第94話 :コア
ドラゴンが3頭、白と黒のドラゴンを先頭に、七人のマスターと魔術師が空を横切る。
世界を包み込むように広がる空を、ただ真っ直ぐに。
ツインはあの村に残り、新王のことを村人や遠く離れた場所にいる民達に知らせるために私達と別れた。
そしてマティスさんもヒストラスの村に行く前に、シュランで分かれた。彼は残って軍から村を守るらしい。
セルスが一人で任せてしまえるほど、彼はかなりのマスターならしい。
「コア。」
「なぁに?」
この時間を失いたくない。今まで失いたくないものをたくさん、置いてきた。
きっとこうして空を飛ぶ時間だって、これから失くすに違いない。だからこそ、尊い。
「アカンサスにリラと・・ロイも来ているんだ。」
「・・え!?ここに!?どうしてっ!!」
「あいつらが俺を迎えにコントゼフィールまで来たんだ。けどあいつらはきっと東のバンセルでお前を待っている。
どうする?王宮は東にあるんだろ?どうせなら・・・。」
命が尊い理由だって同じ。永遠に存在するものなんて、この世界にはない。
そんなものはきっと、この世に必要ないから。
私達から見れば永遠だと思えるほど長く生きるドラゴンだって、いつかは眠る。
「そんなっ・・。」
だからこそ、この一秒が尊くて愛しい。
セルスの口から、リラとロイの名を聞いて、薄っすらと頭のなかに笑顔がよぎる。
アカンサスにきて、私はとても強く感じたことがある。
それは、誰かに出会うことと誰かの傍にいることはとても凄い事なんだということ。
もしも私が死んでいたら、これからさき誰も私と出会う人はいない。私だって誰とも出会うことは無い。
そして私が死んだら、こうしてセルスの傍にいることなんてもちろんできないのだ。
「会いたい・・」
そう考えると、会いたくて会いたくて・・・たまらなかった。
そんな私の元に彼が現れた。それはもう、夢のように。だから、その大切さにも気づけた。
「けど」
けど私の中にある会いたいという強い思いを、かき消すものがある。
「え!?」
「会いたいの・・・、でもっ・・」
振り向くとそこには、金の髪を風に揺らすトレスと、トレスを守るように空を飛ぶブレイズとジェラスがいる。
そしてその後ろをルアーが飛んでいる。
「会いたい・・・のに・・。」
「まさか、こんなに成長しているとは思ってなかった。」
会いたいとしか呟かない私に、隣を飛ぶセルスが哀しく優しそうに微笑んだ。
リラとロイの声を聞きたい。顔がみたい。抱きしめたい。
けど、その感情を押さえ込む気持ちがある。
「お前はいつのまに・・そんなに高い場所を飛んでたのかな。」
「え?」
「いや、こっちの話だ。ルキア、お前も苦労したんじゃないか。」
隣を飛んでいる私に、そんなに高くを飛んでいたのかとセルスが問う。
全く理解できずにいる私に、セルスは軽く笑ってルキアに目を移した。
ルキアはしばらく何も言わずに羽を上下に動かした。それからいつもとは少し違った声で言った。
『えぇ、とても。』
その言葉に私は思わず笑ってしまった。
その笑いに続くようにセルスとアルが笑い声を上げた。
「会いたいけど、会えない。会うより先に、この国の王様を王座に着かせたい。・・・だろ?」
私の心の中にあった、会いたい気持ちを遮る言葉にならない気持ちを、セルスが言葉にした。
空の雲はゆっくりと動いて、風に流され進んでいる。
『その通りです、って感じだな。』
アルは私の顔を見ながら面白そうに言った。
「この国の専属ドラゴンマスターになれそうな気がする。」
セルスがそう言った事が、私には少し哀しく思えた。
今の私にはそんな仕事はできない。それに、わたしがなりたいのは、そんなものじゃない。
国のためだけに尽くすマスターでは終われない。おじいちゃんの見ていた世界を見たい。
おじいちゃんが見るはずだった景色を、私が見たい。
「そんなのに、なれるわけないよ!!それに、なりたいとも思えないし。」
そんな想いから、思わず怒ったように大声をあげてしまう。
変に怒ってしまった私にセルスは優しく説明するように言った。
「昔のお前なら、リラとロイがこの地にいると知ったらすぐに何を捨ててでも会いに行く。そう思っただけだ。」
「え・・・、そう・・かな。」
『えぇ。』
ルキアの優しい声が賛同した。
それは捨てられるほどの物しか、抱えてなかったからではないだろうか。
そして今は確かに違う。私の感情一つで捨ててしまえるほど、簡単なものじゃない。
『会いたい、どこにいるの?・・・そう聞き返すかと思ってました。』
「ふふっ、そうかもしれないね。」
ルキアの言葉に、私は思わずそう言っている自分を想像できてしまった。
きっとアカンサスに来る前の私なら、そういうかもしれない。けど、今は違う。
「ここに来る前の私なら・・・、絶対に投げ出して会いにいってた。」
私が出会った幼い少女は、私よりずっと小さいのにその背に命を背負い、裸足で地を歩き、その命を支えていた。
それから私のドラゴンを好きといってくれたバンセルのお婆さんは、
足を怪我して、戦争に苦しんでいるのに私の事を元気付けて、笑顔にさせてくれた。
シュランの村の長老さんは、ドラゴンマスターに大事な人を奪われたのに、私に笑いかけて靴をくれた。
『今も、そうするんじゃないかと思った。』
アルの言葉はとても暖かく聞えた。だけど、そんなこと、私に出来るはずない。
もしもそう出来ない理由があるとするなら、出会ったたくさんの人が教えてくれた事だろう。
命を支えるという事の重さと苦しさを。
苦しくても、誰かを思う気持ちを忘れないという思いやりを。
憎しみを包むほどの優しさを持つことの素晴らしさを。
「この世界には、一つとして失っていい命なんかない。
私が今背負っているものは、果たそうとしていることは、すごく重くて難しいものだから。
私の感情一つで、人の命は幾つもなくなってしまう。」
この地にいるたくさんの人を守りたい。
おじいちゃんやお父さんにできた事、私も絶対に成し遂げてみせるという思いもある。
だけど、それよりも・・・私は私に出来ることをしたいから。
どれほど苦しい事なのか、分かっていて王を探すために空を飛んだ。
「命はちょっとのことで、すぐに消えてしまえるほど弱いものなの。」
ドラゴンの炎の混じる息ひとつで、腕よりもずっと細くもろい一つの矢で。
私やセルスのような子供の手から生まれる魔法一つだって、人を殺せてしまえる力を持つほど。
命は弱くて脆い。
「私達にはその命を奪えてしまうほどの力を持つ者として、その命を守るという責任がある。」
この国で出会った人、一人も失いたくなんてない。
「俺の眼の届く場所には、いないくらい・・・高い場所にいるんだな。」
「・・・え?」
「この国にきて、そんなにたくさんの事を学んだのか。
俺がのんびりとコントゼフィールで勉強しているあいだに・・・。」
「セルス?・・・セルスが何を言ってるのか分からないけど、確かにこの国に来て学んだ事はたくさんあるよ。」
そしてそれは、とてもかけがえの無い大切なものばかり。
そんな事を教えてくれた人達を放り出して、私の感情だけでは動けない。
『良いことを学んだようだな。』
「うん。・・・いつかセルスとアルにも聞かせてあげる。」
「あぁ。」
『楽しみだ。』
全てが終わったら、リラとロイに会いに行こう。
それからお父さんと一緒に、お母さんにも。
それも終わって、この国が平和になったら・・・もう一度ルキアと一緒にこの国を回りたい。
「トレスを王座まで送り届けて、この国が平和になったら・・・、皆にありがとうを言いに行きたい。」
生きることがこんなにも、大変で、苦しくて・・・でも素晴らしい事なのだと教えてくれた人達に。
ありがとうと、この気持ちを伝えたい。
私と関わってくれた全ての人に、ありがとうと笑って。
ねぇ、セルス。
貴方がその一人目になってくれる?
遠く離れていたぶん、感じていた想いを貴方に。