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第95話 :セルス

世界の景色が変わり始めた。

しかしそれを気にする余裕なんてものは無かった。


『私達にはその命を奪えてしまうほどの力を持つ者として、その命を守るという責任がある。』


コアの言葉はあまりにも、重くて大きなものだった。

今の俺に、理解しようとして理解できるものだとは思えないほど。


「なぁ、そろそろドラゴン休ませるか?」


地面に広がる景色が木々の緑になり始めると、後ろからトレスが声を上げた。

コアはその声に大声で返事をして、傷跡のある右手で優しくルキアを撫でた。

いつの間に、彼女はこんなに高い場所を飛んでいたのだろう。

俺がただ座って授業を受けている間に、白い足を小麦色に焦がし、幾つも傷をつけて歩いたのだろう。


「あんなに遠くに行ってるなんてな。・・・追いつける気がしない。」


降下を始めたアルに呟く。

アルはゆっくりと森へ近づきながらかすかに返事をした。


「・・お前なら・・だい・・だ。」

「え?」


しかし、風に遮られるようにアルの言葉が途切れた。

けれどそれはほんの一瞬の事で、もう一度アルがはっきりと言った。


「お前なら大丈夫だろ。」


自身ありげにそう言うアルに、俺は思わず笑ってしまった。

けど、本当に大丈夫な気さえした。アルと一緒なら、どこへだっていけそうな気がする。

そう思っていると、深い気味の悪そうな森が近づいてくる。


「川の音がする。近くに滝とかあったらいいね。」

「滝・・・?」


無邪気に笑うコアに、トレスが不思議そうに聞き返した。


「竜は滝の水を浴びると、とても元気になるの!これは、講義で知ったこと!!」

「・・・基本だな。」


元々竜とは、千竜滝を昇った竜だけを差す。

つまり滝を上れない竜はドラゴンとしてではなく、水の中で水竜となって生きていく。


「で、補足説明をしてやろう。ドラゴンは唯の滝を浴びただけでは無理なんだなぁ、それが。」

「え?!そうなの!?」


全く講義を聞いてない、その証拠がこの驚きようだ。


「世界のなかで竜が元気になる滝は、仙の山にある千竜滝だけ。」

「え!?そうだったんだ・・・。そっか、ごめんね、ルキア。滝じゃ無理なんだね。」


白い羽をバサバサと揺らしながら、風を舞い起こすルキアはコアの声に全く耳を向けていない。

羽を羽ばたかせる音が、コアの声を消してしまったのかもしれないが、それにしても何かがおかしかった。


「・・・おい、コア。」


そんな疑問を感じながらルキアを眺めていると、真っ黒の服を着たジェラスがコアの肩を叩く。

その方向へ振り向いたコアに、ジェラスが手をかざした。


「おい・・・っ!!!」


その行動に俺と、コアの傍にいたトレスがジェラスを押さえにかかろうとした。

しかし、その瞬間・・・


「え?」


緊迫した空気にはまるで似合わない、マヌケな声が響いて俺は足を止めた。

そのマヌケな声を出したのは、ジェラスに呪縛の魔術をかけようとしていたトレスだった。


「・・・お前もか。」


その行動を見てジェラスは静かに手を下ろしてコアの頭を撫でた。

魔法をかけられそうになっていたコア本人は至って普通に微笑み返している。


「お前!今、何をしようとした!」


トレスは何も言わずにただ驚いたまま、自分の手の内を見ている。

俺はとりあえずコアの守るように、背の後ろへと庇う。


「何が。お前は気づかないのか・・・、この森の異変に。」


ジェラスが深刻そうな顔をして、俺にそういった。その言葉に俺は肩の緊張を下ろして見つめ返す。

するとトレスとジェラス、それにブレイズとルアー4人が急に自分の両手を合わせた。


「・・・?」


それから何かを呟いて、バッと一斉に放したが光も何も起こらない。


「そんな・・まさか!」


トレスが何度も手を合わせては、離してそう呟いた。

ルアーもトレスと同じような顔をして、両手を合わせては離している。


「ふぅ・・・。そのまさか、らしい。」


そんな二人を見ながら、ブレイズは自分の手を見て空を見上げ、一息つくとそう言った。

その言葉に俺は全く理解できず、コアと目を合わせてハテナマークを頭の上にちらつかせた。


「ここ・・・っ。ブレイズ!?」

「あぁ、ここがあの・・・・・・・・『ロブフォレスト』。」


ブレイズの言葉に4人は手を下ろした。


「フォレストって、それがこの森の名前か?」


俺が質問を投げかけると、ブレイズとトレスが同時に頷いてこっちを見た。

それからブレイズが、そっと白い木の幹に左手で触れると俯きながら話した。


「説明するよ。・・・この森は『ロブフォレスト』と呼ばれる、魔力を奪う森だ。」


ブレイズがそう言った時、ブレイズの後ろのほうでルアーが足を崩して座り込んだ。

その目からは失望したような感情が、感じ取れて不安になった。

コアはそんなルアーに駆け寄り話しかけている。


「魔力を奪う・・森?」

「アカンサスを常に移動する、呪いの森とも呼ばれている。」


あぁ、どこかで聞いたことがあると思ったら。

ずいぶん昔の講義で聞いたことがある。アカンサスについて学んだときだ。

アカンサスには、魔力を吸い取る木と地を持ち、常に移動する森があると聞いた。

それがこの『ロブフォレスト』。


「でも、どうしてそんなに落胆する事がある?」

「どうしてかって!?お前、頭でもおかしくなったんじゃないか?」


それまで黙り込んでいたトレスが怒りと言うよりも不安をぶつけるようにそういった。

その声はあまりにも大きく、森中に響き渡るようにこだました。

しかし、森はかなり広いが、生き物は一匹としていないようで、生き物の鳴き声などは一つも聞えてこない。


「落ち着け、トレス。俺はこの森が、魔力を奪うとしか知らない。

しかもその奪われた魔力だって、この森を出さえすれば、だんだんと戻ってくるんだろ?」

「あぁ。」


トレスは小さく謝り、また頭をもたげた。

俺の言葉を聞いているのは、ジェラスとブレイズだけのようだった。

そして俺よりも無知なジェラスは、じっとブレイズの説明に聞き入っていた。


「出られたら、だからな。」

「・・・・出られないかもしれないのか。」


あわてる事も無く、ジェラスは核心を突いた。


「どうして出られない?森くらい・・・」

「空から何を見ていたんだ!」


トレスはジッと俺を睨み付けてきた。


「いや・・・。」

「シュランくらいの村、5つ分はあるぞ、この森は。」


トレスをなだめるようにブレイズが言った。

そういえば、空を飛んでいるとき、やたら長い時間飛んでいたはずなのに地面にはずっと緑が茂っていた。

そしてその先は、かなり先にあった。


「なら、この森が移動するのを待つのはどうだ?」

「そんなの待ってたら、骨になるのがおちだ。」


まるでどうにもならないような、そんな風にトレスが言った。

確かに、森の移動なんかを待っているのは間違いだろう。

しかし、森が移動する方向と逆に進めば、歩いて抜けるよりずっと早く抜けられる。


「ちなみに、森の移動する方向はわからないから、森と反対に進む事なんて不可能だぞ。」

「え・・・あぁ・・・。」


心の中を突き刺さる言葉。

確かにこれは結構危ない状況かもしれない。


「じゃぁ、ドラゴンに乗って空から指示するのは!?」


すっかり気がめいっているルアーの傍にいるコアが、嬉しそうな声を上げて立ち上がった。

その言葉に誰もが心の中に希望を灯した。


「ナイスアイディアだ!」

「でしょ!」


そういいながら、コアがルキアの元へと走る。

その背中を見て、俺もアルの元へと走る。


「ルキア。空を飛んで、森を出たいの。」

『・・・・・・・・・・・』


ガサガサとルキアの尾が揺れるたび、枯れ草が乾いた音を鳴らす。

その音に俺は足をゆっくりととどめながらあるに近づいた。


「アル?」

『・・・・・・・・・・・』


そっと触れようと手を伸ばす。

するとアルはまるで急に触れられたかのように驚いて、一瞬身を引いた。


「アル?」

「ルキア?どうしたの??何か言って?」


誰の話し声もしない時間が流れた。

俺はアルの赤い眼を見つめて、心の中で問いかけた。しかし、答えなど返ってこない。


「どういうことだ!?」


トレスが驚いたような声を上げた。

そんなもの、俺達だって驚いている。まるで、契約が切れたような・・・


「そうか。」


俺の頭の中にあるノートが急にめくられ音を立てて、さかのぼり始めた。

思い出せ、思いだせ・・・そんな焦りが一層早くページをめくる。

そして、たった一文にノートはめくれるのを止めた。


「そうだ・・・、ドラゴン契約は魔力を持つ者により発生するもので、魔力を持たない者とは契約できない。」


魔力がないと、ドラゴンとの会話は不可能となる。それだけではない。

魔力がなくなった今、俺達マスターとドラゴンの契約は消えそうになっているのだ。

ドラゴンは自分を持つに相応しい主を選ぶのに、魔力を見ている。

もちろんそれだけではないが、弱い魔力の主につくと、契約が途絶える可能性が高くなる。

契約を保持している魔力が途絶えれば・・・自然と命は死へと向かう。

それを避けるために、ドラゴンは自分にあった主かどうかを判断し、契約する。


「・・・ドラゴン契約が、切れかけてるってこと・・?」


コアの言葉と共に、森が風に小さく揺れた。


「・・・つまり・・どういうことだ?」

「ドラゴン契約が切れかけているという事は、・・・空を飛ぶ事もできない。」

「・・・え?!」


ドラゴン契約には、ドラゴンの背にマスターを乗せるという契約が記されている。

マスターの命令以外にこの契約が破られることはなく、マスターと認識した者以外を乗せることはない。

そして特に・・・ドラゴンマスターは、他のドラゴンの背に乗ることは出来ない。

つまり、ドラゴン契約が切れかけている今は、ドラゴンマスターではあるが、主だと認識されていない。

それが意味する事は、ドラゴンの背に乗り、空を飛ぶ事はできないという事だ。


「そんなのっ・・・、じゃぁ・・どうして話せないの!?」

「魔力が途絶えて、会話法を使えなくなってしまったんだろ。」

「会話・・ほー?」


なんともマヌケな質問だ。


「ドラゴンと会話するのには、そのドラゴンにあった魔力で会話法を用いて会話する。

たいていの魔力を持つ者なら、気づかないうちにしてしまえるほどの下級魔法だ。

あまりに低レベルな魔法使いはマスターにはなれない。」

「へぇ・・・」


そう考えると、クラスDだったコアがルキアと話せたのはとてもすごいことだ。

もともとはSの素質を持ち合わせるマスターだったからかもしれないが。


「というか、お前は講義・・・何も聞いていないのが丸分かりだな。」

「・・・。」


しかし、こんな呑気なことを言っている場合ではない。

アルに乗れないなら、森を歩いて出るしかない。そしてここは移動の森・・・。

吸い取った魔力で育つ木々は、水を必要としない・・つまりは。

この森には水なんてものは無い。水の無い所に、栄養を与える食べ物など存在しない。


「やばいな・・・。」


王宮まで、あと少し。

しかし・・・・・少々問題が大きいようだった。

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