜日空けといてね。みんなで計助さんを見に行くから」

「いや、その……」

「わたしたちのちぢりんをとろうってんだから、おめがねにかなうか、その資格があるかチェックしてやるんだからね」

 拒絶できない性格とは、損なものだ。ちぢりの意思などあってないようなもので、はじめはその場のノリだったが、とうとう週末に家に遊びに来ることが決定してしまったのだ。キャンプにおいて、図らずも、形の上では、計助の目論見どおり、学校の女の子たちといっしょに遊ぶことになるという顛末(てんまつ)に至ったのだった。



  虫はどんな言葉もなんなくこなす


  朝の虫も夜の虫も

  世界の裏側にいったって

  虫はみんなぺらぺらり


  きっとほむらも 波も風も 世界共通言語

  たくさんの感動を分け隔てなく与えてくれる


  なのにわたしら人間ときたら

  同じ言語でも意思疎通の難しいこと!

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