第二幕 不思議な骨董店(一)
凡ソ士ノ職分ト云ハ、其身ヲ顧ニ、主人ヲ得テ奉公ノ忠ヲ尽シ、朋輩二交テ信ヲ厚クシ、身ノ独リヲ慎デ義ヲ専トスルニアリ。
(『山鹿語類』巻第二十一「士道」 立本 知己職分)
「――じゃ、民ちゃん。あたし、お母さんに頼まれたCD買ってきたいからこれで」
「うん。わたしも付き合いたいのは山々だけど、ちいとばかし野暮用があるんで失礼するわ。そんじゃね、真琴。いい? ちゃんと先輩へのバースデープレゼント考えとくんだよ!」
学校最寄りの駅前での別れ際、民恵はもう一度念押しするようにして真琴に言い聞かせる。
「は~い……」
先程から再三再四、民恵に延々とお説教をされ続け、さすがの真琴も抵抗を諦めたのか、嫌々ながらに弱々しく返事をする。
「じゃ、また明日!」
「うん、また明日ぁ……」
去り行く民恵に力なく手を挙げると、真琴はよく行くCDショップ「卒塔婆レコード」のある商店街へと足を向けた。
そこは駅前の大通りを少し行って、脇道に入った所にある。ここら辺では一番お店が集まっている繁華街であり、真琴も学校帰りに民恵や他の友人達とちょくちょく寄っていったり、休日にもよく買い物に行く、地元の者には定番の遊び場&道草スポットだ。
駅前の大通りを折れ、いつものように「三河通商店街」と書かれたアーチを潜って脇道へと入る……夕刻のオレンジ色に染まるそのあまり広くはない路地は、真琴と同じく学校帰りに立ち寄った学生や帰宅途中のサラリーマン、OL、夕食の買い物に来た主婦などでごった返していた。
行き交う通行人とぶつからぬよう、注意して商店街の通りを進む……そうして人の波を掻い潜りながら、真琴は先程の民恵との約束を思い出していた。
……ハァ……民ちゃんの強引さに押し切られちゃったけど、先輩へのお誕生日プレゼント、どうしようかなあ? ……先輩、ちょっと趣味が他の人と変わってるから、何あげればいいのかなんてわからないよお……もし何かあげてもよろこんでくれなかったら嫌だしなあ……いや、それ以前にあたしなんかがプレゼントして、迷惑そうな顔されちゃったらどうしょう……そんなことになったら、あたし、気まずくてもう部活なんか行けないよう……。
そのあどけなさの残る顔に憂鬱な表情を浮かべる真琴は、人混みの中でもう一度、大きく深い溜息を吐く。
……でも、プレゼントしないと民ちゃんに怒られるしなあ……先輩、どんな物もらえばよろこぶのかな? そういえば、さっき堀田先輩には日本刀が欲しいとか言ってたような……でも、そんなの高くて、あたしの財力じゃ買えないしなあ……というか、誕生日プレゼントに日本刀あげる女子ってのもどうかと思うし……昨今の某刀剣ゲームにハマってるヲタ女子だと誤解されそうだな……。
「あ、そうだ! ここはなんにも知らない振りをして訊いちゃえば……」
そうしたことをつらつらと考えつつ、人混みの中をとぼとぼと歩いていた真琴は、ふと明暗を思い付くと、立ち止まって鞄の中からスマフォを取り出す。そして、若者を中心にして人気なSNSアプリ〝LIGNE〟を立ち上げると、「日新高剣道部」で作ってあるグループの全員――つまり部員全員にメッセージを送って質問をした。
[同い年のいとこの男の子が今度誕生日なんだけど、この年代の男の子って、どんなものプレゼントされたらよろこぶのかな?]
もちろん、いとこが誕生日などというのは真っ赤な嘘である。そんな嘘で一般論的な質問を装い、その多数の回答の中に紛れた本命である松平の要望を密かに聞き出す……奥手で引っ込み思案な真琴にしては大胆な、否、だからこそ思い付いた、彼女にとっては精一杯の知恵と勇気を振り絞った作戦である。
「来た!」
質問を投げかけるやいなや聞き慣れた着信通知音が鳴り、下校途中で手が空いているためか、すぐさま次々にコメントが返って来る。
[うーん…無難にハンカチ]
[洋服とか?]
[あたしは断然、ケーキ! あ、でも男の子か]
「年頃の男子なら、そりゃあもちろん……スミマセン! セクハラでした!」
どれも月並みだったり、平凡すぎてつまらなかったり、中にはそんなお年頃だけあってスケベなものもあったりと、役に立たぬ意見ばかりであるが、そんなものはどうでもよい。
「せ、先輩からだ!」
その内に、予告もなく淡々と、ついに大本命からのコメントも他の者に混じって液晶画面に表示される。
[うーん…………やっぱり日本刀だな]
「だあ……」
しかし、その相変わらずなコメントを見て、思わず真琴はコケそうになった。
「これじゃあ、グループLIGNEで訊いた意味ないじゃん……」
どうやら妙案だと思った真琴の作戦も、まったくの徒労に終わったようである。
「ハァ……また振り出しに戻るだよ……何かいいものどこかに置いてないかなあ……」
そうして深い溜息を吐きながらまた歩き出し、なんとはなしに見慣れた商店街の店舗に並ぶ商品を物色していた真琴であったが、その時ふと、彼女は奇妙な感覚に囚われる。
奇妙な感覚――それは特にこれといって取り上げるほどのことでもないのだが……今、自分の目に映っている、ウインドウ越しに並ぶその店の品々にまるで見憶えがなかったのだ。
この商店街にはよく来ているので、どの店の店先でも必ず一度は見ているはずだ。それなのに、このショーウィンドウに関しては今日初めて目にしたような気がする……つまり、見慣れたはずの商店街にあって、この店先の景色だけはこれまでに見た記憶がまったくないのである。
新しくできたお店?
真琴は一瞬、そう思ったのであるが、その考えは即座に否定される。
新しい店にしては店構えがやけに古いのだ。いや、古いなんてもんじゃなく、江戸か明治の頃にでも建てられたかのような、商家風の古めかしい木造日本建築である。文化財にでも指定されているか、もしくは時代劇のロケにでも使用されていそうな、そんな感じの風情である。
それに、そこだけは新しく設けられた店先のショーウィンドウの向こう側に並ぶ品々も、これまた皆、建物の雰囲気にお似合いのたいそう古臭い物ばかりである。
古色がかった白い釉薬のけっこうお値段張りそうな瀬戸物の大皿だとか、少々錆びついた時代を感じさせる金属製の手鏡だとか、黒く煤けた由緒ありそうな古い仏像だとか、そんなような古道具ばかりがそこには並んでいる……察するに、どうやら骨董屋か何かのようだ。
真琴はショーウィンドウから目を離すと、何気に頭の上へとその視線を向けてみる。
すると、入口の引き戸の上には「時空堂」と太い筆字で大きく墨書された、やや朽ち気味の木の看板が掛けられていた。
「じくうどう?」
日暮れ時の商店街の往来の中、真琴はその店名を思わず口に出して読み上げる。
そして、それとともにもう一つ、奇妙なことに気付いた……それまで自分の周囲に満ちていた往来の喧騒が、いつの間にやらすっかり消えてなくなっているのである。
真琴は慌ててキョロキョロと辺りを見回す……だが、辺りに人がいなくなったというわけでもないらしく、通りには先程と変わらず多くの人々が忙しなく行き交っている。ただ、なぜだかその通行人達の足音や話し声などは、真琴の耳にまったく聞こえてこないのである。
例えるならば……そう。まるで無声映画の世界にでも迷い込んでしまったかのような、そんな不思議な感じだ……。
なんだかキツネにでも抓まれたかのような面持ちで、真琴は再び頭上の看板を見上げてみる。
時空堂……こんなお店、前からあったっけ? あたし、今までぜんぜん気付かなかったんだけど……なんか、変だな……。
真琴は不意に薄気味悪くなる……しかしその半面、彼女はこの店に惹かれる自分というものも心の奥底に感じていた。
そして、そこはかとない恐ろしさが背中の辺りを過りながらも、どうしてもこの店の中に入ってみたいという衝動が込み上げてくる……なぜそう思うのかよくわからないのであるが、この店なら自分の探しているものがきっと見付かるような、そんな気がしたのである。
ガラッ…。
気が付くと、真琴はもうすでに入口の引き戸を開いていた。
「いらっしゃーい」
すると、中からは年老いた男性の穏やかな声が聞こえてくる。
彼女は声のした方向――店の奥に設けられた、手前の土間より一段高くなった古風な商家風の帳場へと視線を向ける……そこには、草色の着物に茶の袖なし羽織を纏い、同じく茶系のイスラム帽をかぶった一人の老人の姿があった。
丸い頭にジャストフィットした半円型の帽子の下には、水戸黄門のように白く立派な顎髭を蓄え、小ぶりな丸メガネを鼻にかけた、なんとも柔和な顔をこちらに向けて覗かせている……どうやらこの老人がこの店の主であるらしい。
「ほう。若いお嬢さんとは、これはまた珍しいお客さんじゃの。どんな物をお探しかな?」
帳場に置かれた黒い文机を挟んで座るその老人は、鼻メガネの隙間から真琴のことを覗うと、その目を優しげに細めて愉快そうに声をかけた。
「……は、はい……あ、い、いいえ! 別に何か欲しいというわけじゃ……」
どこか浮世離れした老人の姿にしばし心を奪われていた真琴は、その言葉で我に返ると慌てて返事を返す。
先程、店に入る時には何か自分の探している物がここにあるような、なんだかそんな気がしていた真琴ではあるが、よくよく考えてみれば特に骨董好きというわけでもないし、この店に自分の欲しがるような物がこの手の店にあるようにはとても思えない。
「ほう。そうかね、そうかね。ま、どうぞ気軽に見て行ってくださいな。うちは品揃えがいいからの。何か欲しい物が見つかるかもしれんよ」
だが、真琴の心情とは裏腹に、老人は先程来の柔和な微笑みを湛えたまま、他人の話など聞いちゃあいない様子でそのように勧めてくる。
「は、はあ……」
なぜ自分がこの店に入ってしまったのかもよくわからない彼女は、そんな生返事を口にすることしかできない。それでもせっかく入ったのだし、普段あまり目にすることのない古道具達に少し興味も惹かれたので、とりあえずは老人の言葉通り、店内を見て回ることにする。
「………………」
改めて、店内をぐるっと見回してみる……店の中はまるで時が止まってでもいるかのような、なんともいいようのない静かで厳かな空気で満たされていた。
さっき、店の前で感じたのと同じ静寂がここにも流れている……。
そんな時が止まったかのような静けさの中、売り物なのか? それとも趣味で置いてあるだけのものなのか? 店先の壁に掛けられた古い振り子時計のコチコチと時を刻む音だけが唯一この無音の空間に空気の振動を生み出している……むしろ逆に、その単調な機械音がよりいっそうこの静けさを強調しているようにも感じられた。
焼き物やら漆器やらアンティーク・ドールやら、棚やテーブルに雑多に置かれた品々を真琴はゆっくりと歩きながら眺める……まあ、みんな普通に骨董品と呼ばれる代物である。
その古めかしく日常生活ではあまりお目にかからない、だが、それでいてどこか懐かしく、不思議と愛着を感じる珍しき品々は、見てる分にはおもしろいのだが特に買う気も真琴にはないので、なんだか雑多に展示物の置かれた博物館か美術館でも訪れているかのような、そんな気分である。
「…………?」
そうして、なんとはなしに様々な商品を見物していた真琴であるが、店の奥まで来た所で思いがけず非常に関心を惹く物が彼女の目に映った。
「……あっ!」
真琴は小さく声を上げる。
彼女の目に映った物……それは二振の長い日本刀であった。
黒い鞘の物と赤い朱鞘の物が一本づつ上下に並んで刀掛に置かれている。しかも、その下には「特価! 一〇〇〇円 ※お一人様一本まで」と書いてあるではないか!
それを見た瞬間、真琴の脳裏には自然と〝先輩への誕生日プレゼント〟という言葉が浮かぶ。
こんな骨董屋に自分の欲しい物などあるわけがないと思っていた真琴であるが、そういえばこれがあったのだった……。
つづくでござるよ…。




