第93話 :セルス
未来は訪れた。
動き出すその瞬間を待っている。
「・・・トレスが王女」
静寂の中でツインが呟いた。そして急に左足を折りトレスに頭を下げ跪く。
ツインのその行動にゆっくりとルアーやジェラス、ブレイズも続けて跪いた。
「何のまねだっ!」
跪いた4人を見てトレスが怒鳴りつけるように言った。しかし誰も顔を上げる事は無い。
目の前で怒りを見せているのが、この国の王。俺が跪けないのは、まだ実感が無いからだろうか。
それとも、隣にいるコアがトレスの眼をじっと見つめたままだからだろうか。
トレスは一向に頭を上げようとしない4人から顔を反らしてこっちを見て言った。
「コア。お前は王を探して王座につかせるのだと言った。」
「うん。」
トレス以外の声が返事をする。
「セルス。お前はコアを助けるために来たんだよな。」
トレスはコアを見ていた目を俺に向けて聞いた。
「あぁ。」
「コア、私が王女なら・・・・・・・お前はどうするつもりなんだ。」
『私が王女なら』なんて、もうはっきりと決まっていることなのに。
トレスが王女だと知っても、コアは跪くことはないのだ。
「・・・トレスがしたいようにすればいい。」
光の中でトレスの母は言ったのだ。
『貴女には王族になってほしくない。あんな場所には立たせたくなかったのに。』と。
その言葉を聞いたトレスが、王座につくとは思えない。
「え?」
コアの言葉にトレスがマヌケな声を上げた。
コアだってそれくらいは分かっているはずだ。母の想いを無駄にするとは思えない。
しかしここでトレスが王座につくといわなければ、コアのこれまでは全て無駄になる。
この国も・・・あと何十年と争いを止める事などできないだろう。
それを考えても、コアはトレスに決定権を与えた。
「ていうかね、私決めてたの。」
俺の隣に立つ、白いワンピース一枚の幼い少女が笑う。
俺の眼に焼きつくその笑顔は、俺の一番好きな顔だ。
「その人に・・・王座につくか決めてもらおうって。」
強く何かを信じて笑える、彼女の笑顔は一番好きだ。俺と出会った時だって、彼女はそうだった。
今も変わらずに誰かにその笑顔を向けられる、そんな彼女だから俺はここにいる。
コアはきっと初めから王を見つけても、その人を無理に王座につかせる気なんてなかったんだ。
『世界の大きさ、知ってる?』コアの言葉はいつだって、人に未来へ進む力を与える。
「お母さんは怒るだろうな。私がコアと一緒に、王座を取りに行くなんて言ったら。」
だからコアの笑顔に笑いかえす者がいる。
「トレス!」
「お母さんが避けた場所を私が奪いに行くなんて、おかしな話だな。」
未来が始まる場所に、君はいつだって存在している。
それは未来へ動かす力を与えているのが、君だから。
「お母さんが避けた場所を変えたらいいの。素敵な椅子にすればいい。
トレスのお父さんが座った椅子に、トレスが座るのは当然だよ。」
「そうだな。・・・・・・・ツイン、ルアー、ジェラス、ブレイズ、顔を上げてくれないか。」
一人ひとりの名を呼ぶトレスが、とても立派に思えた。
まるで王が忠臣を呼ぶような、そんな空気があたりに伝う。
「王」
ツインが呟く。
その言葉にトレスはツインの前まで行き、しゃがみこんで言った。
「私の名前はトレスだ。そして私は王と呼ばれるほどの何かをしたわけじゃない。
・・・・・王と呼ばれるまで傍にいてくれないか?な?」
トレスはそういうとツインの手を引いて立ち上がり、俺達に笑いかけた。
「王座を目指そう。」
コアはトレスにそう言って笑いかけた。
「あぁ!」
トレスの傍らに、小さな紫の花が揺れる。
風の吹くこの森の奥の小さな家の前で、未来への道を一歩踏み出した俺達に笑いかけているように。
一瞬暖かな風が紫苑の花の隣に座ったように見えた。
そのことに誰も気づきはしなかったが、まるでその風はトレスを包むような温かな眼差しで見守っているようだった。
「母親も望んでいるようだ。」
賑わいを見せるその中で、ボソリと俺が呟くと隣に立っていたコアが首をかしげた。
それから俺の見ている方向を眺めて、小さく『ぁ』と声を漏らす。
それからこっちを見て、満面の笑みで言った。
「トレスのお母さんも、トレスが王座につく日を楽しみにしてるんだね!」
「あぁ。」
神風が作り出す魂の姿は、肉親に感じる事も見る事もできない。
しかしすぐ傍にいるのだという。なら、もしかしたらコアの傍を覆っている温かな風は
コアの母のものなのだろうか。
「コアのお父さん、生きてたんだろ?」
「え?うん!」
「どんな人だった?」
俺の質問にコアは少し考え込んで、また笑って答えた。
「おじいちゃんの息子なんだぁ、って感じの人!」
何の感動もないようなその言葉に俺は思わず笑ってしまった。
そして頭の中に転がっていた一つの名前を拾い上げた。
「フェウス・サーノット?」
俺の質問に今度は驚きの眼を見せて大きく頷く。
やっぱりか。そんな気持ちが心の中で呟かれた。
「何で知ってるの!?」
「・・・いや、なんでもない。なんとなくだ。」
コアの祖父は伝説のドラゴンマスターで、その息子は世界のトップに立ち、その座を自ら捨てた者。
そしてその血のしたにあるものが、俺の隣に立っているのだ。
「つくづく運命の神の存在を思い知らされるよ。」
「え?」
「なんでもない。」
未来へと踏み出した俺達は、これから誰と出会い、何を見る?
運命の神は俺達に、何を与え、何を奪う?
たとえこの道の先に待っているのが、出会いではなく別れであっても、美しい景色でなくても。
運命の神が俺達に与える物はなく、奪われてしまうとしても。
それでも俺達は進むんだろう。
今日と言う始まりの日の光を、その先に思い描いて。