第4話 工房と弩弓
朝食を食べた俺は、ランディさんの進めでトゥルシールにある<理晶騎>工房の責任者に合うことになった。ランディさんは書類整理があるという事で、代わりにエフィが案内してくれている。
昨日、アスタスを停めた倉庫の隣にその工房はあった。
「ヘイヴァスさん。いる~?」
エフィが元気よく工房の中に声をかける。すると、中から貫禄のある親父さんが、熊のようにのっそりと出てきた。まさに、ザ・職人って感じの風貌だ。
「お、エフィちゃんか。どうした?守衛隊の連中はまだ帰ってきてないだろう」
「今日は、お父さんに頼まれて、この人の紹介に来たんだ」
「ああ、そういやランディ様んとこのメイドから、連絡があったな」
俺は、エフィに促されて親父さんの前に出た。
「お?お前さんが、昨日来たランディ様を助けた客人か?」
「ええ、初めまして、オウキ・マサカリです」
「おう、俺はこの工房を任されているヘイヴァス・メルクリスってもんだ。宜しくな」
俺はヘイヴァスさんと、握手を交わした。ゴツイ掌が力強く握ってくる。ちょっと痛いんですが……。涙目になりながら、工房の中へと招かれる。
工房には、分解途中の<理晶騎>の腕部や、束ねられた筋肉素材、ドラムカンのような大きさの樽に入った水銀血液、<理晶騎>用の4mはある長剣や盾などが所狭しと並んでいた。
その中を忙しく、10人の整備士が作業をしていた。
「待機場にあった、お前さんの<理晶騎>を見せて貰ったんだが、あれはどこの工房の作なんだ?外観だけ観察しただけだが、既存の<理晶騎>とは明らかに設計思想が違っている。どちらかと言えば、今はもう六機しか無い<源将騎>の原型に近い気がする」
俺をじっと見るヘイヴァスさん。その目は知的好奇心に溢れていた。まるで新しい玩具を見つけた子供のようだ。
「ええと……」
「ああ、いや、詮索したい訳じゃあないんだ。すまねぇな。言いにくいなら別にかまわないぜ」
どう説明するべきかと悩んでいた俺に、ヘイヴァスさんはすぐに謝ってきた。どこかの国で秘密裏に作られた<理晶騎>に乗ってきたとでも勘違いされたのかな?
「ヘイヴァスさん、オーキさんはこの前の地震に巻き込まれて、記憶喪失になってるから答えるのは無理だよ」
「記憶喪失?そうか、そりゃ難儀だな」
エフィのフォローを聞いたヘイヴァスさんは、慰めるように俺の肩を叩いた。
「この街の人間は基本、お人好しばかりだ。よそ者に対して偏見を持ってる奴は少ねぇ。ましてや、お前さんはランディ様の恩人だ。記憶が戻るまでゆっくりしていくといいさ。困ったことがあったら、俺も力になるぜ」
ニヤリと男前に笑うヘイヴァスさん。こんな素性も分からない怪しい奴に、親切に接してくれる。ほんとにこの街の人達は良い人ばかりだな。
「とりあえずよ。ランディ様にも頼まれてんだが、お前さんの<理晶騎>には武器が装備されてねえ。ここに予備の武器がいくつかあるから、自分の使いやすいのを選んでくれと、言おうとしてたんだが、記憶が無いなら判らないか?」
「う~ん、朝の修練での手合わせを見る限り、オーキさんは剣の扱いに長けていると思うんだけど」
エフィのその言葉を聴き、ヘイヴァスさんは同情するような目を俺に向けてきた。うん、良く判るよ。あれは手合わせってレベルじゃないよな。
「お前さん、良く無事だったな……」
「ちょっとヘイヴァスさん。それはどういう意味?」
「ははは、いや、別に大した意味はないよ?」
ジト目で睨んできたエフィに、ヤベェって顔になったヘイヴァスさん。ランディさんといい、エフィの恐ろしさは共通認識なんだろうか。
「それに、オーキさんはわたしに勝ったんだよ。だから剣で良いと思うんだけどな」
「ほんとか、そりゃ。やるな、お前さん。剣ならこっちに良いのがあるから、さあ案内してやるよ」
これ幸いと、ヘイヴァスさんは俺を引き連れて、予備武器を置いてある場所へと向かった。後ろには微妙に納得いかない顔をしたエフィが続く。
案内された場所には、何種類かの剣が立て掛けられていた。両手持ちが前提の柄が長く、刀身が肉厚な大剣。盾との同時運用が前提の片手剣など多種に渡っている。
「ここにあるのは全部予備だから、好きなのを選んでくれ」
アスタスで武器を振るう場面を想像する。俺がまともに武器を使ったのは理力で出来た、破理の剣くらいだ。
あれを基準に考えるなら、両手でも片手でも扱える剣が理想だろう。
「うん、こいつをお願いしたいんですが」
「バスタードソードか。これは扱いづらいが、慣れれば色々な使い方が出来る武器だ。よし、すぐにお前さんの<理晶騎>に装備してやるぜ」
ヘイヴァスさんが、整備士たちに指示を出し、俺が選んだ剣が運ばれていく。ほう、あんなパワードスーツみたいな道具で作業するのか。簡易版の<従士型>って所か?
俺はついでなので、工房の見学をさせて貰った。剣以外も槍やら、斧やら、メイスやらと色々な武器がある。
しかし、これだけ武器があるのに、何故飛び道具が無いんだろう?
世界観的には銃火器が無いのは解かるけど、弓くらいは有ってもおかしくないとは思うんだが。
「ねえ、ヘイヴァスさん」
「ん?どうした?」
「どうして、<理晶騎>用の武器に飛び道具が無いんですか?たとえば弓とか」
俺の質問にヘイヴァスさんは難しい顔をした。ふむ、技術的に弓を<理晶騎>用に、巨大化させるのが難しいとは思えないんだけどな。
「あのよ。<理晶騎>の手ってのは、握るやら離すは出来るが、それほど器用に動かす事は出来ねぇのよ。だから弓を番えるって動作がちと難しくてな。<騎士型>だったら、弓で狙うよりも接近してぶん殴るほうが早いし、遠距離攻撃したいなら<理法士型>を揃えたほうが早ええ。<従士型>に至っては、<騎士型>よりも不器用だからな」
ヘイヴァスさんの説明で納得はいった。確かに弓を射るって行為は、矢を弓の弦にちゃんと番え、その状態で標的を狙わなくてはならない。しかし、それなら……
「弩弓みたいな、機械的な弓は無いんですか?」
今度はヘイヴァスさんは不思議そうな顔をした。エフィも何の事か解かってないようだ。あれ?もしかしてクロスボウの類は無いのか。
「機械的な弓ってどういった物なんだ?」
「えっと、何か書く物は無いですかね?」
持ってきて貰った図面を引く為の紙に、地球に居た時に覚えたのであろう、弩弓の構造を書き込んでいく。関係無い事だが、羽ペンってのは書きにくいなぁ。
苦戦しながらも、なんとか書き終えたよ。あまり絵心が無いのは気にしないで欲しいな……
俺の書いた図面を見たヘイヴァスさんは、最初は面白そうな顔をして覗き込んでいたが、次第に黙り込んで真剣な表情になり、食い入るように図面を睨み始めた。
エフィも一緒に覗いているが、こっちはイマイチ理解してなさそう。
まあ、頭の上に?マークが出てる様な姿は可愛らしい。
「なるほど。弓自体を水平にし取っ手を付ける事で、握りこむだけで構える事が出来る。弦は引いてから固定し、そこに矢を置くだけ。そしてレバーを引けば固定された弦が外れ、矢が放たれる。おお……。こいつは良いぞ。<騎士型>や<理法士型>どころか、<従士型>でも使えるじゃねぇか!構造に修正は必要だが、それほど難しい事じゃ無い」
興奮しながら、ヘイヴァスさんは図面を握りしめている。こちらをグルンと向いた。目が血走ってるのが怖いんですが。
「こいつは画期的な武器だぜ。今まで戦力に数えなかった<従士型>が、一気に重要な遠距離攻撃の手段を手に入れる事が出来るんだからな!」
俺は背中をバシバシと叩かれる。痛い、痛い!ちょ、ストップ!
「こうしちゃいられねぇ。今すぐに製作に取り掛からねば。おう、俺はこれから鍛冶場に篭るから、これで失礼するぜ。じゃあな!」
シュタッと手を上げて、ヘイヴァスさんは体型に似合わぬ素早さですっ飛んでいった。
「あはは、こうなったらヘイヴァスさんは周りが見えなくなるから、ある程度目処が立つまでは、外に出てこないかも」
「ここで待ってても、駄目そうだな」
「うん、とりあえずは用は済んだ事だし、家に帰ろっか」
イシュバーク邸に戻った俺は今、厨房の中で昼食の用意をエフィと共にしていた。本来ならメイドさん達の仕事なのだろうが、ランディさんの手伝いなどで手が空かない時は、エフィが担当するそうだ。
確か、ランディさんに出会った時にご馳走になったのは、エフィの作った弁当だったっけ。
それで家主の娘さんが働いているのに、黙って見ているのは居心地が悪いので、俺も調理に立候補した訳だ。
日本に居た頃の俺がどんな生活をしていたのかは、今となってはわからないが、食にはうるさい人間だったらしく、色々と料理のレシピを覚えていた。はあ、肝心の自分の人生に付いては何も覚えていないのに……
ちょっとアンニュイな俺が鍋で煮込んでいるのは、パスタにかけるミートソースだ。この世界の料理のレベルは中世より少し上な程度だ。
調味料などはあまり発達していないようだが、その代わり砂糖などの甘味は普通に手に入るらしい。
今日の昼食はパスタがメインという事だったので、どんな物か聞くとパスタは塩を中心にちょっとした香油で和えるだけで、あとは野菜と肉を添えるだけだった。その味気ない料理に俺は一計を案じた。
厨房を探すと、幸いトマトなどが見つかり、ソースを作れるだけの材料も探し出せた。バジルや玉ねぎなどはあったのに、にんにくだけは見つからなかったのが残念だが、まあなんとかなるだろう。塩だけよりはマシなはずだ。
添えるための肉を挽肉にする。何の肉かは未だに解からないが、まあ毒では無いだろう。あとはマッシュルームっぽいキノコを薄く切り、他の具材共々鍋に放り込む。
あとは塩や胡椒で味を調え、一煮立ちしてからワインを入れた。
「わあ、美味しそうな匂いだね。これをパスタにかけるの?」
「ああ、塩パスタよりは絶対に美味しいはずだ」
パスタを茹で上げたエフィが、鍋を覗き込む。そして御玉でソースをちょっと掬い、味見をした。
「あ、美味しい。凄い、トマトって煮込んだらこんな味になるんだ」
「まあ、トマトだけじゃなく、他の具材の味も染み込んでるからだけどね」
トマトはスライスして生で食べるのが主流らしいからな。
こうして昼食は完成した。さあ、後は食べるだけだ。
「この、パスタにかかっている赤いソースはなんなんだい?」
初めてミートソースを見たランディさんが、ちょっと腰が引き気味に問いかけてきた。
「これはトマトをメインに、色々な香味野菜と挽肉を煮込んだソースです」
「オーキさんが調理してくれたんだ。味見したけど、凄く美味しかったよ。まあ、食べてみなよ。お父さん」
俺が説明をし、エフィが促す。ランディさんは、ほぅと頷きパスタを口に入れた。もぐもぐと口を動かしてから、驚いたようにこっちを見た。
「うん、これは旨いよ。塩パスタとは比べ物にならないね。凄いなオーキ君」
どうやらお気に召してくれたようだ。俺とエフィも食べ始める。うん、まあもうちょっと改良の余地は有りそうだけど、出来合わせの材料で作ったにしては及第点だな。
にこやかに料理に舌鼓を打ちながら、昼食は進んでいった。皆、口の周りが赤く染まってるのはご愛嬌だ。
「ああ、本当に美味しかったよ。これは君の故郷の料理なのかな。もしかして記憶が戻ってきたのかい?」
食後のお茶を飲みながら、ランディさんが問いかけてくる。まあ、そう思うよな。
「いえ、故郷がどんな所だったのかの記憶はあるんですが、自分自身の事はさっぱり思い出せないんですよ」
俺は情けない顔になった。それを見たランディさんは申し訳なさそうにする。
「そうか、それは悪い事を聞いてしまったね。まあ焦らずにゆっくり養生していくと良いさ」
「そうそう、どうせならずっと居てくれてもいいよ。それでわたしの修練の相手を、毎日してくれるなら最高だよね!」
二人の言葉に俺は感謝する。本当に良い人達と出会えたな。でも最後のはちょっと遠慮したいんですが。毎日なんて、俺が壊れちゃう!
食後のまったりな空気に浸っていると、メイドのリーファさんが入ってきた。
「旦那さま。ジェイス様がいらっしゃいました。王都方面の工事の目処が立ったそうです。後、王国騎士の方がご一緒しています」
どうやらお客さまみたいだな。
「そうか。ここに通してくれ。客人のお茶の用意を頼んだよ」
リーファさんは一礼して退出した。そして入れ替わりに三人の人物が入ってくる。一人は精悍な顔をし歴戦の戦士の風格を持つ三十歳前半の銀色の短髪の男性、もう一人は俺と同じくらいの歳か、長い紅色の髪を後ろで束ねたイケメンさんだ。最後は兄妹なのだろうか、少しキツメだが整った顔で、紅色の髪をツインテールに結った、エフィくらいの年齢の少女だった。
ランディさんは、席を薦める。あれ?部外者の俺が居ても問題ないんだろうか?だが席を立つにしてもタイミングが悪いしな。とりあえず、聞いてはいけない事なら、ランディさんから何か言ってくるだろうし、このままでいいか。
「ジェイス隊長、ご苦労様だったね。王都方面のがけ崩れの工事は滞りなく終わったかい?」
「はい、王都の方からも救援が駆けつけてくれたので、予想より早く作業が進みました。それでロナウ川の異変の連絡を受けたので、三機の<イズル>を残して、私の<タルシス>と二機の<イズル>が先んじて帰還いたしました」
銀髪の男性ジェイスさんが立ち上がり、ランディさんに敬礼をし報告する。
この人が話しに聞いていた、守衛隊の隊長さんか。ちなみに<タルシス>とは王国で正式採用されている<騎士型>で、後ろに長く伸びた頭飾りと、耐久性の高い装甲が特徴だ。
<イズル>は最も多く普及している<従士型>の名前だ。全体的にずんぐりむっくりとした愛嬌の有る形をしている。
整備の利便性を図る為、軍に支給される<理晶騎>は、ほとんどが同一機体になっている。
騎士団の旗頭となる団長クラスとかには、それぞれ専用の機体が用意されてるが、基本は装甲の塗装で色分けして区別しているらしい。
ちなみに騎士団は十師団存在しているそうな。たまに個人で改造された機体とかもあるらしいけど。
「そうか、報告ご苦労様。疲れている所に悪いのだが、ロナウ川の件は早急に進めたいんだ。今日はこのまま自宅で休んでくれて構わないから、三日後の朝には出発出来るように準備をしておいて欲しい」
「了解しました。部下にもそう伝えておきます。それでこちらの方ですが」
ジェイスさんに促されて、紅髪のイケメンさんとツインテールの少女が立ち上がる。
「お初にお目にかかります、ランディ卿。私は王国第二師団所属の騎士で、マルレイク・メレイ・ヴァルシウアスと申します。こちらは我が妹で、騎士見習いをしているリアムローダ・メレイ・ヴァルシウアスです」
惚れ惚れするように、清廉された仕草で礼をするイケメンさんこと、マルレイク。名前からしてこれは貴族様かな?
それに続いているリアムローダのほうは、ちょっと緊張気味だったが。
「これはご丁寧に。私がランディ・イシュバークです。こちらに居るのが、娘のエフィーリア・イシュバーク、そして家の客人のオーキ・マサカリ君だ」
ランディさんに紹介され、エフィ共々挨拶をする。正式な礼儀作法なんぞ知らないので、無礼な挨拶になっても許して欲しいものだ。
マルレイクは友好的な顔だが、リアムローダは俺のほうを見て訝しい表情をしている。
ちょっと心が傷つきました。
「この時期の使者と言う事は、定例の御前会議のお知らせかな?」
「はい、宰相閣下より預かっております。三ヶ月後に予定されているそうですが、詳しくはこちらの書面でご確認ください」
手紙を渡されたランディさんは、余り乗り気でないようだな。
「やれやれ、私は貴族という訳では無いのだから、こんな会議に出ても堅苦しいだけなんだがね」
本気で嫌がってるな、ランディさん。
「ははは、ですが、ランディ卿は王国で特別な意味を持つ神官の血筋の方。ここは運命と思って諦めてくださいよ」
メイドさん達がお茶を用意したので、そのまま一服となった。
「バルトス卿はお元気かな?前に会ったのは去年の御前会議以来だけど」
彼らの父、バルトス・メレイ・ヴァルシアウスは王国第二師団の団長であり、グランシール王国の隣の国、ランカスト帝国との国境を任されている防衛の要の将軍であるらしい。
「ええ、元気すぎですよ。今回も、トゥルシールに使者に行くついでに、復旧工事を手伝ってこいと、妹共々<理晶騎>で追い出された次第でして」
「相変わらずだね。でも、この国が平和なのは彼が睨みを効かせてくれているからだ。ありがたい事だよ」
過去に何度か帝国が侵攻して来たことがあるのだが、その都度、ヴァルシアウス家の人間が阻止していたそうだ。何気に、良いとこの坊ちゃんなんだな。