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分かたれた双星と白金の機神  作者: 侍射得乃沙
第一章 黒き獣の氾濫
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第5話 前兆




そろそろ、アスタスの装備の取り付けが完了するだろうとの事で、俺はランディさん、ジェイスさんと共に工房に向かっていた。ヴァルシアウス兄妹は、メイドさんに今晩泊まるイシュバーク邸の部屋に案内されている事だろう。

 エフィは人数が増えたので、夕飯の買出しに出かけている。

 何故ランディさんまで付いてきているかというと、俺が提案した弩弓に興味が沸いたかららしい。


「しかし、ランディ様。大型魔獣に襲われたと報告を受けた時は、肝が冷えましたぞ。どうか、そのような無茶は慎んでくださいよ」

「ははは、皆から小言をずっと貰ってるんだ。そろそろ勘弁して欲しいな」

「オーキ殿、お主が居なければランディ様は無事では済まなかった。心から感謝するぞ」

 

 こちらに頭を下げてくるジェイスさん。なんというか見た目通りに武将って感じの人だな。


「見つけたのは偶然でしたし、ランディさんの運が良かったんですよ」

「偶然でも、お主が助けようとしたからこそ、ランディ様は無事だったのだ。やはり感謝するべき所だ」


 ジェイスさんの感謝に、日本人特有の謙遜と遠慮で返し、また向こうが感謝するの繰り返しをしている内に工房へと辿り着いてしまった。

 工房に入り、まずはアスタスの様子を見に、待機場へと向かう。そこにはアスタスの他に、昨日は無かった<騎士型(ナイトリード)>が二機と<従士型(アルリード)>が三機、待機状態で停まっていた。

 赤い<タルシス>一機と、赤い<イズル>が二機、青い<タルシス>が一機と、同じく青い<イズル>が一機。赤いのがこの街の守衛隊の物で、青いのがヴァルシウアス兄妹の物だ。

 そしてアスタスには、腰の部分に鞘に収まったバスタードソードが取り付けられていた。

 ちゃんと稼動に支障がないような位置に金属ベルトで固定してくれている。さすがに仕事が早いな。

 本来なら仕事の指示をしているはずのヘイヴァスさんが見当たらないので、ランディさんが、忙しそうに働く整備士に聞くと、朝に鍛冶場に篭ってから、まだ出てきてないらしい。

 今の時刻は午後三時だから、飯も食わずに7時間近く篭りっぱなしになる。


「やれやれ、ヘイヴァス殿の悪い癖が出たか」

「だねぇ。オーキ君の描いた図面が、かなり気に入ったんだろうね」


 二人は苦笑しながら、鍛冶場へと入っていく。俺とエフィもその後を追う。

 中に入ると、ヘイヴァスさんが、図面から作り上げた人間用の大きさの弩弓を弄っていた。うわあ、凄く楽しそうだな。でも、よくこんな短い時間で、製作出来たもんだ。

 ヘイヴァスさんの職人の腕は、かなり高いんだな。

 

「これが、弩弓の模型かい?」

「お、ランディ様。そうですぜ。こいつは凄ぇ代物ですよ」


 ランディさんが来た事に気づいたヘイヴァスさんが、新しく手に入れた玩具を紹介するように、弩弓の説明を捲し立てる。弩弓の一番の利点は、弓に比べて扱う為の技術がいらない事だろう。

 矢のセットの仕方と、撃ち方さえ覚えれば後は銃の用に狙うだけだ。弓の様に放物線を描いて飛ぶのではなく、ほぼ水平に飛ぶから、標的を狙いやすいし、矢をセットした後なら片手で運用する事も可能だ。


「これは確かに、便利な武器だな。<理晶騎(セイルリード)>用だけでなく、人間用も揃えたい所だ。オーキ殿、素晴らしいアイデアだ」


 ジェイスさんも手放しで褒めてくれるが、俺は知っていただけで、自分で考えた訳じゃないからなぁ。


「ヘイヴァス。三日後、ロナウ川の上流に向かう事にしたんだ。まずは戻ってきた守衛隊の<理晶騎(セイルリード)>の整備を頼みたい。それが終わったら、私の権限でこの弩弓を量産する事を依頼しよう」

「了解しました。三日後の朝までには完璧に仕上げておきますぜ」


 我に返ったヘイヴァスさんが一礼して待機場へと駆けていった。さて、俺も働いたほうが良いよね。


「ランディさん。明日は俺も一緒に行きますよ。大型魔獣が出る危険がある以上、一機でも戦力が多いほうがいいでしょ?」

「確かにそうだけど、君はこの街の住人じゃないんだ。そこまで危険を冒す義理は無いんだよ?」


 ランディさんの言う事も分かる。よそ者の俺が下手に同行したら、足を引っ張る事になるかもしれない


「よそ者の俺ですが、たった一日ですが、この街でお世話になってますし図々しいですが、これからもお世話になると思います。この問題は他人事には出来ないと考えました。ですから協力させてください」


 今の俺の気持ちをぶつけてみた。行く宛ての無い俺を優しく迎えてくれた人達に、俺は本当に感謝しているんだ。

 ランディさんはヤレヤレといった感じで肩をすくめた。


「そんな事は気にしなくてもいいんだよ。私の客人として迎えた以上、君は負い目を感じる必要はないんだ」

「ランディ様、ここはオーキ殿の心意気を汲んであげるべきかと」

「分かっているさ。オーキ君の気持ちは嬉しいよ。ありがとう、よろしく頼むよ」


 これで、俺も付いて行く事になった。

 後は細かい打ち合わせを、という事で待機場へと向かう。<理晶騎(セイルリード)>に装備する為の工事に必要そうな道具を選ぶ為だ。

 待機場には、見知った顔があった。マルレイクとリアムローダの二人だ。


「ランディ卿、少しお話が」


 彼らも明日の工事には同行するそうだ。ここらで大型魔獣が出没した事を聞き、現地調査も兼ねての同行らしい。

 先日の地震が原因で大型魔獣の生息地が変化したのなら、問題はトゥルシールの街だけの物では無くなるかもしれない。グランシール王国の周辺に多く見られるのは小型魔獣が大半で、たまに中型を見ることがあるくらいだった。

 中型と大型では脅威度にかなりの開きがあるので、精々、中型魔獣に対しての備えしかしていない、グランシール王国にしては放置出来ない問題だ。

 

「国防を担う第2師団の騎士としては、実際に目で見て判断し、危機的状況ならば上に進言しないと」

 

 チャラい外見だが、マルレイクの騎士としての責任感は本物だ。まあ、こういう奴は嫌いじゃないな。

 ランディさんの了解を取ったマルレイクが、俺の方を向いたかと思ったら、難しい話は終わったとばかりに馴れ馴れしく話しかけてきた。


「マサカリ君だったよね。あの灰色の機体、君の<理晶騎(セイルリード)>なんだって?」

「ええ、そうですよ。マルレイクさん」

 

 顔が近いよ。


「歳も近いんだし、僕の事はマルクでいいよ。親しい人はそう呼んでるしね。僕もオーキと呼んでいいかな?」

 

 うむ、やはり馴れ馴れしい。だが貴族なのに偉ぶらないのは好印象だな。


「わかったよ。マルク」

 

 マルクは嬉しそうだが、リアムローダの方が怖い顔してこっちを睨んできている。

 平民が自分の兄を略称で呼ぶのが気に入らないんだろうか。下手に美人なだけに、眼力が恐怖を誘う。


「あのようなタイプの<理晶騎(セイルリード)>は初めて見たよ。<タルシス>みたいな量産型では無いよね。あの背部に付いている部分は何なんだろうね!」


 凄くワクワクした目をしているな。そうか、こいつはこういう奴なんだな。


「もしかして、<理晶騎(セイルリード)>が好きなのか?」

「ああ、騎士になった半分の理由は、<理晶騎(セイルリード)>に乗れるからだからね!」


 後ろではリアムローダが処置なしと、額に手を当てている。日頃の苦労が垣間見れるな。


「こいつは<アスタス・クシェール>って名前だ。ただ俺は記憶が無いから、どこの国で作られたとかは覚えてないんだ。すまん」


 俺の今の状態を説明する。マルクは信じてくれたのか、気の毒そうに俺を見る。

 リアムローダも同情の視線を向けていた。人の悪意が解かる能力のおかげなのか、俺がこの国で悪さをする為に、記憶喪失を偽っているとかの誤解される事は無かった。俺にとっては非常に助かる。

 その日の夕食は俺のミートソースに触発されたエフィが頑張って、豪華な物になった。おいしゅうございました。




 

 三日後の朝、俺達は出発した。俺の<アスタス・クシェール>、両手斧を装備したジェイスさんの<タルシス>、大きな盾と片手剣を装備したマルクの<タルシス>が先頭に並び、その後を二機の守衛隊の<イズル>とリアムローダの乗った青い<イズル>が土木用の工具を運搬しながら続く。

 予定通りの行軍だったが、一つだけ想定外の事があった。


「うん、良い天気でよかったよ」

「エフィーリアさん、あまり動かないでください。落ちてしましますよ!」


 青い<イズル>から二人の少女の声がする。一人は操縦者のリアムローダだが、もう一人はなんとエフィだった。

 エフィは<イズル>の操縦席の屋根の上に座っていたのだ。よくあんな所に座ってるな。見てるこっちが怖いよ。なぜこんな事になったのやら。

 最初は現場を知る、ランディさんが来る予定だったのだ。

 だが、それにエフィが異議を唱えた。まるで逆転する裁判を見ているようだった。

 ランディさんは<理晶騎(セイルリード)>には乗れないので、自ずと、移動手段は馬車になるのだが、もしまた大型魔獣に襲われたなら、小回りの効かない馬車では危険だと言い放った。

 じゃあ、エフィも一緒だろ?と問うたのだが、彼女曰く、風の理法を使い<従士型(アルリード)>の屋根に乗って付いて行くとおっしゃる。それにわたしの理法は役に立つよと。

 ランディさんは呆れながら止めたのだが、頑として聞かず同行する事になったのだ。

 強引にでも止めなかったのは、結局は娘の力を認めているからなのか。


「エフィちゃんも、中々のお転婆さんだねぇ」


 マルクが俺に向かっておどけた様に声をかけてくる。この三日間、こいつに誘われて、晩酌を付き合わされたんだよな。

 いかに<理晶騎(セイルリード)>が素晴らしいかのご高説を聞かされたが、こいつの人柄のせいか俺も意気投合し、リアムローダに怒られるまで一緒に騒いでしまった。


『我が妹ながら、お堅いのが玉にキズで未だに男と付き合った事も無いんだよな。出来ればオーキが親しくしてやってくれよ。ほら、まずはリアと愛称で呼んでやってくれ』

 

 酔っ払ったマルクが俺の肩に手を回して促してくるので、同じく酔っていた俺が調子の乗って口走ろうとしたのだが、


『あなたにリアなどと呼ばれる筋合いはありません』


 ピシャリと拒絶されてしまった。あ、思い出したら、ちょっと目から汗が……

 昨夜受けた俺の心の傷はともかく、見た限りエフィが怪我をする事は無いだろう。

 ちゃんと継続力のある風の理法を使い風を自分の周りに纏わせ、<理晶騎(セイルリード)>の揺れに影響されないようにしている。

 理法に関してはエフィから、さわりだけ教えて貰ったが、使い方次第で色々な事が出来る力だな。

 機会が有ったらもっと詳しく教えて貰う事にしよう。

 途中、小型魔獣と出くわしたが、<理晶騎(セイルリード)>を見るなり逃げ出す者ばかりだ。

 後は然したる障害も無く、昼食を挟みつつ、俺達はロナウ川を塞いでいる、がけ崩れの現場へと辿り着いた。

 川幅は30mくらいあり、今はその半分くらいを土砂が塞いでいる。

 川の流れが完全に阻害されるほどでは無いだろうが、溢れた水が森のほうに流れて込んでいて、その分下流の水量が目減りする事になっていた。


「さて、仕事を始めるか。<イズル>は土砂を掻き出す作業にかかれ。リアムローダ殿も一緒にお願いいたす。オーキ殿とマルレイク殿は周囲の警戒を。私は現場を監督させてもらいます」


 ジェイスさんの指示に従って、各個が作業を開始する。俺の目からすると、大きな人型ロボットがスコップを持って土砂を除いている姿は、凄くシュールに映るのだが、この世界じゃ、これが当たり前なんだろうな。

 リアムローダも文句一つ言わずに、黙々と土を運んでいる。まあ、騎士とは言え見習いなら、地味な仕事を任される事が多いのだろう。

 エフィはそのリアムローダの<イズル>の上から理法で風を起こし、舞い上がる土煙を散らしている。

 それだけに留まらず、川底に足を取られバランスを崩しそうになる<イズル>の補助もやっている。

 さすがに豪語するだけあって、エフィの理法は大した物だった。

 がけ崩れとはいえ、人の4倍もの大きさの<理晶騎(セイルリード)>が、せっせと作業しているお陰で見る間に土砂が無くなっていく。

 守衛隊の人達も慣れているのか、動きに躊躇いが無く効率よく進んでいくな。

 もうほとんど作業は終わりだろうと思った頃、森のほうで木々を掻き分ける音がした。

 

「うん?何かいるか?」

 

 それに気づいた俺とマルクが注意を向ける。森から出てきたのは、おそらく元は猿だったのであろう大型魔獣だった。


「大型魔獣がこんな所に出るか。やはり何かしら生息範囲が変化しているのだろうね」


 マルクが<タルシス>の剣と盾を構えて前に出る。俺も後に続こうとしたが、マルクに止められる。


「マルレイク殿!大型魔獣に対しては、<騎士型(ナイトリード)>二機で掛かるのが常道ですぞ。無茶はやめるんだ!」

 

 ジェイスさんが、斧を取り出しながら呼びかける。大型魔獣と従来の<騎士型(ナイトリード)>では、その大きさや膂力にはそれほどの差は存在しない。

 だが魔獣の本能に任せた動きに対して、<理晶騎(セイルリード)>は人間が操作している為に、動きに時差が生まれる。それ故に一対一の戦いでは<理晶騎(セイルリード)>側が不利となってしまう。

 だから二機で戦う事によって、その不利を補うのだがマルクは自信有りげに援軍を拒否した。


「この<タルシス>は、運動性能を強化しています。それ以外にも色々と改造しているので、猿の大型魔獣くらい、どうって事ありませんよ!」


 そう言って、青い<タルシス>が駆けた。従来では考えられない速度で接敵して、その剣を振るう。猿のほうはその速さに反応が遅れたのか、胸に浅い傷を負ったが、すぐさま歯をむき出しに威嚇して、<タルシス>を殴りつけた。

 しかしマルクは、その攻撃を盾でキッチリと防御してから、剣で突きを放ち猿に怪我を負わせる。

 昨夜、散々聞かされたので、マルクの<タルシス>がどれだけ魔改造されているかは知っている。

 おそらく性能だけなら、大型魔獣にも負ける事は無いと思う。あとはあいつの操縦の腕次第だが、この分なら大丈夫そうだな。

 俺はいつでも加勢出来る状態のまま、戦いを見守った。ジェイスさんも、とりあえずは様子見に徹するみたいだな。

 本来、猿は木々を渡る身軽さが一番の強みなのだが、生憎、5m近い猿がぶら下がれる木なぞ存在しない。

 地に足を付けた戦いでは、マルクの<タルシス>には敵わない。堅実に守りながら猿の傷を増やしていく。

 次第に猿の動きは鈍くなり、最後にマルクの剣が猿の首筋を切り裂き、猿は血の海に沈んだ。

 所々小さい傷はあるが然したる損傷も無く、マルクは勝利した。いや、意外とやるなぁ。お調子者ではあるが騎士としての腕は確かなようだ。

 皆、脅威が去って気が緩んでいた。しかしそれは油断以外の何者でもなかった。

 この国では、大型魔獣は滅多に見る事がなく、居ても一匹で行動するものだと常識として思い込んでいた。だが、今は地震で生態に異常をきたしている状況だ。

 俺が反応出来たのは、この国の常識を知らなかったからだろう。   

 森の奥から、さらに二匹の大型魔獣が飛び出してきたのだ。一匹の熊の魔獣は、勝利で油断していたマルクの<タルシス>にその爪を振るった。

 マルクが咄嗟に反応したのだが、盾でなく剣を持つ右腕で庇ってしまい、爪によって右腕が一撃で損傷してしまった。

 もう一匹は虎の大型魔獣で、こいつは作業を中断している<イズル>、エフィとリアムローダの乗った青い<イズル>に飛び掛ってきた。急な出来事に硬直している二人を尻目に、俺はスラスターを吹かせ、間に割り込む。

 間に合った!水しぶきを立てて降り立った俺は、虎を迎撃する。

 だが振るった剣は、虎の猫科特有の身軽さで回避され、距離を取られた。仕留められなかったのは残念だが、二人を守る事が出来たのだから良しとしよう。


「エフィ、リア。後ろに下がれ!」


 ついリアムローダを愛称で呼んでしまったが、緊急事態なので咎められる事も無く、二人は大人しく従ってくれた。

 マルクの方に目を向けると、ジェイスさんの<タルシス>が熊を牽制している間に、後ろに下がれたようだ。

 ほっと安堵のため息を付く。熊と虎の大型魔獣は隣通しに並んで、こっちを威嚇している。こいつは結構な危機的状況だ。<従士型(アルリード)>の<イズル>を戦力に数える事は出来ない。

 マルクの<タルシス>は右腕が剣も持てないほど損傷していて、今も水銀血液が地面に吸い込まれている。

 水銀血液の出血量を抑える為、右腕の血管のバイパスを閉じたようで、流れが止まってきているが、あれでは右腕は動かせなくなってしまう。

俺とジェイスさんでこの場を収めるしかないのか。力が封印される前のアスタスなら、なんとかなりそうだが、今はその力は当てに出来ない。


「馬鹿な。別種の魔獣同士が襲いあう事無く、共闘するだと?いったいどうなっているんだ!」


 ジェイスさんの混乱の混じった声が響く。魔獣も野生の獣と同じで、同種のものとは争う事は無いが、食物連鎖の常識に則って、別種では食い合いを始める事が当たり前なのだ。

 だが実際は目の前で、襲い合うでもなく、二匹ともこちらを威嚇している。

 生息範囲の変化などではなく、まったく別の異常が発生しているのかもしれない。 

 どちらにしろ今考える事じゃない。今、問題なのはどうやってこの窮地を脱するかだ。

 俺が賢くない頭で考えを巡らせていると、マルクの<タルシス>が盾を構えて前に進み出た。

 無論、右腕はだらんと下がり動かないままだ。おい、何を前に来てるんだ。その損傷じゃ、かなりの運動性が失われるだろう。


「オーキ、ジェイス殿。ここは僕が囮になる。その間に皆を連れて撤退してくれ。そしてこの異常事態を王都に報告してくれないか」


 何を寝ぼけた事、言ってやがるんだ。こいつは!


「馬鹿な事を言ってんじゃねぇよ!」

「馬鹿じゃないさオーキ。今の僕は足手まといだ。これは僕の油断が招いた事だ。僕はこの王国の騎士、国の民を護る義務がある。この場は任せてもらうよ。何、武器は無くても盾は残ってるんだ。時間稼ぎくらいはやってみせる」


 迷いの無い覚悟を決めた者の言葉だった。


「マルレイク殿」

「マルクさん」


 何かを堪えるような声を、エフィとジェイスさんが発する。


「兄上……!!」


 リアムローダの悲痛に満ちた声が耳に響く。その声を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 違うだろう。おい……。なぜ、俺はこんな所で足を竦ませている。なぜ、友達になった奴に死を覚悟させている。なぜ、女の子に悲しい顔をさせている。

 ふざけるな!俺の中に、不甲斐無い俺自身に対する怒りが爆発した。

 俺は二度と、身近な奴に残される者の悲しみを味あわせないと誓ったのに!!!

 あれ?今、何かを思い出しかけたような……

 俺は逡巡した後、首を横に振った。考えるのはこれが終わってからだ。俺は呼びかける。

 おい<アスタス・クシェール>。お前は俺に力を貸して欲しくて、喚んだんだろう。だったら今度は俺に力を貸せ!!


《そこまで叫ばずとも聞こえておる》

「力は取り戻せたのか?」

《まだまだだ。声を発する為に無理矢理覚醒しているだけだ》


 今にも途切れそうな声でアスタスは喋る。悪いがお前の都合は関係ない。無理だろうが、何だろうが力を貸して貰うぞ。


《我の力が使えぬのなら、汝の力を使え。それしかあるまい》

「俺の力だと?」

《そうだ。汝に鍵としての力があったからこそ、喚ばれたのだ。汝の力を我が血液に乗せ全身に浸透させよ。さすれば、黒の尖兵の封印を一時的に弱め、我が手は汝の手に、我が足は汝の足となろう。今の汝ならば、その怒りに満ちた器ならば……》


 アスタスの声が完全に途切れた。やれるかどうか解からないが、やるしかない以上やってやるさ。

 俺は操縦桿を通して、自分の神経をアスタスに伸ばし、張り巡らせる様にイメージする。すると、何かにぶつかり跳ね返される感覚が出てきた。これが封印の影響って事かい。

 たかだかデカイ蜥蜴の怨念が、俺の邪魔をするんじゃねぇ!人間の気合と根性を嘗めんなよ!

 押さえつける圧力が無くなり、自分の感覚が外に広がる。

 操縦桿を握っている掌が、バスタードソードを構えているアスタスの手と同化する。操作板を踏んでいる足が、大地を踏みしめているアスタスの足と同化した。視界は完全な一体化した時のような物では無く、操縦席から見た状態だが、これなら行ける。

 俺はアスタスを進ませ、マルクの<タルシス>の前に出た。


「オーキ。早く逃げるんだ」

「ふざけた事を言ってんじゃ無ぇぞ。マルク」


 俺は強めに言い放つ。簡単に命を諦めるな。


「怒っているのかい?」

「当たり前だ。俺に友達を見捨てろだと?出来るか、馬鹿野郎」


 マルクが口を噤むのを感じる。ちっとは反省しろ。


「エフィ!」

 

 俺はエフィに叫んだ。ここは彼女の力も必要だ。


「一瞬でいい。あいつらの目を暗ませてくれ!」


 俺の言葉に、エフィはすぐに行動を起こしてくれた。良い娘だ。この状況で身を竦ませてもいない。さっきまでの俺とはえらい違いだ。


「わかった!行くよ。<我、集める、光、炸裂せよ!>」


 理力杖を構えたエフィが、四節の理法を駆動させた。アスタスの背後に円陣が生まれ、そこに光が集中し、そして破裂した。理法(センシス)版閃光炸裂弾みたいな物だ。

 閃光が魔獣達の目を焼いた。その一瞬を突き、俺は全速で駆け出した。狙うは虎、あの敏捷性で暴れられたら、周りに被害が広がって厄介だ。確実に仕留める。

 上段から剣を虎の首に振り下ろす。一閃。バスタードソードは虎の首を切り抜き、勢い余って地面を砕いた。赤い血を噴出し、虎の頭が宙を舞った。





エフィ視点



 わたしはオーキさんに言われ、すぐに閃光の理法を使った。辺りを光が包こむ。

 これなら大型魔獣でも、目が暗んで、すぐには目が見えないはず。

 そして光が消え視界が戻った時、わたしは信じられない物を見た。

 オーキさんの駆るアスタスが虎の魔獣の首を切り落としていたんだ。あの一瞬であそこまで接近して、切ったって事?

 <理晶騎(セイルリード)>に乗らないわたしでも、普通はそんな事は出来ないってわかってる。

 でも実際、オーキさんはやってのけたんだ。

 虎を倒したオーキさんは、すぐさま熊の魔獣にも切りかかった。

 これは腕を少し切っただけで、かわされてしまった。だけどオーキさんは、そのままの勢いで斬撃を連続で放つ。

 <理晶騎(セイルリード)>は大きいから、目にも止まらない速さで剣を振るうことは、無理なはずなんだ。

 だけど今のオーキさんの剣は、離れて見ているわたしの目で追うのが難しい太刀筋をしている。その速さのせいだろうか、何か灰色だったアスタスの装甲が白い色が濃くなっているような……。

 リアムローダさんも、他の守衛隊の人達も食い入るようにオーキさんの戦いを凝視している。

 操縦席の中は見えないけど、ジェイスさんも、マルクさんも同じように見入っていると思う。まるで御伽噺の英雄譚のような光景なんだ。

 わたしは興奮していた。

 凄い、すごい、すごい!!一匹でも勝てるかどうか解からない大型魔獣を、二匹相手にして一匹を瞬殺して、もう一匹も一方的に追い詰めている!

 お父さんを助けてくれた、今まで感じた事の無い空気を纏った不思議な人。男の人から女らしくないとか、女豪傑とか言われている、わたしを可愛いと言ってくれた人。わたしが初めて本気を出したのに勝てなかった人。見たこともない料理を教えてくれた人。

 そしてみんなが絶望して、マルクさんが死ぬのを見ているしか無かった時に、一人諦めないで、立ち向かった人!

 ああ、凄くどきどきしている。今のわたしは顔を赤く染めていると思う。

 もっとオーキさんの事を知りたい。もっとオーキさんの近くで話がしたい。もっとオーキさんの笑顔が見たい。

 多分、この時がわたしが初めて初恋を自覚した瞬間だったんだ。





 俺は熊の魔獣に、息を付かせぬ連続攻撃を放った。反撃の機会は与えないぞ。

 剣を振るう毎に自分の感覚が、鋭く広がって行くのがわかる。熊が右腕を振り上げ、こちらに攻撃してこようとしているが、俺が考えるよりも先にバスタードソードがその腕を切り飛ばした。

 一瞬先の光景が視えているといった感じなんだろうか。こいつが次にどう動くかが、手に取るようにわかる。

 怯んだ隙に熊の両足の太ももを切り裂いた。そして動きが止まった瞬間、返す剣で首を狙う。

 魔獣は生命力がかなりインチキなので、心臓とかを狙っても動きを止めない場合がある。こいつらを黙らせるには、首を飛ばすのが一番確実な方法なんだ。

 残った左腕でバスタードソードを受け止めようとしているが、構うものか。

 俺は腕の振り、腰の振りに加えて、重心を軸に身体ごと振りぬく。勢いのまま身体が回り、熊に背中を見せた状態で止まった。

 そして俺の足元に熊の頭が転がった。左腕ごと切り裂いたようだ。

 よし勝った!そう思って気が抜けた瞬間、身体が弾き飛ばされたような感覚が走る。

 一体感は一瞬で無くなり操縦席に座る自分が戻ってきた。

 脱力してシートに身体を預けた。もうこれ以上は動けない、さすがに疲れたな。

 けど俺は充実感に包まれていたんだ。 





工事が中途半端になるが、工程も半ば以上終わっており、川の水量もほぼ本来の姿に戻っている。

 そして損傷もあるこの状況で、これ以上ここに居るのは危険と判断し、俺達は街に戻ることになった。途中、マルクの<タルシス>の応急処置と、休憩も兼ねて山道の休憩小屋で一息付く。

 周囲の警戒はジェイスさん達が買って出てくれている。マルクは<タルシス>が失った水銀血液を、守衛隊が持参していた予備から分けて貰い補充している所だ。

 そして今、俺は困っていた。エフィの様子がおかしいのだ。俺と目合うとエフィが顔を赤くして目を逸らすのだ。

 懐かれていたのか、今までは結構引っ付いてきたりしていたのだが、微妙に距離感が遠くなってる気がする。

 あれぇ?俺、何か嫌われる事でもしたのか?あまり覚えがないのだが、あれか?あの時、頭ごなしに理法を使えと命令したからか?

 う~ん。ヘタレな俺としては気になるが、本人に聞く訳にもいかないしなぁ。

 そう悩んでいる間に、リアムローダが小屋の中に入ってきた。顔に疲労が滲み出ているな。

 まあ、もう少しで兄を失う所だったんだ。精神的に疲れていても仕方ないよな。


「お疲れさん、リア、じゃなかった。リアムローダさん。こっちで休憩しなよ」


 危ない、危ない。マルクがリアと気安く呼んでいるから、ついこっちも吊られて呼んでしまいそうになるんだよな。

 そんなリアムローダは俺の方をジッと見つめてくる。む、咄嗟に言い直したが、やはり気に入らなかったのかな。

 やがて、こっちを見続けるリアムローダの顔から、何時もの厳しさが消え柔らかく微笑んだ。


「リアで結構ですよ。オーキ殿」


 そう言って彼女は俺の隣に座った。そしてちょっと照れくさそうに、してから真面目な顔に戻す。


「正直、私はあなたの事を信用していませんでした。いくら悪意が無いとはいえ、素性の分からない人間。兄はあの性格ですから、そんな事など気にしないのでしょうが、私はあなたを警戒せざるを得なかった」


 リアは申し訳なさげな表情をしながら語った。まあ、別にそれが悪い事とは、俺は思わないけどな。


「いや、それが普通だと思うよ。どちらかと言うと、トゥルシールの街の人達が、お人好しすぎるんだと思う。でもだからこそ、あの人達の為に何か出来ればと思う様になったんだけどね」


 その言葉を聴いたリアは、安心したように微笑んだ。キツイ表情が取れたリアの顔は、凄く魅力的に見えた。

 なんと言うか、相手を包み込む様な感じというか。


「ありがとうございます。ですが、私の人を見る目は全然、大した事が無いと思い知らされました。あのような状況で、兄を見捨てず、我々を護りながら果敢に戦ってくれる方を疑っていたなどと。自分が恥ずかしいです」


 潤んだ目を向けてくるリア。俺は照れくさそうに頭を掻いた。

 こう持ち上げられると、どう反応していいのか、解からん。そしてリアは俺の手を掴んで、身を乗り上げてきた。


「兄を、そして私を助けて頂き、本当に感謝しています。ヴァルシウアス家の者は、受けた恩は絶対に忘れない。兄共々、この恩はいつか必ず返させてもらいます」


 照れて、顔を赤く染めるリア。そして手を握られ硬直する俺。うん、今確信した。ヘタレだとは自覚していたが、女性に対する免疫がまるで無いわ。どうやら俺は清い身体の持ち主だったようだ。


「あああ!!!」

 

 突然の叫び声に、俺とリアは繋いでいた手を引っ込める。そこには、先ほどまで繋いでいた俺の掌を、グルグルと混乱した目で見るエフィがいた。おう、いったいどうしたんだ?


「あ、あのリアムローダさん。ちょっと聞きたい事があったので、い、一緒に来てください!」


 上ずった声を上げて混乱覚めやまぬまま、エフィがリアを引っ張って出て行った。なんだ、ありゃ?

 そして二人と入れ替わりにマルクが入ったきた。直前まで<理晶騎(セイルリード)>を整備していたのか、服が薄汚れている。


「よう、応急処置は終わったのか?」

「ああ、うまい事、守衛隊が持っていた水銀血液を借りれたんでね。街までは問題なく持つよ」


 今まで見せていた、ちょっと軽薄そうな顔が成りを潜めたまま、マルクはため息を付く。


「オーキ。今回は本当に助かった。この恩は……」


 似合わない真面目な雰囲気でこちらに頭を下げるマルクを、俺は押し留めた。


「気にするなよ。お礼はさっきリアから十分して貰った」

「そうか、リアが……」

「それに友達になった奴を助けるのに、一々理由なんぞ要らないだろが」


 俺の憮然とした態度に、マルクが小さく微笑む。こいつ、ちょっと自信を失くしてるな。こいつが落ち込んでるなんて、調子が狂うだろう。


「僕はもっと強くならないといけない。あの時、猿の魔獣を倒した後に油断しなければ、君一人を戦わせる事には成らなかった。

 今回は君が居たから皆無事だったが、私が足止めした所でおそらくは守り通す事は出来なかっただろう」

  

 やれやれ、これは重症のようだ。


「なら、強くなればいいじゃないか。あの時、皆を護る為に命を張る事が出来たんだ。その思いがあるなら、これからいくらでも強くなれる時間があるさ」

「オーキ、ありがとう。そうだな。生き残れたんだ。まだやり直しが効くか」


 多少は元気が出てきたみたいだな。俺達はこのまま、これからの事を話し合った。

 






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