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ちぢり感覚  作者: 等野過去
12/23

十二 間違い探し

 夏休みが終わりを告げたが、蒸し暑い特有の気候は一向になりをひそめるでもなく、当分の間くすぶり続けては、学校の始まった子供たちを嘆かせていた。ちぢりも一時期は調子を崩していたのだが、計助が佳織に相談するや女性には女性の調子があるのだと一喝(いつかつ)を食らうはめにあった。ちぢりと佳織は夏休みにも数回遊んでいるのだが、男の入れぬ話題はあるものだ。とりわけ、学校の子らと遊んでいないちぢりにとっては、貴重な同性の友人ともいえるだろう。計助も気を使っては、普段から会う機会を設けるように努めていた。

「虫の合唱って、他にないくらい的確な言葉なの。音楽じゃなくて、合唱。こんなにも大きな音で、何重奏にも響いて絡まっているの」

 田んぼは夏休みの終わりごろからは刈り取り作業が始まり、稲穂の海は次々に地面を露わにして、空では緑臭さに誘われたツバメが虫をつつこうと旋回していた。

 季節が移りいくと共に、景色は色が抜けていき、周囲を飛び回る虫々はますます多くなる。夜どころか昼さがりに街灯のたもとを歩くことすらままならず、やたらに飛び回る虫は不可避で、目や口に入ることだって日常茶飯事だ。

 色付いた穂先、黄色味を帯びていく草木、コスモスなど線が細く淡い花々、ちぢりは一学期と変わらずに毎日そこらじゅうを歩きまわってすごしていた。誰よりも早く季節の移り変わりを発見することを生業(なりわい)とし、それこそが新大陸を発見するに匹敵(ひつてき)するといわんばかりに必死で、日夜小さな移り変わりに興奮していた。日没の時間をメモしていることにも驚かされ、感覚だけでない彼女を見るのは新しいと計助は思った。

「食欲の秋っていうけれど、本当に秋って作物の実りの時期なんだって、こっちに来てからしみじみ思うの。みかんや、ごまや、柿や……あらゆる作物が庭や道沿いにあって、秋が来たよって手を振って(うつた)えかけてくるんだもん。丸っこくて、全部可愛らしい」

「なんや、おまえでもごまの作物しっとるんか?」

「ううん、田野のおばちゃんに教えてもらったの。みんな優しくて、たまに生で食べさせてくれたり、ジュース貰ったりするの」

 田舎(いなか)らしい環境にどっぷりとつかり、満喫という言葉がぴったりなほどちぢりは生活を謳歌(おうか)していた。計助も地区で防災訓練をした折に、近所のみんながちぢりのことを知っているどころか我が子のように可愛がっているのを目の当たりにして目を見張ったものだ。周囲との関係を最低限に体裁よく努めていた彼を、ちぢりはそつなく越えていったのだった。

 毎日毎日、彼女は計助の知らないところで、この町を自由愉快に闊歩(かつぽ)していたのだ。

「そういやおまえは、なんやよお恵利原にいっとるみたいやな。河原でずっとしゃがんどったとか聞いたで」

「しゃがんでるっていうか……その、亀とかみつけて、つい」

「ついってなんや」

「亀と目線を合わせてね、亀の目線で世界を見たら、世の中の流れが少し遅くなるんじゃないかって思っちゃうの。だから亀は動くのが遅いんじゃないかって」

「そんでどうやった?」

「それがね、亀の世界は時間が経つのが早かったの! 小石や砂や、道のくぼみや、川底の苔や、普段見逃しそうないろんなものが気になっちゃって、わたしたちが気にとめないことが、意味を持ちだしたの。どうしてあの人はここを歩くの、どうして小石が転がっているの、どうして雑草は踏まれてもめげないの……気付いたら太陽が沈み始めててわたし、びっくりしちゃった」

 なるほど、何時間もと言っていたのはあながち過剰ではなかったのだ。時間の経つのが早いから亀は動くのが遅い、新説には興味がそそられ感心したが、素直に喜ばせるのは(くや)しい気持ちもあって口にはださず、話を逸らせることにした。

「でも恵利原を歩いとるなんて、何かあるんか?」

「何かあるかって聞かれると、誰かいるのかって聞かれているみたいで、答えにくいんだけど……その、おうむ岩に行ってるの」

 ちぢりの答えは計助の想像を大いに超越するもので、二の句が継げなかったほどだ。

「えっとね、計助さんと行ったあの日から、できるだけ毎日、おうむ岩に行ってるの。おうむ岩と会話をするのが、わたしの日課になっちゃってね……きっと岩は、たくさんの世代の人たちの話や、愛の告白や、悩みを聞いていると思うの。わたしはおうむ岩を見ながら、何十年と前は、一体どんな言葉を聞いたのだろうかって思いをめぐらせていって、まるで過去の先祖がたがたの話に耳を傾けている気分になれるんだぁ」

 うっとりとしながら語るものだから、計助は特別否定しなかったが、友達がいないわけではあるまいに、何故そんなことをするのかと、不思議で仕方なかった。ちぢりと距離が近づくたびに、彼女が他と違う大きな隔たりを目前として、彼女の良さが周知されるための大きな隘路(ネツク)となっている事実は計助をやきもきさせた。感受性の高さも独特の面白さを持っており、他人への気遣いだって十分な彼女の良さを知っているからこそ、それらが周囲に分かるようになり、彼女がもっとみんなと楽しく遊べるようになることを祈っていた。ちぢりを預かった計助の使命は、まさにそれではないだろうか。

 彼女の特有な魅力(みりよく)は、一見すれば異常だ。近くでそれらに接しているからこそ、計助はほぞをかむ思いだった。

「計助、ちぢりちゃんだっけ? 最近、あんま見かけんのやけど、放課後の散歩ルートかえとんのか?」

 九月の中旬、ようやく季節の移り変わりが顕著(けんちよ)になった頃、上司からそんな言葉を投げられて、計助は面喰った。

「いや、俺はもともとどんな場所を歩いているのか、先輩らの会話からしか知りませんよ。見かけないんなら、変えたんちゃいますか?」

「なんや、素っ気ないヤツやの」

 彼女のことをちゃんと知らぬ者に、あまりちょっかいかけられることを望まない計助は適当に話を受け流していたが、何かを思いだしたような佳織が手招きをするものだから、二人してこっそりと事務所を抜けだした。

「どうしたん?」

「あのね、ちぢりちゃんだけどね……その、計助くんにわざわざ言うことじゃないかもしれないけれど、わたし見ちゃったの。ちぢりちゃんと、制服を着た男の子が、歩いているのを」

「ほう」

 驚かなかったといったら嘘になるだろう、ちぢリは見た目こそ普通の高校生といった具合だが、一言話せばその特有さには気付くはずだ。その彼女が、ボーイフレンドを連れているとなるとなるほど、相当なもの好きに違いない。それにしても、ともすれば東京に帰らなくてはならないことを分かっているのだろうかという、応援してやりたいからこその心配だってあった。

「しかしもの好きやな、たで喰う虫も好き好きいうし、あいつの良さも分かればええ奴やけどな」

 何気なく言った言葉は、計助の性格が丸くなったと認識するには十分で、佳織はついうっかりにやついてしまい、彼に強く睨まれた。

「でもさ、お父さんの気分でちょっとくらい心が焦ってるんじゃないの?」

「変なのに捕まったってんなら問題やけどな、監督不行き届きやって。でも、個人のことにましてや大人が口をだすのも野暮(やぼ)やろ。高校生っつったら、それぞれはもう大人のつもりでおるんやから」

「本当、変なとこばっかり大人ですねー計助さんは。ま、心の奥底までは覗かないようにしましょうか」

「いらん世話や」

 事実、計助はそれからちぢりに問い質すことはおろか、暗に探りを入れるようなまねを働きもしなかった。それに、ちぢりは黙っていたならいっぱしの女の子としての可愛らしい要素は幾つも備えていることだって計助は認めていた。自己主張が激しくなく気配りも十分、学校では()ましているのだろうからどんぐり(まなこ)や整った輪郭(りんかく)、常に淡色(あわいろ)(ほお)といった彼女特有の(りん)とした童顔は人目を()くだろうから、男友達ができても何らおかしくもない。彼女の感性を理解できる者がいたならば、ちぢり自身にとっても非常に良いことだろうとすら思っていた。

 問題は、突然起きた。高校から役場に電話がかかってくるものだから嫌な予感を抱いて電話口にでたなら、ちぢりが教室で倒れたという。計助は仕事を早引きし、すぐに高校へ駆け込んだ。

 ちぢりは保健室に寝かされており、その隣には二人の男子生徒が付き添っていた。どんな経緯があったかしれないが、二人は心配そうに彼女を眺めており、何らかの要因を担ったのだろうと思わせた。

「すみませんでした」

 二人は声をそろえて謝ってきたが、過程は一向に見えてこない。計助のすぐ後を追うように担任が保健室に入ると、生徒を追い出した。

「すみませんでした、教室で男子生徒がけんかをしたそうで……それを見て、倒れこんでしまったそうです」

「こちらこそ、たいへんお騒がせしました」

 計助は頭を下げながら、いかにもありえそうだと頷いた。他人の苦しみを自分自身へ投影した結果、彼女は耐えきれなくなったのだろう。いきなり倒れ込んで騒然となっただろう教室を想像して、申し訳ない気持ちばかりだった。

 しばらくは普段のちぢりについての話をしていたが、やはり教室では独りでいることが多いことが分かった。会話自体も二三言話しては、どこか、焦点があっていないような風があるということだ。他の先生たちからも、授業中に突然涙を流していたり、何かひらめいたように天井を(あお)いでいることが多いと報告されているようで、昔からなのかと聞かれても計助には答えることができなかった。

 しかしながら、失礼ながら伺いますがと前置きされて、そういった何らかの症状かと聞かれた途端、計助は不愉快だと明言し、担任を保健室から追い出した。

「すんませんが。ちぢりが起きたら、勝手に連れて帰りますんで、もう結構です」

 悪気はなかったのだろうし、担任も突然のことに困りあぐねていただろうことは十分に理解できたが、看過できる言葉とそれ以外がある。(いきどお)りを落ち着けようと、ちぢりの寝顔を見ながら、ふと、彼女の無差別の慈愛を思って息苦しさすら感じた。

 しばらくすると小さな声が(くちびる)から漏れ、彼女は眼を開けたならすぐにも上半身を起きあげて、次に左右を見て居場所を確認し、計助がいることを認めると両手で頭を抱えてうつむきこんだ。顔は一瞬で蒼白(そうはく)となって、体全体で嗚咽(おえつ)をしながら、震えることを止められえずにいた。

「ごめんなさい、迷惑をかけて、ごめんなさい……」

「ええに、なんも間違ったことはしとらんやろ? 胸を張って迎えにきたったぞ」

 計助の言葉が彼女にとってどれほどの救いだっただろうか、目線も定まらないような、一種のパニック症状のまま計助に大胆に抱きついた。

「だって、痛い、痛いの。すごくね、わたしの手も、頬も、痛くて……怖い! なんで、なんで?」

 計助は昔、三匹の子ブタや赤ずきんの本を読んでやったら怖いと泣きだして、二、三日幼稚園を休んだちぢりの話を聞いたことを思いだした。当時は父親である弟相手に「そん子は将来天使になるよ」なんてまともに取り合わずに笑い話にしてしまったが、今となってはその心配がよく分かる。なにせ感受性が強すぎて、他人から自然に至るまでを、いたわりすぎているのだ。天使だなんてきれいすぎる、もっともっと異常な、(ゆが)んですら感じられる愛情だった。

「だってね、エイ君は、いっつもみんなから嫌なこと言われててね、わたし、悔しくてね、悔しくて……エイ君はいい人なのに、どうしてってね、この前もいっしょに帰ってね、そんな話を聞いてね……なのに、なんで?」

 計助は恥ずかしさを感じながらも、どうしていいかも分からず、精一杯の思いを込めて彼女の頭を何度となでてやった。彼女の興奮を少しでも落ちつけようと、そして彼女が苦しいことをすべて吐露(とろ)できるようにと。

「エイ君は、悪くないのに! ただね、エイ君は何を言われたって黙ってた、何を言われたって耐え忍んでいた……でも、わたしが言われたから、だからエイ君は、わたしのために怒ってくれたの。でも……いけない、手をだすのは、痛い」

 大方のあらましが見えてくると、先程の二人が双方ともに申し訳なさそうな顔をしていたことも合点がいった。つまり、いじめられることが多かったエイ君とちぢりはよく話をしていたのだ。他といっしょにいじめに加わることもなければ、ほうっておかない辺りがちぢりの不器用さ加減だろうが、いっしょに帰ったことがあるという事実がたいへんな波乱を巻き起こしたのだ。佳織が言っていたその日だろうが、それが原因で、エイ君だけでなく、ちぢりがからかわれたのだろう。エイ君は自分のことなら忍ぶこともできたが、自分と話をしてくれるちぢりのことが悪く言われるのには耐えられずに、(なぐ)りかかってしまった。その結果、ちぢりが倒れたのだ。

 先に手をだした方が悪いだなんて、理不尽な文句を垂れることもしないが、それはさぞ二人とも自分の責任だと感じたに違いない。ちぢりに寄り添う二人を思いだしたなら、そういえば似た表情をしていた。

「ちぢり、しっかりしろ。落ち着け、そんで俺の言うことをよう聞け!」

 力強く両肩を掴んでやったなら、ちぢりは驚きながら、その目をきょとんとさせて、次には大きくかぶりをふった。

「うん……計助さん、うん」

「これからおまえに、解決策をやる。しっかり聞け、そんでもって、絶対に実行しろ」

 計助が真面目な表情で詰め寄ったなら、ちぢりは唇をかんで必死に泣くことと恐怖に震える体を止めようと努めた。計助がちぢりのためにこれほどまで真剣な表情をしたことはなかったものだから、わずかに芽吹いた感謝と嬉しさが彼女のパニックを中和しだしたのだ。

「よく聞けよ。あんな、その二人を集めて、もうけんかもせず、仲良くしてくれって頼むんや」

「……え?」

 真剣な相好を崩さずにいる計助が面白かったのだろう、とうとうちぢりは笑いだして、次には計助に抱きついたままなことを思いだして顔を赤らめながら静かに距離を置いた。

「それだけなの?」

「試せばわかる。女にはわからん男心ってもんがあるんや」

 どうして寄り添う二人が似た表情をしていたのか、考えれば簡単なことで、ちぢりに悪口を言った男の子のほうも、つまりはちぢりが好きなのだ。好きな子がほかの男といっしょにいたり、帰ったとあれば悔しくて当然だ、相手にして欲しくて構うことだって容易に納得がいく。計助だって、年頃にはそんなことがなかったわけではないだけに、なんとも微笑ましくすら感じた。

 後日、ちぢりは学校から帰ってくるなり、計助に疑問の目を向けた。

「計助さんって、魔法使いみたい。その場にいたわけでもないのにすべてをお見とおしで……あの二人ったら、まったく口げんかもしなくなっちゃった。仲良くしてくれてわたしも嬉しいし、楽しいんだけど……不思議」



  みんな 「ぬ」と「ね」を すぐ見分ける

  なのにそこらのスズメらは

  どれもが全部 いっしょくた


  みんな 「ド」と「レ」を 分けるけれど

  耳にぶつかる風の音は

  どれもが全部 いっしょくた


  きっとどれもが 別のもの

  そう思ったら

  世界はまるごと 繋がっていて

  もっと近くに 感じられるの


  でも……

  誰が何を言ったかは

  ぜんぶがぜんぶ べつのもの

  みんな見分けがついていて

  わたしだけがいっしょくた

  そんなのつまんない

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