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第90話 :トレス

『お母さんが欲しかったのは、何?』

いつか、私は母にそう問いたかった。


あの日はまだ、母の奥に隠されたものに恐れて聞くことなんて出来なかった私はいつか、聞きたかった。

母が本当に欲しかったのは何なのか。私が生まれてしまうことによって失ったものは何なのか。


「ここが私の村だ。」

「静かだね。」


息を吹き返した森をゆっくりと皆を連れて歩く。私の言葉にコアが短く返す。

その言葉一つに安らぎを覚えてならない。彼女が傍にいるだけで何故だか私はとても強くなれるような気がした。

今なら、皆がいる今なら、彼女が傍にいる今なら、母にあの事を聞けるだろう。

しかし、母はもう私の質問に答える事なんて出来ないから。

その代わりのように紫の花が小さく首を揺らして私を迎えてくれていた。


「ほら、アレが紫苑の花だ。」

「あの紫の小さいやつ?」

「あぁ。」


私が指差す先に咲く、紫苑の花を見つけてコアは私の隣の場所から花へとかけていく。

その姿を見たセルスの目はどこか愛おしそうな目をして、コアの背を見ている。

その目はどこか母に似ていた。


「綺麗」


コアの言葉が真っ直ぐに私に届いた。母もコアと同じような目をその花に葉向けていた。

その目は決して私に向けられる事のなかった目。それが羨ましくて仕方なかった。

私には向けられる事のない目を向けられる花はいつだって、何も言葉を返す事もなく母を見つめて揺れていた。

あの花になりたくて、なりたくて仕方なかった。


「王座の色をした、花。」


私には愛おしい目を一度たりとも向けてくれたことの無い母だった。

だけど、私はそれでも大好きだった。母を愛していた。

ただ、本当に欲しいものを捨ててでも私を生んでくれたのではないかと浮かれていたから。

しかし、母が死んでから私は後悔の日々を歩み続けていた。

私は仕方なく生まれてきたのではないかと。母に選ぶ権利は無くて、仕方なく私を生んだのではないかと。


「この花、トレスに似てるね。」


コアの言葉が心をゆっくりと悲しみから溶かしていくのが分かった。

欲しい言葉をいつだって与えてくれる。不安で不安で仕方ないのは今だった同じ事。

大好きだった母がもしも私を生むかどうか選ぶ事ができたなら、私はここにいなかったのかもしれない。

そして母は、幸せを両手に抱えて笑っていたのかもしれない。


「ど・・こが・・?」


その花に私は似る事ができたのかな。少しでも近づけたのかな。

母が愛したその花に、なれたらいいと願い続けた私の願いは叶うのだろうか。


「んーっと。なんか、一途に誰かを思う感じかな。どんなに辛くても誰かを思い続けてる感じ。」

「なんだ・・・それ。」

「何となく分かるような気がするな。」


セルスがそれにあわせるように口元を緩ませて言った。

それからブレイズとルアーが軽く頷いてみせ、その隣でジェラスが立っていた。

紫苑の花にだけ母は笑いかけて、それはそれは幸せそうだった。母が死んだとき、それを思い出して思った。

私を生み彼女はきっと後悔し続けて生きてきたんじゃないかと。

そして私は母が欲したものを探すために魔術師になり世界を回ろうと決めた。


「お前が心配する事は何もないんじゃないか?」


風が吹くように、隣でそういったのは私と背の変わらないブレイズ。

心配なんかしていない、そう言いかけて私の顔は俯いた。

私が求める物もまた、母が欲しがった物のように手に入れることはできないのだろうか。

それを手に入れることが出来ないのは、今の私では無理だからじゃないだろうか。

ふわりと揺れる紫苑の花が私にそう語りかけた気がした。どうしても憎めない。

母が唯一笑顔を向ける花を、私は憎む事なんてできなかった。


「王を探そう。」


その花の言葉がどこか心の奥のほうへと響いて、私は落としていた顔をスッと前へ向けた。

物語は動いている。森が呼吸をし始めて、私はまたこの地を踏んで。

今の私に母が欲しかった物は見つけられないなら、進めばいい。今の私から進んで、次の私になろう。

だってそうだろう?


「トレス?」

「私達にすべき事はたくさんあるんだ。立ち止まってる時間なんて、今は必要ないだろ?」


人は進まなければならない時だけを持って生きているわけじゃない。時には歩かなければ進めない時もある。

そして立ち止まり振り返らなければならないときも。休むべき時間さえあると思うんだ。

そんな私達が歩くべきか走るべきかは分からない。ただ、今すべき事は休み立ち止まる事ではないはずなんだ。


「そうだね!」


今の私から進んで、次の私になる、なれるんだ。

あの日の私には聞くことの出来なかったことを、確かに今なら聞けるよ。

『お母さんが欲しかったのは、何?』

答えは返ってこないから、私は探すと決めた。あの日の答えとなるものを、見つけたい。

それだけなのか?とそう聞かれたら、はっきりと頷く自信はない。だけど、せめて探していたい。


「トレスの知り合いなんだよね。」


あまりにも真っ直ぐなコアは、いつだって私の背中をピンと伸ばしてくれる。

その目にはもう何の曇りも無いようだった。屈託の無い瞳に、諦めを知らない言葉。

その右手にはまた痛々しい包帯をするコアは、私達の眼を疑わせるほどに元気に笑いはしゃいでいる。


「あぁ。」

「男か?」


セルスはその隣で聞いてくる。きっとコアの眼を晴らしたのは彼だろうと思った。

コアの眼は母に似ていた。母もまた、目の奥を曇らせて。しかしその曇りを掃う人は誰もいなかった。

傍にいる私がその人になれたらよかったのにと、後悔は襲うが今はただ進むしかない。


「ツイン・クール」

「ツイン?」

「あぁ。ツインの母は王族に仕える者だった。あいつ父を見た事はない。

何よりあいつの髪は、絹のように美しい金の髪だった。」


夕方の太陽が傾くと森の木々が赤く光を放つように森を照らしていた。

昔ツインを母に会わせたとき、その髪の色をみて驚いていたのを覚えている。

それから母はツインの事を気に入っているように見えた。笑顔を向ける事はなかったが、私は何となくそう思った。


「私も金の髪をしていたなら・・・」

「ん?何か言ったか?」


夕日を見るとどうしてこんなにも切なくなるのだろうか。

その切なさに押し潰されて出てきた私の言葉を聞いたブレイズが首をかしげている。


「いや、何でもない。」

「そうか?」

「あぁ。ほら、もうすぐホワイトホープが見えるぞ!」


ゆっくりとでも着実に傾く太陽が空から消えたとき、パンと一瞬弾けるように白い光がこの地上を照らした。

その光に私は目を閉じて、両手を握る。白い光は願いを叶える幸せの光。

その言葉は、1つの言い伝えから来ていると聞いた事がある。ホワイトホープの光に私は運命を感じていた。

母の欲したものを捜す私の目の前に舞い降りたのは、白い光のようなドラゴンを操る伝説の少女コアだった。


「トレス?お前本気であんなの信じてんのかよ?」

「ブレイズは信じてないのか?」

「あんな子供騙しみたいな話、信じてるわけないだろ!」


そんな馬鹿にしたような声に私は思った。今はもう、信じずにはいられないんだ。


「私は信じてるよ!」


コアの声にブレイズがまた笑う。コアと出会って、信じずにはいられなくなったんだ。

ホワイトホープは、白い光が願いを照らすという意味でつけられた。

人々は何故白い光が願いを照らすと思ったのか。その根源には白竜の伝説があるのだと母から聞いた事がある。


「お前は思わないか?」


急にジェラスがブレイズに向けてあざ笑うかのように言った。

私はその言葉に続けて言う。


「あの白い光はまるで・・・・」


白竜が空を飛ぶ時、人々の下に幸せが舞い降りる。

太陽が放つあの光はまるで、白竜が空を翔けた後の道のように見えるため人々は


「白竜が通った光の道だと。」


白い光が幸せのドラゴンが通った後の光、つまりあの光は人を幸せにする、願いを照らす光なのだと信じて名づけた。

セルスがそういうと、私達はブレイズの顔を伺いながら笑った。

そしてそのホワイトホープの根源がここにいる、コアが契約したドラゴンなんだ。


「あぁ・・・そうか、それなら信じられる気がする。」


ホワイトホープが世界を照らすように、コアが私達の願いを照らし、この国の幸せを照らしてくれた。

探し続けた答えへの道が、彼女が照らす光によって姿を見せ始めたから。

あの時私の元に舞い降りた彼女が、私を諦めさせずにここまで連れてきた。

本当はここに来る勇気さえない私を、諦めた森を生き返らせたように歩ませて、進ませた。


「そんなマスターになれたらいいなぁ。」


コアの微笑みに私は頷いた。願いを叶えられるのは、願う者だけ。

しかしただ願うだけではだめなのだ。進もうとしなければ、掴もうとしなければ、願う事に意味はない。

私の矛盾した願いも、叶うのだろうか。母の欲しかったものを見つけたとき、私の願った物は消える。

私はその恐怖に踏み出す事を出来ずにいた。その恐怖は今だって消えたりしない。


「きっとなれる。」


しかしそれは私だけのことじゃない。

コアやセルス、ブレイズたちもその恐怖を知りながら進んでいるんだろう。今なら分かるんだ。

コアがどうしてドラゴンを嫌うシュランの村に、自ら足を踏み入れようとしたのか、できたのか。

怖くないわけ無いのに。彼女はそれでも笑って進んだ。その理由が今なら分かるんだ。


人は何かを願うとき、恐怖を抱えているんだ。

けれどその恐怖に立ち向かおうとした者だけが、その願いへ近づく事ができる。


お母さん、貴女は何に恐怖を覚えながら、何を願ったのですか。

私はその答えを探すと決めた。たとえ私にとって哀しい事実が待っていても。私の願いが途絶えてしまっても。

貴女が私を生んでくれたという事に、私は賭けるんだ。


もしもお母さんの願った物が、私が奪った物だったとしても。

伝説のマスターの隣で、私は成長した。だから進むんだ、答えへと。

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