序章
そこは一面が白に覆われた世界だった。
見渡す限り一切の色彩がなく距離感、平行感が無くなっていく。別に視界が暗闇で塞がれている訳じゃない。だけど目の前すら認識できないのは、月のない真夜中に急に放り込まれたようなものだろう。白い闇、俺の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
なぜこんな所にいるのか?思考に霞がかかったような感覚の中でつぶやく。身体は水の中で浮いているような感じに包まれ、まるでこの白色に溶け込んでいくような……。
どれくらいの時間がたったのだろう。そう思った時、白しかなかった世界に変化が生まれた。水面に小石が投げられたように、世界に波紋が広がる。そして波紋がだんだんと人の形を取り始める。
そこには一人の女性が立っていた。整った顔にかかる白銀の長髪、白磁のような肌を包み込む、汚れ一つないトーガ。
白い女神とでも言えばいいのだろうか。その女性は俺のほうに近寄り、手を俺の頬に添えた。身体の感覚は曖昧なのに彼女が触れている場所だけは熱の帯びる。
そして彼女は今にも泣きそうな悲しみの表情を浮かべた。その顔を見た瞬間、俺の思考は突如荒れ狂った。それは恋しさ、愛しさ、懐かしさ、。それらが過ぎた後に、怒り、悲しみ、憎悪。まるで自分の中に自分以外のモノがいて大暴れしているような。大声を上げて胸を掻き毟りたいのだが、もはや存在していないのか、己の手は反応しなかった。
その様子を見ている彼女はより一層悲しみを深めるように目を伏せた。俺は彼女にこの猛り狂った思いをぶつけたいのに、それとは裏腹に思考と感覚は深いどこかへと沈んでいく。そして消える最後の直前まで彼女の手の熱さを感じながら、俺の意識はプツリと途絶えた。






