第3話 トゥルシールの街
ランディさんの馬車に並走して半日、眼前に立派な城壁に囲まれた街が見えてきた。おいおい、何が集落だよ。首都と言っても過言じゃない規模だぞ。アスタスの知識も当てにならねぇ……
「かなり大きな街ですね。すごいな」
「ははは、この国では3番目に大きい街でね。こんな山の麓にある田舎の町としては凄いだろう。実は封印を守る神官の家系の住む街でね。それで王国から重要視されているんだよ」
「へぇ。重要な拠点ってとこですか」
門に近づくと、左右に門番として<従士型>が立っている。そこにランディさんが近づいていく。俺は無用な警戒をされるのを避けて、後方で待っていた。
「やあ、ご苦労さん。今帰ったよ」
「ランディ様、予定より帰りが遅くて、心配していたんですよ」
ランディ様か。もしかしてランディさんて結構、位の高い人なのかな?
「ところで、あの後ろにいる<騎士型>は?この国の<理晶騎>では見ない姿をしていますが」
「調査をしている最中に大型魔獣に襲われてね。その時に後ろの彼に救われたんだよ」
「は?!この辺りで大型魔獣が出たのですか?お怪我はされなかったのでしょうね?!」
おうおう、慌ててる、慌ててる。しかしここらで大型の魔獣が出るのは珍しいのか。
「彼は命の恩人なんだ。私の客人としてトゥルシールに迎えるから、粗相の無いように頼むね」
「ははっ、了解しました」
話がついたようだ。ランディさんが手招きをしている。
「このまま、中に入っても大丈夫なんですか?」
街中に<理晶騎>を乗り込んでもいいのか?
「ああ、入ってすぐの所に<理晶騎>用の待機場があるから、そこに移動してくれないかい」
「わかりました」
左右の<従士型>に開けられた大きな門を潜る。デカイとは思ったが、<理晶騎>が出入りする為か。
待機場はすぐ見つかった。十台分停められるスペースのある倉庫だった。
「今は、<理晶騎>は出払っていてね。そこの左端にでも待機させてくれればいいよ」
指示された場所に移動し、待機姿勢にする。結晶鍵を抜いて懐に仕舞い、俺は外に出た。
「さて、じゃあ我が家に案内するよ。付いてきて」
建物が所狭しと乱立しているのに、なぜが整然としている街中をランディさんと歩く。もう夕方なので商店とかは店仕舞いの準備をしていて、民家からは夕飯の良い匂いが漂っていた。うむ、腹が減った。やはり俺は食いしん坊キャラだったのだろうか……
「今は夕方だから仕方ないけど、昼間だと活気に溢れてるんだよ」
子供が宝物を自慢しているかのようなランディさんが微笑ましい。よほど自分の街が好きなんだなぁ。
雑談しながら進んで行くと、やがて立派な屋敷の前に辿り着いた。
「ここが私の家だよ。さあ、中に入って」
「あのランディさんって、貴族様なんですか?」
門番の態度から、そうじゃないかと思ったけど、やはり貴族なんだろうか?やばいな。俺、礼儀とか考えずに普通のおじさんにするような態度で接してしまったぞ。というか、貴族がお供も連れずに山の中で魔獣に追われてるなんて、夢にも思わんわ!
「ああ、何か勘違いしている……」
「お父さん!!」
ランディさんの言葉を、かわいい声が遮った。そこには腰に手を当て、わたし怒ってます。と全身で表現している十五、六歳くらいの少女が立っていた。
身長は俺の頭一つ分くらい低く、ランディさんと同じ栗色の髪を肩の辺りまで伸ばし、ちょっと厚手のコートを羽織っている。一言で綺麗と言っても言い整った顔をしているが、プンスカと擬音が聞こえてきそうな表情のため、可愛らしい感じのほうが際立っていた。なるほど、ランディさんの娘さんか。
「やあ、エフィ。ただいま」
「もう、連絡してきた兵士さんに聞いたよ。魔獣に襲われたって。だからあれほど、一人で行くのはやめてって言ったのに!」
「ごめん、ごめん。でも、エフィ?外出用のコートなんか着て、どこかに行くつもりだったのかい?」
「何言ってるのよ!お父さんがあまりに遅いから、わたしが迎えに行こうかと準備してたの!」
はは、ランディさん。娘さんに怒られてタジタジだな。
一通り怒り終えた娘さんが、俺に気づいた。
「ごめんなさい!お客様でしたか?!」
今ままで、俺に気づいていなかったんだろう。娘さんが恥ずかしそうに謝罪してくる。
「うん、彼はオーキ・マサカリ君だ。魔獣に襲われてる所を助けてくれた命の恩人さ。客人として家にお招きすることにしたから、エフィもよろしく頼むよ」
ランディさんの説明に、娘さんは目を見開き、深々と頭を下げてきた。
「そうでしたか。ランディ・イシュバーグの娘で、エフィーリア・イシュバーグと言います。父を助けて頂きお礼の言葉もございません。オーキ様」
「オウキ・マサカリです。様なんて仰々しい呼び方はしなくていいですよ。エフィーリアさん」
「わかりました。オーキさん。わたしの事もエフィでいいですよ!」
元気一杯にエフィーリアさん、もといエフィが答える。うむ、良い笑顔だ。なんだかこちらも元気になってくるようだ。
「さ、詳しい紹介は中でしよう。まずは一服しようじゃないか」
ランディさんが言うと、屋敷の中から二人の若いメイドさんが出てきて、俺を案内してくれた。やっぱり一般人じゃないよね?
メイドさんに部屋に案内され身支度を整えた俺は、ランディさん一家と夕食を囲んでいた。どうやらランディさんの奥さんは亡くなっているらしく、ランディさん、エフィ、メイドさん(茶色い長髪の女性がリーファさん、金髪で髪を後ろで結っているのがレイナさんと言う)二人の計四人でここに住んでいるそうだ。
「この家は、代々この地の封印を守る神官の家系でね。王家からは、優遇されているんだ。それもあって、この街の纏め役をやらせて貰っているんだよ。貴族と言う訳でもないし、礼儀作法とかも気にしないから、気楽にしてくれていいからね」
貴族ではないにしても、やはりお偉いさんで間違ってなかったようだ。
「あはは、わたしも令嬢って柄じゃないしね」
「うん、エフィみたいなお転婆には令嬢は無理だよね」
「お父さん!?」
仲の良い親子だなぁ。今のエフィは白地に青をあしらったワンピースを着ている。うん、愛嬌があって可愛いねぇ。ナイスミドルなランディさんは普通の部屋着だが、素材が良いと何を着ても似合うな。べ、別に嫉妬してる訳じゃないぞ。
談笑しながら、美味しい夕飯を終え、紅茶で一服する。
「そうなんだ、オーキさんは記憶喪失で帰る場所とかも分からないんだ」
「ははは、目が覚めたら<理晶騎>の中だったから。ほんと、これからどうしようかな」
心配そうなエフィに、俺はため息を付きながら答えた。せめてアスタスが行動の指針を示してくれてたなら、それを目標に動けたんだが、中途半端に放置しやがったからな。くそ、今度、あいつが目覚めたら文句の一つも言ってくれるわ。
「行く所が無いんだったら、家に住めばいいよ。部屋も余ってるしさ」
輝く笑顔で、エフィがやさしい事を言ってくれる。ほんま、ええ子やぁ……
「でも、エフィのような年頃の娘さんがいる家に、他人の男が住み込むのは、世間的にまずいのでは?」
俺はランディさんに尋ねてみる。こんな人の良い家族が俺のせいで悪く言われるのは、さすがに嫌だしな。
「うん?全然構わないよ。この街でそんな風に考える人間はいないさ。それにエフィはお転婆が過ぎて、男から敬遠されてるからね。婿の成りてがなくて困ってるくらいだしね」
「もう、お父さん!」
自分の事をランディさんに暴露されたエフィが、顔を真っ赤にして怒っている。う~ん、怒った顔も可愛いのに、この国の男共は節穴か?それともこの世界は、美的感覚が違うのだろうか。
「こんなに綺麗で可愛らしいのに、不思議ですね」
別に言うつもりは無かったんだが、つい口に出てしまった。
「え、綺麗……!?」
俺の発言に、エフィの顔は真っ赤だったのに、もう一段赤くなった。おお、トマトみたい。
「母親譲りでね。親の贔屓目をしてもなかなかの物だとは思うよ。でもね。実は少し前まで、王都の士官学校に理法士の勉強をしに通っていたんだが、少し強く成りすぎてね。並み居る強豪達を叩きのめして、主席になってしまったんだ。その話が広がって、男達の腰が引けてしまったのさ。実際、この街でエフィに勝てる人間はいないんじゃないかな」
ほう、顔に似合わず、かなりの武勇伝をお持ちのようだ。理法士とは、文字道り理法を専門で扱う者達の総称だ。でも、ランディさん。そこまでバラすのはやりすぎだったと思うんです。エフィが爆発寸前なのですが。
「お~とう~さ~ん」
「おっとっと、そういえば。オーキ君は腕に自信があるんじゃないかい?<騎士型>に乗っているんだから、どこかで騎士をやってたと思うんだよね」
露骨に話題を変えてきたな。
「それはどうでしょうか。そこら辺りも覚えてないんですよね」
日本でそんな物騒な事をやってたとは思えんしな。剣道とかやってたら、まだなんとかなるか。
「それなら、朝の修練を一緒にやらないですか?もしかすると、何か思い出す切欠になるかもしれないですよ」
「でも理法の修練をやっても意味がないような」
「えっと、わたしは理法士の勉強の過程で、杖術も修めてるんだ。だから接近戦も大丈夫だよ」
良い笑顔だ。結構、好戦的な性格なのかもしれない。まあやることもないし、話に乗ってみるか。
「じゃあ、お願いするかな。よろしくエフィ」
「うん!」
見事に話をそらす事に成功したランディさんの、ほっとした顔が印象的だった。この人、以外に策士かも。
次の日の早朝、裏庭で俺はエフィと対峙していた。いつも朝食の準備の前に修練するのが日課なそうな。
ランディさんは眠そうな顔をしながら、立ち会っている。俺は木刀を構え、エフィは自分の身長より少し短い杖を構えていた。理法士は理力の操作を補助するための結晶を杖に仕込んでいる。杖とは理法士の標準装備なのだ。ゆえに理法を掻い潜り接近された時の為に、杖による戦闘術を習得するのだそうだ。
ランディさん曰く、エフィは杖術の腕がかなり立つという事だ。
「それじゃ、始めるね。まずは軽く流そう」
「ああ、いつでもどうぞ」
エフィは独特の構えをしながら、腰を低くした。一気に飛び込んでくるみたいだな。それを見た俺は自然に、木刀を下段に構える。エフィがちょっと驚いた顔をしたな。
予想通りエフィは、一足飛びに突っ込んできた。おい、軽く流すって速さじゃないぞ。
そのまま胴目掛けて、杖の先端で突きを放った。俺は下段に構えていた木刀を杖目掛けて振り上げ、杖を弾き上げる。
だがエフィは弾かれた勢いを利用して、今度は反対側の先端を突き込んできた。マジですか・・・・
ビビッた俺は、急いで腕を引き戻し、木刀の柄の部分でなんとかその突きを受け止めた。硬い木同士がぶつかり合う音が響く。
動きの止まったエフィに横薙ぎを放つが、これは杖で受け流された。お返しとばかりに、風斬り音を鳴らした杖が下段から襲い掛かってくるが、俺はそれを半身をずらして、避ける。
エフィが後ろに飛び退り、お互い距離を取る。さあ、仕切りなおしだ。
すると、エフィの雰囲気が変化した。何か物騒な感じになった気がするのは、気のせいと言う事にしたいんですけど。
エフィの手先がブレたかと思ったら、三つの突きがほぼ同時に飛んできた。やだ、何この子、怖い!だが俺のヘタレな思いとは裏腹に、身体はその動きにちゃんと反応していた。
一突き、二突き目は最小の動きで受け流し、勢いの弱くなった三突き目で、杖を木刀で巻き込むようにして跳ね上げた。杖はエフィの手から離れて、宙を舞い地面に転がった。
ちなみに、このやり取りの間、俺は思考停止状態だ。まさに身体が勝手に今まで積み重ねた、修練の動きをなぞったように、流れるような動きだった。いったい、記憶を失う前の俺はどんな人間だったのだろう。あまり考えないようにしていたが、今初めて恐怖が沸いた。
「す、すごい。今の突きは士官学校でかわされた事無かったのに。それを初見なのにあんなに簡単に、あしらうなんて」
冷や汗を流す俺を尻目に、エフィが興奮しながら尊敬の眼差しを向けてくる。軽めに流すって話だったのに、そんな必殺技っぽいのを使わないで欲しい。この子は、基本好い子なんだろうけど、暴走する時があるみたいだな。
「う~ん。身体が勝手に動いたって感じだから、そんなに褒められたようなものじゃ無いと思う」
自分で意図してやったのでは無いから、褒められると居心地が悪い。目をキラキラさせているエフィの横でランディさんは、顎に手を添えて、思案げに話しかけてくる。
「無意識で、そこまでの動きが出来るのならオーキ君は実戦経験、それが無かったとしても、最低限の正規の訓練を受けていたと見るべきだろうね。まあ、熊の大型魔獣を雑木を武器にして一撃で打ち倒していたから、実力者なのは確実だったんだけどね」
益々、キラキラしてくるエフィの目が眩しくて、痛い。やめろ、そんな目で見ないでくれ。後ろめたいことは無いはずなのに、目を逸らしたくなってくる。
「すごく、勉強になるよ。これからも付き合ってくださいね!」
毎朝、やらされたら俺の身体が持たないと思います。主に精神的に……
メイドのレイナさんが用意してくれた、朝食を揃っていただく。やはり一汗かいたあとのご飯は美味しいね。
モキュモキュとパンを頬張る俺を、親子が微笑ましい顔で見ていた。やめて、見ないで!恥ずかしい……。
いかん、このままでは食いしん坊キャラが定着してしまう!
「そういえばランディさんは、なぜあんな山奥に一人でいたんですか?」
華麗な会話で流れを変えてやるぞ。
「うん?ああ、二日前、今なら三日前か。地震があったのは教えたよね?」
「ええ、あの亀裂が出来た原因でしたね」
「そう、その地震が原因で王都に向かう道が崩れてね。街に常駐してる守衛隊の<騎士型>一機と<従士型>四機を修復の為に向かわせたんだが、少し経ってから、街の水源であるロナウ川の水が少なくなってきたんだ。作業に向かわせた者達を呼び戻す訳にもいかなかったから、私が調査に向かったんだよ」
なるほどね。そういった理由があったのか。しかしエフィは不服そうな顔してるな。
「わたしは、一人で行っちゃ駄目だ。<理晶騎>が帰ってくるのを待つか、わたしが同行するって言ったのに、無視して出かけちゃうんだから」
「私自身も理法士の端くれだし、中型魔獣くらいまでなら、なんとでもあしらえたんだけど、まさか大型魔獣に出くわすとは思わなかったよ」
ランディさんは、ばつが悪そうだ。
「ここら辺では、大型魔獣が出るのは珍しいんですか?」
「うん、精々、小型魔獣がうろついているくらいで、中型魔獣も滅多に姿を見せないんだよね。これは推論だけど、地震によってヴァグシャ山脈の、魔獣達の生息分布地が変化したのかもしれない」
深刻そうに語るランディさん。街を預かる者としては問題なんだろうな。
「それで、お父さん。原因は分かったの?」
「半日以上、上流に進んだ所で崖が崩れて川を塞いでいたよ。詳しく調べたかったけど、発見してすぐに大型魔獣に遭遇してしまって、結局は何も出来なかったんだよね」
どちらにしろ、人間の手ではどうしようも出来なかっただろうしね。ランディさんは自嘲気味に呟いた。
「まあ、派遣してる守衛隊が帰ってきてから、工事を開始するしかないだろうね」






