俺もモブ背景になりたかった
「戸橋、今日は一段とゾンビだな」
「ふっ、知っている。今俺はスーパーゾンビだ」
「なぁ、ウンコしたいんだけど」
「我慢しろや」
週が明け、いつもの通り俺は中村、源は学校へ向かう。朝は待ち合わせなどしない。三人共、同じ時間に家を出る為必ず合流するから、必然的に登校する時は一緒になる。規則正しい生活は基本だ。
「知ってるか? 健康なウンコをすればケツ拭かなくて良いんだぜ?」
「ケツを拭いて手を洗うまでが健康なウンコだ。履き違えるなゴリラ」
まぁ…週末に色々あったので、いつもより寝不足だ。内容は言えないので、いつも通りを演じるが心の中は荒れている。
いつもの時間に教室に入り、それぞれの席に座る。俺の席は廊下側の先頭なので教室に入ったら直ぐに座る。廊下からゾンビが見えるので、一年一組はゾンビの門番が居ると有名だ。
「ゾンビーおはよう、今日は一段とゾンビだねー」
「おうタイタン。ドスドス現れやがって言葉を倍にして返すぜ」
「戸橋君、おはよう…やっぱり…平日は呪いが復活しちゃうんだね…」
「おう吉野。呪いじゃないから。元々人間だから」
いつも通りの会話。今日は太田が少し化粧をしているので本気で殴りたいが、やり返されたら俺の命は無い。我慢だ我慢…これで香水までしていたら玉砕覚悟のかかと落としだな。
「そういえばゾンビって何時間寝てんの?」
「今日は十五分だ」
「夜中何してるの?」
「最近ゲームしてる。珍しいな、ゾンビに興味持つなんて」
は? って顔された。太田にされると腹立つな。
昼休みになり、いつもの面子で食堂へ向かう。
「おい、知ってるか?」
「あぁ、質問の内容を知らない事を知っている」
「ひき肉ブルーに彼氏が居たらしいぞ」
「残念だったな。ゴリラ」
「いや、別に好きじゃないぞ。トップアイドルには遠く及ばないじゃねえか」
「それ鏡見てから言えや」
平凡な会話を繰り広げ、いつもの平和な時間だが…
「あっ、泰人君」
「やっほー」
「あっ…どうも律子さん琴美さん」
遭遇してしまった。ちょっと気不味い…いや、大分気不味い。
「…イケてないゾンビがイケてる女子に絡まれてるぞ、助けてやれゴリラ」
「ふっ、俺に出来ると思うか? イケてないゴリラだぞ?」
源はメガネをクイッと上げて目を閉じ静寂のポーズ。
そして中村は腕を組み不動のポーズ。ごく自然な動きでモブ背景と化した。
姉ちゃんは離れた場所に座っている。やはり俺達とは関わりたく無いようだな。
いやここは敢えて関わるのも一興か…いやまた病院送りは嫌だ。
「泰人君の友達って変わってるって聞いたけど、確かに変わってるねー」
「うん。一瞬にしてモブ背景と化したよ」
「そうですね。俺達イケてないグループなんで、現実から逃げる技が多彩なんですよ」
「面白いねー」
「あっ、姉が弁当モリモリ食べてますよ」
「えっ?」
「やばい! おかず無くなる!」
一応おかずは多目に渡してある。姉ちゃんがこちらをチラ見し、ふっと笑った時には口の中がおかずで一杯になっていた。
律子さんと琴美さんが姉ちゃんの元へ。食い意地の塊に感謝しつつ、俺は教室へ向かう。
もちろん裏切者のモブ背景は無視して。
一人で教室に戻ったが、ざわざわする教室で吉野が俺の席で太田と弁当を食べていた。
仕方ないので吉野の席へ座る。少しざわついた心を落ち着かせる様に天井を見上げた。
やっぱり律子さんに会うと緊張するなぁ…
週末の出来事が頭をよぎる。
思い出しまくってマジでヤバい…
「…はぁ」
「…」
――ヴヴヴ。
ん? トークアプリに連絡が来た。
律『遥から聞いたよー。遥パパまだ出張なんでしょ?』
泰『ええ、母も行きますね』
律『じゃあ土曜日遊びに行くねー』
「まじすか…」
「…」
泰『了解です。出掛けていたらお昼は作れないので宜しくお願いします』
……うぉっふ…既読スルーだと…反応が気になる。でも催促したら引かれる…
「…と」
スマホを眺めるとため息が漏れるな。
おっ? ふと目線を上げると長い髪の間から目が覗いている。倉田がこちらを見ていた様だ。
とりあえずボーッと見詰め合おう。
ゾンビ様だぞー。
「「…」」
土曜日どうしようかな…家に居たらまたカフェみたいになる…それに一人行動は避けたい。源と中村は論外。吉野は彼氏がいるらしいから誘えないし…
「倉田、土曜日って暇?」
「…」
コクンと頷いた。暇って事で良いのか?
「おっ、ちょっと出掛けるか」
「…」
コクンと頷いた。良いのか…意外とノリが良い?
「じゃあ朝9時に更江駅に集合ね」
「…」
――キーンコーンカーンコーン。
倉田が頷いた時にチャイムが鳴った。
吉野が立ちあがったから俺も立ちあがる。吉野がジーッと見詰めてきていたが特に話す事は無いのでスルーだな。
週末だけ何処かに逃亡出来ないかなぁ…




