第91話 :コア
白竜が通った光の道筋と呼ばれるホワイトホープ。その名を与えた者たちに、恥じないようなマスターになれたらいい。
そう思う私にトレスは言ってくれた。“きっとなれる”と。私は願うの。
そんなトレスの心の中にある冷たいものが、いつか暖かくなりますようにって。
「あれがツインの家だ。」
「意外に小さいんだな。」
トレスが指差す先にある小さな家にブレイズが言葉を返す。それに頷きながらゆっくりと家への小道を歩く。
トレスの背は少しだけ大きくなったようなそんな気がした。村と言っても家が点々と立っているだけの集落で
ここでトレスは何を思って、何を見て、成長したのか。そんなことをふと考えていた。
私がそんな事を考えている間にも、トレスはズンズンと進み、家の入り口まで来ると立ち止まってノックをした。
「こんにちは〜。ミルさーん!」
トレスの大声がそのあたりに響く。その音に帰ってきた声は、木々と風の話し声だけだった。
私達は扉を唯一点に見つめて、集中していた。しかし、いくら呼んでも扉を叩いても、誰も出てきはしなかった。
「留守か。」
心の中での確信をトレスは呟いた。しかしそのトレスの言葉に、辺りを見回していたルアーが言った。
「いや、もしかするともういないかもしれないぜ。」
「どういうこと?」
確かに考えられない事は無いが、かなり自信気なその言葉に、私は首をかしげる。
すると目の前にいたルアーではなく、後ろに立っていたセルスの声がした。
「この道、あまり人は通ってない。それに、そこにある水道管は途中で割れている。
人が生活している気配はないからな。」
そう言われて足元を見ると、わずかに石の間から雑草がびっしりと生えていた。
人が歩いている道ならば、草は柔らかく倒れているであろうが、その草はどんどんと生長しそうなほどに真っ直ぐだ。
それにセルスの眼が見たほうを見ると、湧き水から引かれた管が途中で完全に途切れて、そこから水が溢れている。
「そんなぁ・・・。」
目を落とした先には小さな紫の花が咲いている。紫苑の花だ。
その紫苑の花が一瞬揺れたとき、紫苑の花を揺らした風にドラゴンの匂いがして私は顔を空へと上げた。
するとそこから薄紫のドラゴンが舞い降りてくると同時に、大きい声が響いてきた。
「そこで何してるんだよ!!」
私の立つ位置から見える景色に映るドラゴンは、堂々と羽を広げて舞い降りる立派なドラゴンだった。
そしてその背からチラチラと覗いていたマスターがある程度の高さまでドラゴンが降りると、急に立ち上がり飛び降りた。
「お前等、こんな所で何をしている!!」
地面に足をついたマスターの眼が、いるように私達を睨み付けた。
その目に少し怯みながらも、必死で食い付くが相手の男はかなりの怒りを見せている。
その男は鋭い目に白い顔で、それには似合わない茶色の短髪だった。
「お前・・・ツインか!!」
そんな冷たい視線の間をくぐりぬけてそう言ったのは、私の後ろに立っていたトレスだった。
そのトレスの言葉に驚いて私はトレスの方を振り返った。
その男もまたトレスの言葉に、睨み付けていた目を緩めて、緊張を解いた。
「・・・まさか、トレスなのか!?」
その声はさっきと打って変わって、明るく華やかな喜びを見せる声だった。
その言葉にトレスは大きく首を上下に動かして笑った。
「トレス!!」
「ツイン!」
まさかの感動の再会に、私やセルス、ルアーもジェラスもブレイズも驚きを隠せずに、口を開いて眺めていた。
二人はそれはそれは嬉しそうに握手をし、肩を抱き合い、笑いあっている。
まるでこの場所が不釣り間ということも忘れ、私達の存在でさえ消し去るほどに笑いあっていた。
「ツイン!お前、ドラゴンマスタ−になったのか!」
「あぁ。お前は、魔術師だな。なんとなく分かるよ!」
「ああ!国家魔術師をしているんだ。」
国家魔術師とは、公務の魔術師である。
つまりルアーやジェラス、ジェラスと同郷のブレイズと違って、他の国から来た者ではなく、元々この国で働く魔術師の事だ。
今は政治を導くものがあやふやになっているため、国家魔術師も色々な場所で働いている。
「あの・・・。」
「あ、あぁ!こいつがツインだ。・・・て、ツイン!!」
「なんだよ。」
「お前のお母さんに会いに来たんだ!」
チラリと二人を覗いてみせると、トレスは急いで本題に戻った。
しかしツインにはそのいきなりの質問の意図が全く分からないようで、は?と言葉を零した。
「私達、王を探しているの。それでそのことについて知っているかもしれない、貴方のお母さんを探しているの。」
「俺の母さんを?」
「あぁ、そうなんだ。おばさんはどこにいるんだ?」
「母さんは・・・死んだよ。」
ポツリと途切れるように、その言葉が響いた。
私達はその言葉に輝かせていた目を、一瞬にして暗闇に閉ざされ、足が一気に重たくなった。
「それ・・本当か?」
「あぁ。それで・・・俺もお前を探してたんだ。」
確実なはずだった未来が、一瞬にして消えてしまった気分だった。
しかしツインは目を輝かせて、そういった。
「私をか?」
「あぁ、よかった・・・。母さんがお前に伝えてくれと言ったことだ。」
答えはすぐ傍で、待っていたのかもしれない。
「その指輪を外してほしい。」
探し求めた答えは、すぐ傍で私達を待ち望んでいたのかもしれない。
「え?」
「“お前が指輪を外す時、待っている未来が来る”とか言ってたんだ。
母さんはお前の母さんから何か聞いていたのかもしれない。それできっとそんなことを言ったんだ。」
未来が来る、足音が聞えた気がした。
トレスは驚いて自分の付けている指輪を見ていた。そんなトレスにツインは続ける。
「それしか聞いていない。けど、きっとお前の求める答えもあるんじゃないかって言っていた。
それを伝えるために、お前を探していたんだ。」
ツインがそういい終わったように言うと、トレスはゆっくりと顔を上げた。
トレスが求めている答えに、トレス自身が恐れている。私にはそんなふうに思えた。
トレスの中にある冷たいものが、きっとその不安なのだろうか。彼女は酷く恐れているように思えてならなかった。
それでも探すと決断し、進むと決めた。その強さに私はとても尊敬していた。
「指輪は外してはいけないと母に言われている。」
トレスは指輪を触りながらそういった。その背中はとても哀しげで、苦しそうだった。
答えが何かなんて分からない。分からないから探す。分からないから逃げる。
人はいつもそうやって進み続けてきた。前進なのか、後進なのかは分からない。
それでも動かなくてはならないと感じて、動くのは求めるか、逃げるか。
求めることを選んだ人が、必ずよいことを得られるとは限らない。その気持ちが最後になって立ち止まる理由になることもある。
進んできたのだから、戻る事はしたくない。しかし、いざとなって進む事も出来なくなる。
もしかしたら今のトレスはそうなのかもしれない。
「指輪を外せば、お前が探すものが見つかるかもしれないんだぞ?
お前はそれを探すために、あの日からこの森を出て探し続けたんだろう?」
それを誰がいいなだめてみたところで、自分が決めなければ一歩も動けなくなる。
そんな時、周りの人にできる事は見守る事だけなのだろうか。
「あぁ。・・・けど、この指輪を外すなって言われてるから・・・。」
分かっている。誰が何を言ったところで、本人が決めて行動することくらい。
だから反対はしないけど、立ち止まる事は良くないと思うから。
「トレスが怖いなら、外す必要なんてないと思う。」
私の口からようやく出たのは、その緊張した空気を一瞬にして砕いた。
皆が私を見て、驚いている。
「だけどもしもトレスが外すと、自分で答えを求めるなら、私は頑張って支えるよ。
トレスが不安に思っている答えがあっても、私頑張って支えるから、ね?」
私にできる事はそれくらいだ。
でも嫌ではない。悔しいけど、仕方ないと分かっているから。
今までだってそうだった。白竜のマスターだからといって、できることなんて人よりも劣っているし、力もない。
それでも自分にできる事をしたら、それは力となって帰ってくる。そうわかってるから。
「コア・・・。」
振り向いたトレスの眼が、ほんの少し不安を消して微笑んでいた。
「トレスが信じたいものを信じて、進みたい方へ進めばいい。」
答えはすぐ傍で待っている。でもそれがいついかなる時も、幸せだとは限らない。
それでも人は求め続けるの。願いとその答えを。
不安と希望は矛盾して成り立っている。その中で決断し、進む。
平気だなんて笑いながら、心の中で悩み続けて、後悔しながら、進んでいく。
私もそうだったから、分かるの。
ルキアとの契約さえ後悔してしまう時がある。それでも進むと決めた。
たった一つの願いを、答えを、求め続けると決めたの。
「外す。」
傍に支えてくれる人がいる。そう思うと進める、どんな決断でもできてしまう。
だからトレスにもそう思って欲しい。支える私という存在を頼って欲しい。
だから大丈夫。答えはすぐ傍で、微笑んでいるから。