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第92話 :トレス

怖いんだ。

その未来に何があるのか。


『ママ、これなに?』

『これはお守り。絶対に外さないで。分かった?』


幼い私にくれた、母からの最初で最後の贈り物。

分かった?と聞くお母さんの目は、真剣そのもので、その喜びも押さえつけられた。


だから外したくなかったのもある。だけど、そうじゃない理由もある。

私が恐れている。この指輪を外す事で、私が拒んだ未来があるんじゃないかと。


『トレスが怖いなら、外す必要なんてないと思う。』


そんな私にコアは平然とした顔でそういった。


『トレスが信じたいものを信じて、進みたい方へ進めばいい。』


その言葉がどれほど私を安心させて、力をくれたか。

コアの微笑みに私はゆっくりと指輪に力を加えて、薬指から引き抜いた。

その瞬間、眩いほどの光が辺りを覆った。その光に私は目を閉じて指輪を握った。

バサッと私の髪が降りた。顔を下に向けた私の横目に入った髪の毛の色に、私は自分の髪を握った。


「・・き・・ん?」


茶色のはずの私の髪は、金色に染まっていた。


「・・王族・・・」


ボソリ、そう呟いたのはツインだった。

その言葉に振り返ろうとした瞬間に私の手は急に熱を持ち、その熱さに私が手を開くと、私の手から指輪が浮き上がった。

空中に浮いた指輪は、ぼんやりと何かをかたどった光を放った。


「・お・・か・・あさん?」


その姿は何故だか、ずっと昔に死んだお母さんに見えた。


『指輪を外さないでと言ったのに、外したのね。』

「うん。」


これは魔法で刻まれたメッセージ、そう分かっていても私は返事をしてしまう。

涙がたまって、その光はぼやける。


『貴女には、あんな場所にはいてほしくない。』


お母さんの言葉は全く意味が分からなかった。


『私の愛した人は・・・貴女の父はアカンサスの王様。』


私さえ気づく事の無い魔法を、お母さんは指輪にかけて私につけさせた。

その魔法はきっと、私の金の髪を隠すための魔法と、この過去のメッセージを刻み込む魔法。


『貴女は・・・王女なの。』


私を見る母の眼が忘れられなかった。

どこか冷たくて、寂しくて、哀しみを映して。私を通して誰かを見ているようだった。

その母の眼が今・・・私を見ている。


『金の髪なんてアカンサスには王族のみ。貴女を・・守りたくて、その髪の色を隠す魔法を指輪にかけていたの。

貴女には王族になってほしくない。あんな場所には立たせたくなかったのに。』


ごめんと謝っても、そこに立つ光の母には届かない。

それでも私は涙を流して、心の中で謝った。どうか、許してと。


『貴女はいくつになったのかしら。私に似たの?それともクオンズ?』


お母さんが私を通してみていたのは、父であるクオンズ王だったんだ。

ならお母さんが欲しかったのは、大好きなお父さんとの生活だったのかも知れない。

そして私はずっと思っていた。

それを邪魔したのは私という存在なんじゃないだろうかと。


「お母さんは・・・私を生んだから・・愛した人と一緒にいられなくなったのか・・?」


私が恐れていた答えが、心を駆ける。

私が生まれることによって、大切な人との未来を失ったから、母は私を哀しそうな目で見ていたのか。


『貴女を守るために・・仕方なかったの。許されるなんて思ってないわ。

貴女を父親から引き離した事で、クオンズを恨んだりしないで欲しいの。』


母は私を産むことを選んだ。その選択は、間違っていたのかもしれないのに。

私が生まれなければ、お母さんは愛する人の傍にずっといられたかもしれないのに。

それなのに・・許してなんて、私がずっと言いたかった事を簡単に言ってしまうの?

生まれてきてごめんと言えないまま、貴女は私の前からいなくなって。

ずっとずっと謝りたかったの。愛する人との未来を奪ってしまってごめんなさいと。


「お母さん・・・。」

『貴女がお腹にいると知ったとき、私は何があっても産むと決めていたの。

けど、私の立場で貴女を産めば、貴女は必ず辛い思いをすると分かっていた。

だからクオンズにもそう説得して、彼の存在しない小さな村で暮らす事を選んだ。

だけど貴女を見るたびに、申し訳なくて、辛かった。私の所為で貴女は父を知らないまま育つのだから。

ごめんね、許して欲しいとは言わないから、どうか分かって。

私がどれほど貴女を愛していて、貴女以外はどうなってもいいから、あなたを守りたかったと。』


母が欲していたのは、愛する人との未来ではなく、私の幸せな未来。

そして母が紫苑の花が好きだったのは、あの花の色が王座の色をしていたから。

王様のことも愛していたけど、それでも貴女は私を産むことを選んでくれたの?


「私っ・・そんな・・・」


ずっとずっと、苦しかった。

愛されるはずなんて無いと思っていたから。恨まれて当然だと思っていたから。

お母さんから愛する人を奪った私が、愛されるはずなんて無かったのに。


『金の髪を恥じたりしないで。彼も私も貴女を愛しているという証なの。』


もしももっと早くに気づいていれば、私はお母さんに抱きつく事ができたのかもしれない。

母は私に謝りたくて、私は母に謝りたくて。

ただすれ違っていただけで、母は私を愛してくれていた。私も母を愛していたのに。

母が欲したのは、愛する人との未来ではなく、私の幸せな未来。

私が探し続けていた答えは、想像していた答えよりもっともっと幸せなものだった。


「トレスは王様の娘だったんだ。」


コアは驚いたようにそういった。


「知らなかった・・・。」

「トレスのお母さんは、トレスが傷つかないように自ら選んでここに来たんだね。」


ここに追いやられて、その理由となる私を恨んでいたのではなく、母は私を守るために自らここを選んだんだ。


『王座に座るべき権利、貴女はそれを持ってるから。それをどう使うかは貴女が決めて。

私はもう止めない。』


たった一つの指輪が未来への扉を開いた。

指輪を外す時、私達は未来を動かす場所へと立つ。


求めた答えはもう、私の手の中に。


だからもう立ち止まっているわけにはいかない。

もう守られるだけの存在じゃない。


未来を動かすために、進むよ。

お母さんが私を守ってくれたように、私も誰かを守れるように。

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