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第98話 :トレス

夜の闇風が冷たく地を這うように森を包み始めた頃、森の奥からそんな闇を掃うように明るい声が走ってきた。

直ぐそばで話していたはずのコアとセルスはどこかへ消えて、私達は魔力を失い地面に座り込んでいた。

そしてその声は、そんな私達に希望を与えるものだった。


「トレスー!!」

「・・・・・コア?」


明るく華やかな声が駆けてくると共に、夏の日に焼けた匂いを漂わせる風がブワッと吹いた。

その風に、低頭していたブレイズやジェラスやルアーも顔をあげた。

薄気味悪い森の中を、夏の風と共に大きな白い鳥が舞い降りた。


「コア・・?!」


その白い鳥に見えたものは、立派な翼を持ち、鋭い爪を持つ、白竜ルキアだった。

その背からは、汚れた白いワンピースを着た少女がゆっくりと地面へ降りたつ姿はまるで救いの神のように美しかった。


「コア・・ルキアに乗れたの?」


その後ろからは、闇の色をしたもう一頭のドラゴンがルキアの隣に舞い降りて、羽を広げた。


「うん!」


コアはとても嬉しそうに答えた。そんなコアの後ろから、淡々とセルスが歩いてくる。


「契約が、途切れたんじゃ?」


座った私のもとまで来たコアが、その小さく弱弱しい傷だらけの手で私の腕を引き上げた。

魔力のない手が、ゆっくりと私を立ち上がらせる。


「契約はまた結ばれた。・・最高契約だからな。」


セルスが後ろから言葉を挟んだ。私はその言葉に、足がすくみそうになった。

魔力を持たない私達魔術師は、この森では無力な人間でしかない。

自分では何も出来ずに、ただ救いの手をこうして待っていることしか出来ない。


「この森から出られるよ!」


コアの眼が輝きに満ちて、私の心の中の不安がその言葉一つでいとも簡単に埋められた。

コアに出会うまでは、ドラゴンマスターなんて魔術師の足元にも及ばない者だと思っていた。

ドラゴンがいなければ、何もできない唯のドラゴン遣い。そうとしか思えなかった。


「コア・・私・・・。」

「もう、大丈夫だから。」


私があの日出会った白竜遣いは私よりもずっと、幼い少女だったのに。

小さな体でドラゴンを守り、大人によって作られた憎しみに立ち向かい、彼女はいつも強くそこにあった。

魔術師にはない、ドラゴンを守り通すという気持ちを彼女は溢れるほどに抱えて空を飛ぶ。

私が知っているマスター達は、契約でドラゴンを縛りつけ、ドラゴンがいなければ何も出来ない者たちだった。


「ルアー、平気?」

「あ、あぁ。」


疲れきっているルアーの腕に手を絡め、彼女は勢いよく引っ張った。

あの小さな体のどこに、そんな力があるのか、そんな勇気があるのか。

コアの行動や言葉には、いつも驚きを与えられていた。私が知っているドラゴンマスターとは、全く違うマスター。


「ジェラスも、大丈夫?」

「俺は平気だ。それより、森を出るにはどうするんだ。」


ドラゴンがいなければ何も出来ない、ドラゴンを従わせ、奴隷とする者達を、マスターと呼ぶのだと思っていた。

ジェラスの質問にぼーっとしているコアの変わりに、セルスが答えた。


「ドラゴンに乗せることは出来ないから、空から森の出口を指示する。」


魔術学校でたくさんの魔術を学び、高等魔術も取得して、自分の限界を目指して頑張ってきた私は今、

唯無力にも座り込み、こんなに幼い少女の腕によって立ち上がらされた。

マスターとは何なのだろうか。どうしてこんなにも強いのだろうか。


「俺は平気だが・・おい、ルアー、お前大丈夫か。」

「・・あぁ、歩くくらいなら。」


魔術師はこんなにも弱い生き物で、マスターはあんなにも強い生き物なんだ。

その違いはどこにあるのだろうか。魔力のない魔術師は唯の人間で。魔力を失ったマスター達は、マスターのまま。


「トレスはルキアに一緒に乗ってもらう。」


そんな事を考えていた私に、目の前の少女は笑いかけて言った。

その言葉に私は驚いて回りの反応を見た。しかし誰も驚きはせず、頷くばかり。


「私だけ歩かないなど、そんな事できるか!」


皆魔力がなくなり、疲れきっていた。

魔法を叩き込んだこの体ではもう、森を出られるまで歩けるかどうかも不安である。

それなのに、そんな中私だけがドラゴンに乗れるはずがないとコアを睨み付けると、セルスがコアの隣で口を開いた。


「お前は王になる人間だ。この国の未来を創る人間なんだ。」


あまりに鋭く向けられたその目に私の心は一瞬揺らぎ、口をつぐんだ。

そんな私の背中をポンと軽く押すように、ブレイズの右手が触れる。

私はその手にサッとブレイズのほうへ振り返り、ブレイズの言葉を待つ私にブレイズが言った。


「乗っていけって。」


コアもブレイズの言葉にブンブンと大きく頷く。


「王じゃなくても、女ではあるだろ?」


ブレイズが笑いを必死に隠そうとしながら言うのが分かって、私は睨み付けた。

コアもそれを楽しそうに笑っている。


「・・・分かった。」


王となるにはまだ、私はあまりにも幼く弱いから。

マスターだったら、こんなに弱くはなかったのだろうか。魔力に頼って生きる私達は、マスターに敵う術がない。

マスターの中でも、コアは特に・・・白竜が選んだだけあると思わせるマスターだ。

実際に見た事はないが、伝説として聞いたことはある、白竜と伝説のマスターの話。


「ありがとう!」


ぎゅっと抱きつくコアの体が温かく、私は一瞬脆くも涙を零しそうになった。

お礼なんていわれる理由が見当たらないのに、むしろ私が礼を言うべきなのに。


「森を抜けたら直ぐに王宮に着くよ。」


そんな想いが言葉にはならず、溢れそうになる。白竜と伝説のマスターの話なんて、嘘だとしか思えなかった。

御伽話の中で作り上げられた、夢の話。そう思っていたのに。


「あぁ。」

「ルキア。私とトレス、乗せて飛べる?」


どうして君はそんなにも、真っ直ぐで優しくて、強いんだ。


ルキアに命令を下すことなどなく、こんな幼い少女がドラゴンと共に空を飛ぶマスターだなんて。

いつだって空を飛ぶマスターは、ドラゴンと共に飛んでいるのではなく、私が木で作られた箒で空を飛ぶのと同じとしか思えなかった。


『もちろん。早く森を出ましょう?』


ドラゴンは優しく頷いて、高く鳴いた。魔力のない私にはドラゴンの言葉を理解することなどできない。

そしてそれはコアだって同じはずなのに。


「ありがとう。森から出たら、休もうね。」


コアの耳に聞えたのは、ルキアの鳴き声ではなく、優しい言葉のようであった。

コアはそういうとそっとルキアに手を伸ばし、顔をすり寄せるルキアを優しく撫でた。

おとぎの国の中で作り上げられた『伝説のマスター』は、もしかしたら本当にいたのかもしれない。

今は、そう思えてならない。

誰かがひっそりと伝えた『白竜が誓う時、真のマスターが現れる。』という言葉は、言い伝えとなった。

そしてその言い伝えは、確かに予言となりつつある。いや、もう予言となっているのだ。


「トレス?どうかした??」

「・・いや、見れば見るほど・・綺麗な生き物だよな。」


汚れを知らないドラゴンが目の前で嬉しそうな顔をしている。


「ルキアのマスターが、コアでよかった。」


なんとなく、ふと心の中で浮かんだ言葉が零れ落ちた。


「・・ト・・レス?」

「いや、悪い。ふとそう思っただけだ。」


白竜のマスターがもし、コア以外だったなら、ルキアのこの綺麗な翼は汚れきっていたかもしれない。

その可能性はあっても、コア以外がマスターで、今よりもずっと綺麗な翼だったという可能性はない、きっと。

白竜が誓ったから、真のマスターなのか。真のマスターだから、白竜が誓うのか。

あの予言の言葉には、深く考えさせられる。


「ううん・・・、嬉しい。ありがと!!」

「え?あ、あぁ。」


コアなら何と答えるだろうか。コアには答えがあるのだろうか。

とびっきりの笑顔が、この森に似合わないほど華やかで。コアは何を考え、何を見て、ここに立ってこの笑顔を向けているのだろう。


「セルスもアルと空に行ったし、ルアー達も皆出発したみたい。」

「あぁ、静かだ。」

「そうだね。ルキアが早く森を出ようって言ってるから、乗って?」


コアに促され、湿った落ち葉が覆う地面からゆっくり足を離した。

初めて触れるルキアの肌はしっかりとしていて、でも柔らかく、以外にも暖かかった。

その翼は地上から見上げるのとは全く違い、目の前ですごい迫力で上下に動く。

私とコアが乗ってもビクともしないルキアの体からは、ほんのりと暖かさが伝わってくる。


「ドラゴンは暖かい生き物なんだな。」


知らなかった、と呟く私にコアはにっこり微笑んで言った。


「そうだよ。人間なんかよりもずっと優しくて、とても気高いの。」


彼女は誇らしげにそういった。まるでその言葉が合図であったかのようにルキアは羽を広げた。

そしてその翼を上下に揺らし、地上からどんどんと離れていく。


「聞いても良いか、コア。」

「何?」

「・・・お前はどうしてそんなに強いんだ。」


マスターと魔術師の違いは、どこにあるのだろう。コアと私に、どんな違いがあるのだろうか。

そう思った直球そのままの質問にコアは驚いた顔をして、それからまた笑って言った。


「もしもトレスがそう思うなら、それはきっとルキアがいるからだよ。」


今まで出会ってきたマスターに、こんなにも惹かれたことはない。強いと感じた事だって。

けど、私よりもずっと幼い少女の強さに今、私はこんなにも惹かれている。

そしてコアの口から出たその答えは、あまりにも簡単で、あまりにも素敵な言葉だった。


「マスターはドラゴンを守るために強くなろうと頑張ってね。

それからたくさんの人に出会って、その力がどれほど小さくどれほど大きなものか分かるの。

それで、もっと強くなりたいって思うの。・・・誰かを守れるように。誰も傷つけないでいいように。」


コアの眼は揺ぎ無く唯真っ直ぐに、私を見るでもなく、前だけを見ていた

そんなコアに私は、魔術師はマスターに勝てるはずがないのだと思い知らされた気がした。

ドラゴンを守り抜こうとするマスターの強さに、敵うはずがないのだから。

そう、それは魔術師だけでなく、ドラゴンを箒とするマスターも、絶対に敵いはしない。


「空だ。」


鬱葱と重たい草が覆う森から抜け出た先に、壮大に広がる夕焼けと夜の境を描く空があった。

遠くの地平線へ太陽が身を沈める。

その一瞬の光に人々が惹かれたように、コアはきっと伝説のマスターとなり、数え切れないほどの人々を魅了する。


言い伝えが彼女の手によって、確かに予言となるように。



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