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ちぢり感覚  作者: 等野過去
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十四 宝物

 病院に到着すれば、ちぢりの母親との対面までじきだ。計助にだって少なからず緊張の色があった、というのも親子水入らずとなったら、邪魔立てせずに部屋から退散しようと思っていたのだ。口数が多いのも彼の性分ではないし、それは先方も承知の上だろう。

「計助さん、わたし、ちょっと緊張している」

「奇遇やな、俺もや」

「……計助さんも緊張なんてするんだ。だったら、わたしのお願いごとを聞いてくれないかな」

「お願い?」

「部屋にいるあいだ、手を繋いで欲しいの」

 予期せぬお願いに、計助は多いに戸惑った。手を繋がれてしまっては部屋を出ることができなくなるし、それより何よりも、この歳になって家族でもない女性と手を繋ぐという行為は、単純に恥ずかしかったのだ。最近の親密さを(かんが)みて拒絶に(きゆう)するところもあって、二の句を継ぐこともできなかった。

 ちぢりは母親と会える興奮がすべてに勝っているようで、いつもに比べて幾分も積極的だった。彼女にとっては、計助がとてもいい人だと母親に紹介できる、失敗は許されない無二の機会なのだ。計助は深く付き合わずに良さが分かるような器用な性格はしていないし、かといって竹を割ったようにさっぱりとしているわけでもない。どちらかというとむづがられる性格をしていることは、彼自身が自称しているし、ちぢりだってそれとなく理解できてきた。だからこそ、今日このときに母親の心配をなくさずして、いつ払拭(ふつしよく)させることができるだろうか。計助のことを良い人だと感じているからこそ、ちぢりにとっては一世一代の大きな好機に他ならない。

 計助が悩む暇に、ちぢりはおずおずとその手をとり、彼が嫌がらなかったことで強く手を握って先手をとった。そうして互いに返答も、合図もなく病室へと歩を進めたのだ。

「お母さん、来たよ」

「いらっしゃい、ちぢり」

 入って右手正面のベッドに彼女は寝ていた。上半身を上げながらも、線は細く、顔つきもいくらか年老いたようにも映ったが、久しぶりの再会とあってか表情だけは春より生き生きとしていた。ちぢりと長く暮らした計助から改めて見ると、なるほど目元の辺りがそっくりで家族であることを物語っている。そこはかとない哀愁(あいしゆう)の影が、いっしょに暮らした当初のちぢりを思わせた。

「計助さんも、長い道のりだったでしょう。わざわざありがとう」

「なんも、運転くらいどうってことないで」

 計助はいつものように、素っ気ない返答をしたが、繋いだちぢりの手が突然強く握ったかと思うと、次にはちぢりがその顔を計助に向けて、強く笑った。

「わたしもいたしね?」

 虚を突かれたというより、やられたという感想のほうが計助の心情を強く反映しているだろう。彼は苦笑いをしながら「確かにちぢりのおかげで暇はなかったな、気が休まる暇は」なんて(かろ)うじて皮肉を返したが、そのやり取り一つで二人が(むつ)まじい関係であることは一目瞭然だ。母親も、我が子の嬉しそうな表情に自然に(ほお)が緩んだ。

「ちぢりが計助さんを好きになったみたいで安心したわ。計助さんも、こんな子相手に毎日たいへんでしょうに。本当にありがとう」

「まったくやで、どういたしまして」

「ちょっと、そこは否定して!」

 一度ほぐれた心の緊張を、再び強く結ぶことは難しく、そのまま三人してしばし歓談となった。計助も席をはずすことなく、ほとんどは母親がちぢりに質問をして、ちぢりは返答をしながら計助に話を振るような形だった。

 大まかな近況を聞き終えると、次はちぢりが家でのできごとや、周囲の自然の素晴らしさ、計助の性格の面白さや優しさについてを次から次に話しだした。話せば話すだけ芋づる式に新しい話題が掘り起こされるようで、脱線したと思うとそのまま突き進み、脱線に脱線を重ね、ときにはもとの路線に戻るときもあり、そんな終着駅も分からないような状態だったが、母親は嬉しそうに聞いたし、計助もたまに恥ずかしそうにしながらも口をはさまずに耳を傾けた。臆面(おくめん)ない()め言葉は恥ずかしくとも、今だけは邪魔するような野暮(やぼ)を働きたくはなかったのだ。なにより本音であるとしたならなおさら、悪い気はしないでもない。

 一時間近くはちぢりの独擅場(どくせんじよう)となっていたが、ようやく一息をついたなら、計助は小銭を渡して飲み物を買ってくるように言いつけた。

 母親と計助は二人きりになり、ようやく落ち着いた雰囲気と共に、すこしぴりりとした空気を感じ合った。

「計助さん、改めまして、ありがとう。あの子はすごく変でしょう?」

「そうやな、正直俺の変について認識の甘さを実感したな。でも、ええやつやってのも同じくらい、認識が変わったな」

「みたいね、ひと目見て分かったわ。計助さん、以前会ったときはすごくトゲトゲしていたから、わたしったらすごく心配で……今から思うとかなり失礼なことばかり言っていたんじゃないかしら。でも、今日会ったときはまったく真逆の印象で、照れ隠しがへたなだけだってよく分かったし、あの子を大切にしてくれているし、あの子自身が計助さんを好きになってくれたんだって分かって、もう、それだけが嬉しくて嬉しくて」

 計助としてはどうにも買い被られすぎている気はしたが、否定をしても上からかぶせられるだけだろうと、否定も肯定もせずに話だけを押し黙って聞いた。そもそも、同じことを佳織からも言われていたし、計助自身が強く感じ始めているのだから否定する要素はない。

「ええやつやと思うよ、実際。順応してきたんが怖くもあるけど、いっしょにおって楽しいと思えるようになったし、やっぱ根は純粋なやつやもんで、分かってやりたいって思わせるんな」

「それに、可愛いでしょ」

「まあ、な」

 あまり積極的な性格でもないのに、娘の話になるとがつがつとしてくるあたりは、これまた家族なのだろう。計助が良く見られるためと必死だったちぢりしかり、この親しかりだ。今だってこうして飲み物を買いに命じただけで、意図を察してわざと時間をかけて買い物をすることで、計助と母親が深く話せる時間を作るなんてことは、簡単にできそうにもない。それだけ思いやったり、機転を働かせる理解力や推察力があるだけに、惜しい部分だって多いのだ。

「まあ、認めたくないけど愛着だって湧いてきたし、だからこそ言うんやけど、あんまりにも正直すぎるきらいはあるよな。親ごころやないけど、心配になる」

 そうして先日あった高校での失神事件を話ししたなら、母親は表情をいささか曇らせた。

「計助さん以外には、まだ自分をだせないんでしょうね。予想どおりなんだけれどね、計助さんが言う心配は、わたしの言う心配とまったく同じでしょうし。でも、あれがあの子の魅力(みりよく)でもあるから……」

「それなんよな。別に否定する気はないけど、でもなあ……ま、俺はだいぶ面白いと思ってきたし、気にせんときな。できる限りのことはするよって、おまえは病気をはよ治して安心させるとこから始めやな。正直なとこ、最近の調子はどうなん?」

「可もなく不可もなく、といったところなの。ここ最近はずいぶん良くなってきているってお医者さんは言ってくれるんだけど、実感がないから半信半疑だわ。なにせこのまま何事もなく順調だといいけれどもその保証だってないわけで。個人的な実感としては、安心させるには、まだしばらく時間が必要だと思うの」

「気にせんでええよ、気長におるから。もう少し、あいつには楽しませてもらうわ」

 計助はそんなことが言える自身に驚きながらも、言いきれたことに気分を良くした。良い影響を少なからず貰っている事実は否定しがたいし、もしちぢりが学校の友達とよく遊ぶようになり、少し小生意気になりでもしたなら……親としての喜びと、育てる側としての悲しみが混在するのだろう。大きな恐怖もあり、また、楽しみでもあった。

 子供の性格なんて、少しすればどのように転がっていくのか分からない。変わって欲しくない気持ちのほうが強いが、このまま生活していくとなると、世間はあまりに窮屈(きゆうくつ)すぎる。そんな矛盾(むじゆん)した考えを伴いながらも、どのように育っていくのかを見守りたいという思いは、まごうことなき本物だ。

 しばらくしてちぢりが戻ると、また彼女の話で明るく盛り上がった。計助はいつの間にかその場を離れようという思いがなくなっていたし、ちぢりとしてもその方がいくらか心強かったに違いない。家族といっても、離れてしまうと互いのリズムというものが分からなくなり、嬉しさと裏腹にギクシャクとしてしまったり、意図せぬ静寂が所々に表れるものだったが、計助がいることでその辺りが上手く緩和されたのだ。自分の居場所と役割があったからこそ、計助も気にせずにいっしょにいることができたのだろう。

 二時間ほどすると、相手の体調もあることだと、ほどほどに病院を後にして、ロビーで二人して落ち着いた。ちぢりにとっては楽しかったし、嬉しかったが、加えて気づかれがあったことも事実だろう。計助が母親から良く見られたいという思いや、逆もしかり、そして二人ともに楽しんでもらいたいという思いがあったのだから、二時間がどれほどたいへんだったかは想像に難くない。

「計助さん、今日は、本当にありがとう。わたしは感謝しかできなくてごめんなさいだけど、二人といっしょにいれて、とても満足できた」

「なんや、もう今日が終わったみたいな言い方して。まだまだ仕事はのこっとんやで。昼からは俺の関東観光が待っとんやで、行くところを考えといてくれんと」

 おどけてみせる計助に、本当に照れ隠しが下手だとちぢりは笑いながら、大きくかぶりを振るって請け負った。

「うん、昼からは、赤い(くつ)はいてた女の子の像を見にいこ。わたし、計助さんといっしょにあそこに行けるのが、楽しみでしかたないんだから」

 ちぢり独特の趣向あふれる観光となりそうだと、本当につかれるのはこれからの自身だと思いながら、彼女の感性を少しでも共有できるならと計助は悪い気がしなかった。



  みんながみんな 大切なものを 見せびらかしたい

  それが物でも 考えでも 人であっても

  大切だって 声高らかに 叫びたい


  認められるなんて ほとんどないし

  秘めておけばよかったって 後悔ばかり


  でももし笑ってくれて 分かるって共有してくれたら

  そう思うとつい秘めていることが難しくもなる

  そうなれば大切なものが一つ増えるから


  そうするとどうだろう 果てがない

  なるほど世界はみんな 大切なものなのかもしれない

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