なんか凄い勘違いされている…
倉田は淡い水色のクレリックシャツを着て、チェックのプリーツスカートに小さな肩掛けのカバンを前にして見詰めている。
俺は手抜きの格好…白いポロシャツに紺色のズボンを履いて、弁当の入った鞄を抱えて倉田を見詰める。
見詰め合い、頬を赤くした倉田……俺は少し困惑していた。
とと? そう呼ばれたのは…小学生以来か……倉田…倉田…
「…倉田、行きたい場所ある?」
「…とと君と一緒なら…どこに行っても良いよ」
「…じゃあ、並木公園に行くか」
倉田は小さく笑いながら、ささやくようにに喋る。俺も同じように笑った。
違和感はあるが、考えないようにするか。倉田は可愛い…その事実の方がデカイ。
「「…」」
そのままガタゴトと電車に乗り、隣り合って景色を眺める。
その間の会話は無い。話す事は考えていたけれど、色々吹っ飛んだ。肝心な時に逃げ腰になるのは俺らしいというか…
目的地は2つ隣の駅の空津駅。10分程で到着し、駅に降り立つ。
「行こうか」
「…うん」
あっ…
改札を出ると、見知った顔に出会ってしまった…
「あれー? あれれ? 泰人君?」
「あっ…琴美さんおはようございます。家こっち側だったんですね」
「うん、最寄りが空津駅なんだー。泰人君はデート?」
琴美さんがニヤニヤしながら、モテるねぇーと呟いている。倉田はスッと俺の右腕を抱き琴美さんをジーッと見ていた。
あの…雰囲気が重い。
「あー…いや…」
「はい、デートです。棚橋先輩、私…倉田瑞穂って言います」
「よろしくねー瑞穂ちゃん…めっちゃ可愛いね。(真由美ちゃん頑張れー)」
「ありがとうございます。棚橋先輩可愛いくて素敵ですね…」
「じゃ、じゃあまた後で…」
右腕に倉田の指が食い込んでいる!
痛い! 痛いので早く離れよう!
「じゃあ後でねー」
琴美さんはチラリと俺の腕を見て、ヒラヒラと手を振って改札を通っていく。後でからかわれるんだろうなぁ…
改札を通っていく琴美さんを見届け、倉田の指を外す。痛かった…あの、手離して…
倉田の作った右腕の北斗七星を撫でながら駅を出た。
並木公園までは歩いて直ぐ。倉田は楽しそうに微笑んで、俺はじわじわと冷や汗が出ていた…なんか思い出しそうなんだけれど…
「とと君、あの人?」
「ん? あの人? 琴美さん?」
「そう…初めての人?」
なんだって? 初めて? 倉田を見やるがニコニコと吸い込まれそうな瞳で俺を見ていた。突然そんな事を言われたら、言葉に詰まる。
「…」
「じゃあもう1人の方? …飯島律子」
「…」
「…ふふっ、なんでって顔してるね」
俺はどんな表情をしていただろうか…いや初めてと言われても風呂に入っただけでそれ以上は何も無いのに…その瞳で見詰められたら…
俺の表情を確認した倉田が手を握って「早く行こう」と笑い掛けた。
倉田に手を引かれて歩き出す。駅前の噴水を通り過ぎた先にある並木公園に到着した。
暖かい日射しに、柔らかい風が吹いている。季節は夏なので、緑の生い茂る木が並び、木陰のあるベンチも多い。
並木公園は春には桜が咲き誇る、地元では花見スポットとして有名な場所だ。
「ちょっと、座ろうか」
「うん。良いよ」
とりあえず落ち着く為に、木陰のある涼しげなベンチを探す。芝生が広がる場所に良い場所があったので、倉田と並んで座った。
うーん…なんで、律子さんまで知っている? 色々知られた所で問題無い筈なのに、なんでこんなに不安になるんだ?
「私ね。少し、後悔してるんだ」
「後悔?」
「そう…とと君に可愛いって言われるなんて思わなかったから…こんなに見て貰えるなんて思わなかったから…勇気を出せば良かったって…そしたらとと君の初めての人になれたのかなって…あの時恥ずかしくて逃げちゃったからもう嫌われたと思ってた…でもそうじゃないって今日解ったの…あの時助けてくれてありがとう…誘ってくれた時凄く嬉しかったよ…今日が楽しみで嬉しくて、待ち遠しかった。とと君も同じ気持ちかな? そうだったら良いな…」
「お、おう。あの…初めてとか…なんでそんな事…」
「ふふっ、顔見れば解るよ」
倉田が何を言っているのかよく分からない。顔を見れば解るなんてあり得ないとは思うが、その場に居ない限り解らない様な情報。いやいやいや、初めてなんてまだだよ! 誤解を解かないと…誤解? なんか混乱してきた…
「あの…まだ俺…」
「良いの! 言わなくても大丈夫だから!」
どうしたら良いんだ?
絶対勘違いしているぞ…あぁ目が怖いからこれ以上この話題は危険だ…落ち着いたら言わなきゃ…言わなきゃ?
「そ、そうか…そういやなんでいつも前髪で顔隠しているんだ?」
「そんなの誰にも邪魔されずにとと君を見る為に決まってるじゃない」
「…えっ、なんで?」
「もうっ、解っている癖に」
「いや、別に顔隠さなくても邪魔されないから良いと思うけど…」
「他の人に話し掛けられたら邪魔だもん」
「可愛いから勿体ないよ?」
「…えへへ、ありがとう」
戸橋に褒められて喜ぶ姿はとても可愛らしいものだが、少しだけ狂気を感じていた。少しだけで済んでいるのは、戸橋がおかしいのか、喜ぶ姿が可愛いからか。
「ねぇ、とと君…飯島律子も来るの?」
「あー、うん来る予定」
「…泊まり?」
「…多分」
うわ…瞬時に空気が張り詰める。暖かい日射しの中、ベンチだけピリピリとした空気。
別に倉田と付き合っている訳ではないから、何もやましい事は無い。無いのだが、この圧迫感で心臓がバクバクしていた。
「「…」」
この沈黙が怖い。
倉田は微笑みながら見据え、俺は蛇に睨まれた蛙の様に目を離す事が出来ない。
「「…」」
ほんの少し見詰め合っただけで、長い時間見詰め合っている感覚。逃げる事は不可能だ…
「飯島律子と付き合っているの?」
「…付き合っていない」
「そっか」
途端に倉田の雰囲気が柔らかくなった。少しだけ心に安堵の余裕が出来た瞬間だな。
なんだろう…浮気した男ってこんな気持ちなのか? いやでも倉田と付き合っている訳じゃないから違うのか?
「とと君って誰かとデートするの初めて?」
「デート? …あっ、いや、初めて…だと思う」
「ふふっ、やった。図書館で勉強なんてデートに入らないもんね」
「…図書館」
デートと言わなければいけない雰囲気だったからデートと認めた。元々誰かと出掛けれれば良かっただけなのだが、望んだ結果にならない事はあると心の中で言い聞かせた。
なんでととって呼ぶか聞きたいけれど…地雷な気がする…聞いたら右腕の北斗七星に死兆星が付く。確実に…
芝生で遊ぶ子供達を眺めながら、ポツポツと倉田の質問に答えていく。好きな食べ物や、好きな映画、音楽、ゲームなど元々用意していた質問の様に順番に。
倉田は最初の頃は恥ずかしそうに喋っていたが、慣れてきたのかよく喋る様になっていた。
「とと君、お昼はどうする? どこかのお店に入ろうか?」
「あ…実は、弁当作って来たんだけど…食べる?」
「お弁当…はい…喜んで」
うっとりとした表情で微笑み喜んでいた。倉田は十人居たら十人可愛いと答える様な笑顔だが、俺はもう精神力が磨り減っているのでもう帰りたい。
折り畳みのトレーに弁当を乗せ、倉田に渡す。
「まぁ大した物は作ってないけどね。お茶もあるから」
「…ありがとう。いただきます」
弁当の中身は白米、小さいハンバーグ、ナポリタン、アスパラベーコン、卵焼き、いんげんの白和え、プチトマト。平凡な中身だが、倉田は喜んで食べていた。
よし! 食べたら帰ろう! 食べたら帰ろう食べたら帰ろう…
「私ね、学校まで少し遠かったから…先週、引っ越ししたの」
「へ、へぇーそうなんだ。どこに引っ越したの?」
「裏だよ」
「裏?」
「とと君のお家の裏に引っ越したの」
「…あ、う、そ、そうなんですか。ご近所だね……ん?」
「うん…いつでも…会えるよ」
えっ……ちょっと待て…裏? 裏って…もしかして…あの幽霊は…倉田かよ…




