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分かたれた双星と白金の機神  作者: 侍射得乃沙
第一章 黒き獣の氾濫
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第2話 出会い

 とりあえず、俺は外に出ることにした。こんな狭苦しい所に居座っても、進展はないしな。

 操縦席のハッチを開き、機体の制御を司る結晶鍵を取り外した。この人型ロボットはこの世界では<理晶騎(セイルリード)>と呼ばれる兵器であり、結晶鍵を差し込むと、駆動機が大気中にある理力(セイル)を吸い上げ機体を動かす原動力とする。機体構成は人体に近い物であり、金属で出来た基礎骨格のまわりに、伸縮自在でありながら強靭性を保った素材を筋肉の様に纏わり付かせ、頭部に仕込まれた主結晶体が、結晶鍵から伝わる操縦者の意思を汲み取り全身を巡るように流れている水銀血液を用いて筋肉に命令を送り、動きを制御している。

 操縦桿とかはほとんど飾りであり、実際は頭の中でこう動きたいとも思えば、思い描いた通りに動かせる仕様のようだ。

 まあ、この<アスタス・クシェール>はかなりの特注品で、そこらの一般的な<理晶騎(セイルリード)>には、先ほど俺が体験した機体との一体化現象はおろか、操縦者の意思だけで動かすのは無理らしく、操縦桿でちゃんと規定の操作をしなければ、動かせないらしい。この世界の結晶は所謂、コンピューターのCPUのような事が出来るらしくそこに理法(センシス)でプログラムを書き込み、理力を制御するという感じだ。

 これが俺に頭に新たに無理矢理、書き込まれた知識の一つなのだが、こういうのが原因で記憶が無くなったんじゃね?と思うと、非常に複雑な心境である。

 そんな事を思いながら、俺は胸部装甲が左右にスライドして開いた乗り込み口から、外へと降りた。

 そして、今まで自分が搭乗していた<アスタス・クシェール>を見上げる。全体的なフォルムは鎧を纏った騎士といういでたちだ。頭部は少し烏帽子を被ったように細長くなっており、マスクを装着したような顔部装甲の奥には、機械というよりは生物的な目が二つあった。肩は左右に出っ張った装甲が二つ重ねで覆われており、篭手の部分には理法(センシス)を使うための円陣作成用の結晶が、防御装甲と共に取り付けられている。

 背部には、スラスターにあたる余剰理力の噴出口があり、非常に短時間であるが、飛行も可能だそうだ。

 だが、俺の目を一番惹いたのは、その白銀の装甲が今はくすんだ灰色になっていることだろう。

 あの恐竜の断末魔の自爆によって降り注いだ血が、外装から浸透しアスタスの力を阻害しているのだ。

 現状のアスタスは、呪いという鎖によって、全身を雁字搦めにされているといった所か。理法(センシス)とかも使えなくなってるみたいだし。

 ため息を一つ付き、空を見上げた。地球と同じような太陽が東に傾いている。このオブリムでは太陽は西から昇り、東に沈む。

 今すぐ、集落に向かうと夜になってしまう。ここは焦らずに朝まで待つべきだろうな。空を赤く染める夕日に目を細めながら俺はどう一晩を明かそうかと、頭を悩ませた。

 服装もYシャツにジーンズといった、日本にいた頃の服装のままだったので、とてもではないがこんな山の中でテントも無いのに寝るには抵抗がある。

 結局、野宿をするくらいなら、アスタスの中で一夜を明かしたほうが危険は少ないだろうと、微妙に座り心地のいいシートに座りながら、眠った。



「むう、朝か。あまりよく眠れなかったな」


 俺は、欠伸をしながら目を擦る。昨夜は眠たくなるまで、なんとか記憶を思い出せないかと頑張ったのだが、結局自分の事は全然思い出せなかった。

 日本にいた頃の知識とかは覚えているのになぁ。自分自身についてだけはポッカリと穴が空いた感じに忘れ去っていた。


「顔を洗ってすっきりしたい所だけど、水もないしな。腹も減ってるし、さっさと移動しよう」


 気持ちを切り替えて、俺はアスタスを起動させる。駆動機が独特の音を出し、全身に水銀血液が循環する。間接から軋みを上げ、アスタスが立ち上がった。今いる場所を落ち着いて見てみる。山の中腹辺りにある開けた所で下のほうには川が見える。山頂付近を見ると、そこには地殻変動でもあったのか、パックリと大きな亀裂が顔を見せていた。

 操縦席のコンソールには自分の位置とその周辺を移した地図が表示されている。そこに表示されている集落を表すマークに向かって移動を開始した。

 極力、木を避けながら進み、崖などはスラスターを吹かしながら飛び跳ねるように下山していく。

 半日くらい進んだだろうか、腹が減るのと喉が渇くのが、きつくなってきた頃、山道らしき場所に出ることが出来た。地図で見ると、この道を進んで行けば集落に着けそうだ。


「いろいろ不安もあるが、とりあえずは人のいる所にいって、食い物くらい調達しないと」


 俺が気合を入れ直していると、集落の方向と反対側の道の向こう側から土煙が上がるのが見えた。一台の馬車がかなりの速さで駆け下りてくる。

 そして、その後ろから熊っぽい物が猛然と馬車を追いかけていた。ただの熊ではない。四足歩行の状態で3mもあるのは熊とは言わない。


「あれは、魔獣ってやつか?」


 与えられた知識を思い出す。かつて白金と黒金の大きな戦いがあったのだが、強力な理力兵器が導入され打ち合った。その時にかなり濃密な理力(セイル)が広範囲に分散し、それが理力(セイル)溜りとなり地上に残った。その理力(セイル)を浴びた野生の獣が突然変異を起こしたのが魔獣と呼ばれる物達だ。はた迷惑すぎる。

 馬車を御しているのは男性のようだが、かなり切羽詰った表情をしている。確かにこのままじゃ、魔獣に追いつかれるな。


「むう、見殺しには出来ないよな」


 俺は近くに生えている木を、むんずと掴み引き抜いた。素手で殴り合いはさすがに心もとないし。アスタスには固有の武器は装備されてないし、理法(センシス)も使えない状態だからな。これなら棍棒くらいにはなるだろうさ。


「そりゃ」


 スラスターを吹かし、馬車と魔獣の間に割り込んだ。急には止まれないのか、突然の乱入者に驚きながらも魔獣はこっちに突っ込んでくる。

 俺は木を振りかぶり、魔獣の頭に叩き落とした。木は木っ端微塵に砕け、ギャピっと情けない声を上げて地面に魔獣がめり込んだ。


「ふう、うまくいったか」


 頭がざくろのように潰れているから、絶命しているだろう。というか、このままで立ち上がってくるのはビジュアル的に勘弁してほしいものである。


「お~い」


 声がしたほうを向くと、先ほどの馬車がこっちに戻ってきていた。


「いや、助かったよ。騎士殿」


 馬車の御者台から降りてきた男性が足元まできて礼を言ってきた。俺はアスタスを待機姿勢にしてハッチを開いた。


「そっちは大丈夫でしたか?」


 男性は四十歳くらいだろうか、栗毛色した短髪に精悍ではあるが、人のよさそうな笑顔を見せていた。


「ああ、こちらは馬車が少し壊れたくらいだ。本当に助かったよ」

「それはよかった」


 かなり強引に割り込んだから、俺の攻撃に巻き込まれてないかと心配したが、杞憂だったようだ。まあ、こちらとしても人に逢えたのは丁度良い。この際だから彼に案内してもらおう。人と話して安心したのだろうか、俺の腹が空腹を訴えて鳴り響いた。

 お互いに顔を見合わせる。


「ははは、どうやらお腹が空いているようだね。この道を少し進んだ所に休憩するための小屋があるから、そこで昼飯としようか」


 俺は躊躇なくそれに同意した。




「さあ、どうぞ。大した物ではないが、味には自信があるよ」

 

 今、俺たちは山道に立てられた、休憩用の質素な小屋に設えられたテーブルで昼飯を囲んでいた。少し大きめの弁当箱には、タレが絡まった肉団子、いい具合に焼かれた卵焼き、綺麗に揃えられた野菜などが美味しそうな匂いを放っている。袋に入った大きめのパンと、湯気のたつお茶も一緒だ。

 

「いいんですか?そちらの分がないようですけど」


 うん、弁当箱は一つしかない。出来ればすぐにでも貪り食いたいのだが、謙虚な日本人としては躊躇してしまう。


「ああ、構わないよ。私は家に戻れば大丈夫だしね。それに命の恩人が腹を空かせているのに、それを放っておくのはどうかと思うしね。ほら、涎が垂れているよ」

「うお?」


 指摘されて、口を拭う。俺は記憶を失う前は食いしん坊キャラだったのだろうか?ちょっと恥ずかしい……


「じゃあ、遠慮なくいただきます」


 肉団子を口の中に入れる。何の肉なのかは分からなかったが、甘辛いタレが旨さを引き立ててくれる。卵焼きも少し甘いがふわふわで、食欲が増す。野菜も見たことが無い形をしているが、しゃきしゃきの食感がいい具合だ。合間に食べるパンやお茶も素晴らしい。

 にこやかに見つめる男性に見守られながら、俺は一心不乱に食べ続けた。俺が食いしん坊なのではない。この料理が旨いのが悪いのだ。


「ご馳走様でした。ほんとに美味しかったですよ。料理が得意なんですか?」


 結局、俺は完食してしまった。ちょっと悪い事をしたかな。少しくらいは残しておくべきだっただろうか。


「それはなにより。これは私の娘が料理したものでね。褒められるとうれしいな」


 男性は、はにかみながら微笑む。悪い人じゃないような気がする。


「それはそうと、助けて頂いてありがとう。改めて御礼を言うよ。私はこの近くの街トゥルシールに住んでいるランディ・イシュバーグという者だ」


 ランディさんは、自己紹介し握手を求めてきた。

 さてどうしよう。これは自分も自己紹介をしなければならない場面なんだろうが。教わった知識で適当に答えてもいいのだろうが、数百年前の知識ではいろいろと綻びが出るだろうし。

 ここは記憶がないと素直に言っておくほうが無難かもしれない。


「俺は柾狩逢喜……。えっとオウキ・マサカリと言います」


 握手を交わしながら、名前を言う。苗字と名前は反対にしたほうがいいよな。


「オーキ君か。失礼だが、この国の人間では無いよね。その黒髪と黒い瞳は東邦圏でよく見られる特徴だ」


 なるほど、この世界にもアジアっぽい国があるのかな。やはり日本的な発音は難しいのか、ウの発音が変だ。


「信じて貰えないかもしれませんが、実は俺、ほとんど記憶が無いんですよ。ある程度の常識とか名前とかは覚えるんですけど。自分がどこの生まれとか、さっぱりなんですよね。<理晶騎(セイルリード)>の中で気がついて、その時には記憶がすでに無い状態でして」


 嘘はほとんど言っていない。自分が別の星の生まれだってこと以外は、本当に記憶喪失なのだから。


「ふむ、もしかすると2日前にあった地震が原因なのかもしれないね。街のほうはそれほど被害が無かったけど、山脈のほうはかなり崩落したり、亀裂が走ったりと危険な状態だった。それに巻き込まれた衝撃で記憶を失ったというのは考えられるね」


 ランディさんが難しい顔をして、推理してくれる。これはこの意見に乗かっておいたほうがよさそうだ。


「そうなのかもしれません。目が覚めた時には近くに大きな亀裂がありましたし」



 これも嘘は言っていない。亀裂が出来ていたのは確かだ。そうか地震があったのか。その地震と今の俺の現状と関係がありそうな気がするが、判断するには情報が無さすぎるよな。


「それは災難だったね。<騎士型(ナイトリード)>の<理晶騎(セイルリード)>に乗っているから、どこぞの騎士殿だったと思うんだがね」

「<騎士型(ナイトリード)>?」


 聞きなれない言葉だ。貰った知識にもそんな言葉は無かった。


「なるほど、細かい記憶は失ってしまったようだね」  


 ランディさんの説明によると、<理晶騎(セイルリード)>というのは古いほど、高性能なのだそうだ。元々は約四百年前に発掘された原初の機体があり、それを参考に人間に作られた物が<理晶騎(セイルリード)>となった。名前の由来も遥か昔に伝わっている御伽噺に出てくる巨大な兵士から取ったそうな。最初は原初の機体に近い性能の<理晶騎(セイルリード)>しかなかったのだが、製作の困難さから数を揃えるのが難しかった。結局、実戦に足りる機体は六機しか作られず、それらは<源将騎(エルドセイル)>と呼ばれ、今では大陸にある六つの国にそれぞれ国宝として存在しているのみだった。

 そして一計を案じた時の開発者は、用途に合わせて能力を細分化させる事にした。武器などを駆使し接近戦などを行う<騎士型(ナイトリード)>。基本、名前の通り鎧を纏った騎士の姿をしている。

 そして、<騎士型(ナイトリード)>の予備の装備を運搬したり、建築作業、土木作業などに従事する<従士型(アルリード)>。これには頭部が無く、搭乗者は外部に露出したキャノピーで操作をし、足が短く、腕が長いのが特徴だ。

 最後は、理法(センシス)を使う事を目的とした<理法士型(センスリード)>。これは理法(センシス)の円陣を展開するための結晶が、搭載されている、そして理法(センシス)の妨げにならないように、金属製の装甲はなく硬化させた革を纏っている。


「そんな種類があったんですね。知りませんでしたよ」


 食後のお茶をいただきながら、俺は礼をいう。やはりアスタスの知識は、数百年たっているから、歯抜けな所が多々ありそうだな……


「しかし、良く俺の事を信じてくれますよね。記憶喪失なんて、自分でもかなり胡散臭いと思うんですが」


 俺の疑問にランディさんはニヒルな笑みを見せた。うわ、様になるな。


「私たちの国、グランシール王国というんだがね。かなり古い国でね。特殊な経緯で建国されたんだが、その理由というのが、この地に封印されたあるモノを守護する為なんだ。それでね、その役目を全うする為なのか、この国の民には大なり小なりある能力が備わってるんだ。それは、人の悪意が分かるんだ」

「悪意ですか?」

「うん、他人が自分に対して何か企んだり、害しようと思うと、こうビビッとくるんだよ。まあ、これは他国の人には説明しづらい感覚なんだけどね。でだ、君からはそんな感覚は何も感じない。だから私は信じるよ」


 ランディさんは自信有りげに、胸を張る。そんな能力があるから安心出来てるのか。


「オーキ君は、これからどうするつもりなんだい?」

「とりあえずは、人のいる所に行こうと思って、山の中を進んでいたんですが」

「なら私の街に来ないかい?ちゃんとしたお礼もしたし、記憶が無いのなら心細いだろう。落ち着くまで私の家に住んでくれて構わないよ」


 頭を掻く俺に、ランディさんはそう提案してくれた。最初は街に案内してもらえれば、ラッキー程度に思っていたんだが、渡りに船だな。

 俺はすぐに肯き、ランディさんと街に向かうことになった。



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