今日も清々しいくらいゾンビ顔ね。
ちょいとリニューアルして再開します。
相変わらずマイペース更新ですが、よろしくお願いします。
「…あの…お願いが、あるの」
「うん、なに?」
「…キスして」
「えっ!」
薬品の匂いが漂う白い部屋の中で、顔中に包帯を巻いた少女が消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。茶色い瞳を真っ直ぐに向けて放った言葉に、俺は緊張から俯いてしまった。
心臓がドクドクと波打ち、鼓膜に響く。キス…この言葉が反覆して顔が熱い。
目の前の少女もきっと、顔が赤くなっていると思う。顔中に包帯が巻かれ、目と口から下しか露出していないけれど、少しだけ見える肌が赤く見えたから。
「…あの、さ」
「…ごめんね…変な事言って」
俯いてしまった俺を見て、落ち込んだように顔を背けてしまう。このまま黙っていたら…もう二度と会えない気がした。だから、精一杯の勇気を出した。
「こっち、向いて」
「ん? ――んぅ」
キスなんてした事は無い。ドラマのキスシーンで見たままの真似で、唇を重ねた。
柔らかい感触…同時に感じた包帯の匂いが妙に心地よくて、唇を離す事を忘れていた……
そして、彼女の唯一動く左手が、俺の頭を押さえた。
遠い記憶。
病院で出会った顔を知らない少女が、俺の初恋だった。と、思う。
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「ぬぉっ…またあの夢か…」
最近この夢をよく見るなぁ…
八年くらい前に、姉ちゃんに必殺技を編み出したと言われ……病院送りにされて入院した。その病院で出会った女の子との記憶だけれど…あだ名で呼び合っていたし、昔の事だからもう名前は覚えていない。
あの後俺は退院して…あの子のお見舞いに行ったけれど、リハビリ専門の病院に行ってしまったらしいから会えず仕舞いだった。
唯一形ある物…彼女に貰った栞は今でも持っているから、俺の妄想では無い。と思いたい。
窓から見える薄暗い空を眺め、ベッドから起き上がる。
そしてふらふらと付けっぱなしだったパソコンの電源を切った。
結局昨日は朝までネットの世界に居た。睡眠時間は三十分…平日にしては結構寝たな。
パジャマのまま部屋を出て、顔を洗いに一階の洗面所へ向かう。
今の時間は朝五時。まだ早い時間だから、俺と同じ二階に部屋がある姉ちゃんは起きていないのは当然か。
だらだらと階段を下り、洗面所に到着。
ふと、鏡が目に入る。
寝癖でボサボサの髪に、目の隈が酷い死にそうな男の顔が映った。うん、また今日もゾンビって言われる事間違い無しだな。
平日は夜更かしが日常化したせいで酷い顔になる。もちろん死にたくは無いから週末はちゃんと寝るのだが。
見た目通りにあだ名はゾンビ。
クラスの女子が、『戸橋君ってゾンビみたいだねー』と、言ったのが始まりでクラスに浸透した。まぁ…それ以前に仲間内からゾンビと呼ばれていた……
別に悪口だと思っていないし、自覚しているから気にしていない。むしろ俺のようにイケてないグループに属する人間は、女子に話し掛けて貰えるだけでも嬉しい事なのだ。
ゾンビネタは貫き通すぞ。
眠い…けれど朝御飯と弁当を作らなければならない。
親は昨日から出張中…今この家には俺と姉ちゃん。姉ちゃんが家事をするなんて無理だからなぁ…仕方ない。
朝御飯は…白米と味噌汁とおかずで良いか……
米を研いで、炊飯器のスイッチオンっと。
味噌汁は味噌玉を作っているから、お湯を注ぐだけだし…おかずは…昨日作ったひじきの煮物と、焼き鮭で良いや。手抜きでも姉ちゃん解らないし。
弁当は……どうしよ。ひじきの煮物再利用と、塩こんぶキュウリ、卵焼き、ほぐし鮭の海苔弁で良いか。
……時間が余ったから、リンゴをハリネズミ風にして入れてやろう。
…やっと起きたか。
「ふぁー…やすとー、おはよー」
「姉ちゃんおはよー。これ弁当、忘れんなよ」
「ありがと。ゾンビ状態のあんたに弁当届けられたら友達無くすから絶対に忘れないわ。どうして週末の格好良い顔を維持出来ないのよ」
「いやいや逆に友達増えるだろ。このゾンビ様にお近づきになれるんだぞ? 末代までスーパー自慢出来るじゃねえか」
「はっ、あんたのポジティブを見習いたいわ」
二つ上の遥姉ちゃんは17歳のお年頃だから、ゾンビ状態の俺とは学校で他人の扱い。まぁどこの姉弟も似たようなものだから、あるあるだと片付ければ良い。
因みに姉ちゃんはゾンビでは無い。ただの性格の悪い美人だ。
「「いただきまーす」」
「…相変わらず美味しいわね」
「そりゃどうも」
「あっ、週末友達来るから宜しく」
「はいはい」
いつもの日常会話をこなして、姉ちゃんが先に家を出てから少し経って俺が出る。
近所の高校…更江高校に入学してから二週間。
いつもの日常…このまま平穏に過ごせたら良いな。