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第96話 :コア

セルスは言った。『ドラゴン契約が切れかけている』と。

その言葉からすぐ、私の心の中はポッカリとしか感覚が覆い始めた。


「ドラゴンと話せるのは、絆があるからだと思ってた。」


そうなら、とても素敵な事なのに。

どうやらドラゴンとの会話も、無意識に行う会話法によって出来ていたらしい。

講義は睡魔が襲ってくるため、ほとんど聞けてないが、こんな話は聞きたくなかった。


「馬鹿だな。」


ブレイズが笑いながらそう言って、優しく私の頭に手を乗せた。

私と身長の変わらないブレイズの目は、どこか心配そうな目をしていた。


「『絆』とか、関係ないだろう。」


その後ろから低い声がする。その声はやはりジェラス。

時間が経つほど、心の中がポッカリと空いているような感覚が大きくなっていく。

しばらく羽を動かしていたルキアも、その以上に辛そうな目を向けて、うな垂れている。


「そうかもしれないけど・・・。」


私はジェラスへの言葉を濁らせた。

そんな私の隣には、ずっと黙り込んだままセルスが立っていた。


「今が昼かどうかも分からないな。」


トレスは陽気に笑って言った。


「そだね。」

「元気出せ!大丈夫だ!!出られると思えば出られるから、なっ?」


平気だと笑ってみせるべきなのに、引きつるようにしか頬の肉は動かなかった。

喉も渇く。魔力が無くなり、体もかなりの疲労を訴えているのがわかった。

どうすればいいの?そんな事、とてもじゃないが口に出来る空気ではない。

私を元気付けてくれるトレスやブレイズ、平静を装うルアーとジェラスだって魔力を失っているのだ。


「コア、ちょっと。」


耳元で静かに響いたセルスの声は、どこか悲しみを思わせた。


「何?」


ゆっくりと腕を引かれて、疲れきっている4人から少し離れると、セルスの腕は細く白い幹に触れた。


「セルス?」

「・・・あわてるなよ。」

「何が?」

「・・・魔力が消えて、契約がだんだんと途切れる。それは分かるよな?」


ゆっくりと確かめるようにセルスは言った。

私を見る事なく、目を白い幹の足元に落として彼は続けた。


「じゃぁ・・契約が途切れたら、どうなると思う?」


あわせてくれない目に、私は不安を感じて握りこぶしを作った。

もう魔力を放つ事はできないこの手を、ぎゅっと自分で握り締める。


「空が飛べなくなる。」

「あぁ、そうだ。けどそれだけじゃない。・・ドラゴンはどうなると思う?」


お願いだから目を合わせて聞いて?私の手を握って、平気だと囁いて。

ポッカリと空き始めた心を、これ以上不安にさせないで。

そんな気持ちでセルスを射るように見た。しかしセルスの目が私を見返すことはなかった。


「ドラゴン契約が途切れる時・・・ドラゴンの心臓はゆっくりと止まり始める。」


ようやく私を見たセルスの眼には、あふれ出しそうなほどの不安が映っていた。

声が聞えない。言葉が交わせない。触れられない。空を飛べない。

ルキアと目をあわすことが出来ない。

それだけでも、不安で不安で仕方なかったのに・・・。


「う・・そ・・。」


心が空っぽになっていく度に感じた、何かが切れていく音。

ゆっくりと、けど、確実に・・・ルキアは私から離れていく。


「考えていたんだ。主が死ぬとき、魔力が途絶え、ドラゴン契約が途切れる。

そのときドラゴンは死ぬ。

それなら、今ここで俺達の魔力が途絶えたら、アルは・・アルやルキアは・・」

「そんなの嘘っ!」


細い糸がゆっくりと切れていく。その度に心は寂しさをまとい、空いた穴を不安が埋める。

ただルキアの声が聞けたら、それだけで私はきっと元気になれる。

だから、ルキアの声が聞きたい。いつだって私を優しく支えてくれた、彼女の声を。


「ルキアッ!」


私は無意識のうちに疲れきっているルキアの元へと大声を上げて走っていた。

地面に積もる落ち葉がガサガサと音を立てて、私の足を捕らえる。

それでも私の足は、唯当然のようにルキアの元へと向かった。


「ルキアっ。」


返事をして。


「ルキアっ・・・」


ルキアを失うなんて、絶対に嫌だ。


「お願いだから・・返・・・事・・」


こんなにも大好きなのに、もう私の声は届かないの?


「ルキア・・・」


私の与えた名前、貴女にはもう聞えないの?


ねぇ、神様。

貴女がドラゴン契約を定めたなら、貴女に聞きたいことがある。

どうしてドラゴンが死んでも、私達マスターは死なないのに・・・

私達の魔力が途絶えるだけで、ドラゴンは死んでしまうの。


「私はっ・・」


私がドラゴンで、ルキアがマスターならよかったのに。

ルキアの前で私の膝が折れ、地面に崩れた。そんな私の後ろからセルスが追いかけてくる。


「約束したのっ・・、ルキアに・・自由と・・真の絆を与えるって!」

「コア!落ち着けよ!ルキアには届かないんだ!」


届かないなんて、認めたくない。


「私・・まだ・・何も与えてないのにっ!」


《コア》

深い森の中から、澄んだ声が一つだけ、私の元に響いた。

あの声を辿って、森に入り、歩き続けた。あの声だけを頼りに。


「私を・・呼んでよっ!・・ねぇっ。」


涙が零れて落ち葉を濡らす。


「ルキアっ・・、」


あの日、貴女が私を呼んだのか。それとも私が、貴女を呼んだのか。

それがどちらであっても、私は神様に言い尽くせないほどお礼を言いたかった。

初めて空を知ったあの日、私はルキアの背で、世界を広げて見せると決めた。

ルキアに、私の時間全てを使って、自由と真の絆を与えると。


「私・・まだ、何も与えてないのにっ。・・・・・ねぇ・・ルキア。」


貴女は私に言ってくれた。《マスターになるんでしょう?》と。

そう、私はマスターになりたかった。

やっぱりマスターじゃ与えられないものだったのかもしれない。

貴女が欲したものは、マスターがドラゴンから奪うものだったのかもしれない。


「どうして・・」


それでも貴女は、私を支え続けてくれた。守り続けてくれた。


「ルキア」


パッと顔を上げると、涙の所為で潤いすぎた世界の中に、白く浮かび上がるものが動いた。


『    』


傍にいたい。

どんな形でも、貴女の傍にいられるならそれでいいとさえ思えた。

あの日から、この気持ちは大きくなり続けている。


「ルキア・・?」


声は魔力によって繋がれたものなのだろうか。


『――――コ――――』


涙が優しく、ルキアの羽から届いた風に拭われる。



「――― ルキア ―――」



あの日、あの時、私を呼んだ貴女の声から全てが始まった。

だからお願い、信じさせて?

あの声は魔法ではなく、絆が繋いだ・・・声だったと。



『――― コア ―――』



自由なんて願うものじゃない、と私は言った。

絆なんて気づけばすぐそこにあるものなんだ。 と。


「ルキア。声が・・聞えたよ?」

『私もですよ、コア。』


ゆっくりと確実に、心の中がいっぱいに満たされていく。

不安が埋めていた穴から、不安が追い出され、ゆっくりと優しさが埋めてくれる。


「嘘だ・・ろ」


セルスが驚いた風に言った。


「会話法は、いらないみたいだよ。」


私がそう言って優しく微笑むと、セルスはにっこり笑い返してアルの元へと走っていった。


『声、届きましたよ。』

「私も聞えるよ?」

『《まだ何も与えてない》と言いましたが、そんなことない。

自由も真の絆も、強さも優しさも、空を飛ぶ喜びも、全てコアが教えてくれた事。』


ルキアの声が優しく森に響く。


「私が与えてないと思うから、まだ与えてないよ。

私、ルキアからいっぱいの幸せ貰ったから。それ以上に何かを与えてあげたい。」

『コアの時間全てを使って。なんて、私は望んでないわ。』

「うん、分かってる。だけどね・・・。私の時間、全部ルキアに遣って欲しいの。」


一秒でも離れていたくないと思った。

ずっと傍にいて、ずっと繋がっていたいと思った。

もう、二度とこんな気持ちになりたくない。


「不安で、不安で・・・」

『コアのいない世界を生きるということが、こんなにも無意味だと思い知らされた。』

「私だって・・・。神様を恨みそうになった。」


ドラゴン契約は、この世界で最も強い契約魔法。

だから、その契約が森の所為で失われる事なんてあるはずない。

理屈的に考えるとそうかもしれないけど。


私達の声は重なった。

それは決して、理屈的なことじゃないと思うんだ。

私達の声を繋いだのは、確かにあの日、私達を出会わせた・・・『絆』だと思うんだ。


「貴女が私を呼んだの?」

『コアが私を呼んで、私がコアを呼んだのよ。』


私がルキアを呼ぶ限り、ルキアは返事をして。ルキアが私を呼ぶ限り、私は返事をする。

それだけで、私達は繋がっていられる。


『真の絆』なんて、気づけばすぐそこに、あるものだから。

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