吉野、良い子気取りか?
「よーし、静かに。テスト返すぞー」
中村のせいで崩壊した腹筋を解していると、先週のテストが返って来た。
……ふっ、満点。伊達にゾンビやってねえよ。
まぁ…勉強は平日五時間くらいなら軽くやる。それはこの更江高校特有の制度があるからで、勉強なら年間で上位十番以内ならその年の授業料免除。更に授業の出席率が八割を切らなければ自由に休めるという素敵仕様。
浮いた授業料はお小遣いとしてプラスで貰えるという約束を親と交わしてしまったからには、頑張らないといけない。
もちろんタイタンのようにスポーツ推薦や、何かの全国大会で優勝なら色々免除…現に太田杏里は赤点でも余裕の表情だ。
「太田…せめて赤点は頑張れよ」
「うっさい、ゾンビ何点?」
「満点だ」
「は? ゾンビの癖に人間の上に立つなよ」
「ふっ、ゾンビ絶対上位者説を今ここに掲げよう。ゾンビ映画では人間は弱者だ」
あぁ…やっぱり駄目だ。パーン! が脳内リピートして、思い出し笑いをこらえるとどうしてもニヤニヤしてしまう。
教室の前にある扉に一番近い席だから、入ってくるクラスメイトがニヤニヤする俺を見てビクッとするを繰り返した。ゾンビゲートって言った奴出てこい。
「源、腹つりそうなんだけど」
「俺もやばい、フッキンワレターに攻撃されたみたいだ」
「悪い、それ解らない」
昼になり、学校にある食堂で弁当を広げながら雑談する。話題は勿論今朝の中村について。
笑いをこらえ続けたから、ため息を付きながらつりそうなお腹をほぐしていた。
「中村、自首するのか?」
「しないよ。ウンコ撃っただけだし」
「まじやめろ。ウンコ撃ったとか言うなよ。ただでさえパーン! が脳内リピートされてんのに…」
間違いなく伝説になる話だが、中村の名誉の為に仲間内で語り継ごうと決意した。
と言っても仲間内はこの三人しか居ない。入学してから新しい友達なんて幻想だと思っていたら、本当に幻想だったというだけだ。
「そういえば、可愛いとか言ってたじゃん。告白とかするの? ひき肉ブルーに」
「しないよ。可愛いとは思うけど、本命じゃないからな」
「おいゴリラ。その上から目線、鏡見てから言えや」
「はっ、俺はもう現実の恋は諦めている」
中村はアイドルオタクだから、学校の女子にあまり興味を持っていないと言うが、俺は知っている。女子の身体を舐め回すように見ている事を……
中村に恋は訪れるのだろうかと思うが…性格に難有りだから難しいかな。俺も人の事を言えないけれど。
「戸橋はいないの? 好きな人」
「…いないよ。俺もゾンビだから諦めてるし。この前変なヤンキーに絡まれてる可愛い女の子を助けたけれど、俺の顔見て逃げ出したからね」
「ヤンキー後のゾンビパニックだな。源は?」
「一応居るぞ。まぁでも二次元がメインだな」
源は見た目は良いので、何も知らない人からの人気はある。だが源のノリを知ると付いていけないので、結局遠目から見られるだけ。ノリに付いて来られるのは俺と中村ぐらいなものだ。
昼休みが終わるので教室へ。クラスの皆はざわざわと友達同士のグループで話しているのだが、俺の席に吉野真由美が座っている。直面すると気まずい…いや別に俺と吉野の間には気不味い事は一切無いのだが、源のせいでひき肉ブルーがリピートされたんだ。
「さっき源君と目が合ったのー」
「杏里ちゃん良かったねー」
「ねえ聞いてよ。ゾンビってゾンビの癖にテスト満点なんだよ」
「えー! 凄いじゃん。教えて貰おうかなー。私ギリギリだったから」
吉野は太田と話して俺の席から動こうとしない。仕方無く空いている席……吉野の席に座ってみた。吉野の席は後の方……そのまま席変わってくれねえかなぁ……
そしてボーッと前に座っている女子、倉田瑞穂の後頭部を眺める。倉田は髪が長くて、顔は口元くらいしか見えない。誰かと話しているのを見た事は無く、一部の女子から幽霊などと言われている。身体が弱いせいか、体育と授業の発言は免除…少し羨ましい。
倉田って幽霊とか言われてるけれど、綺麗な黒髪。
「髪綺麗だなぁ……あっ」
あっ、思わず呟いてしまった。
すると、頭が回転。倉田の髪の間から覗く瞳…初めて目が合った!
珍しい体験なので見詰め合ってみよう。うーん……暗くてよく解らない。少し小さめの口がゆっくり動き出す。
「…と」
倉田が何か喋ろうと口を開こうとした時、昼休み終了のチャイムが鳴った。
チャイムが鳴ると倉田がくるっと前を向いたので、俺は倉田から視線を外して席を立つ。
「ゾ…戸橋君、席取っちゃってごめんねー」
ゾンビって言おうとしたな。言いたいなら一思いに言ってくれ。
吉野は良い子気取りか? 解っているぞ、意外と腹黒いの。
とりあえず吉野も席を立ったので、元の席に戻り午後の授業を受けた。