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第84話 :セルス

空を飛んで南の村シュランの村へ着いた時、村人は俺達に異常な目を向けた。

それは覚悟していたはずの眼ではなく、何か他の事に恐れているような眼だった。

そして俺の前に現れた老婆は言った。戦いがすぐそこまで迫ってきている、と。

そして教えてくれた、たった一匹の白竜に乗り、幼い少女がその戦いを止めるために空を飛んだことを。

そしてそこへ向かったとき、既に戦場は静まり返り彼女は体を重力のままに地面へと倒れた。

久しぶりに見た彼女の顔は、傷だらけで、ボロボロの寝顔だった。


「いいんですか、コアちゃん。折角会えたのに、ドラゴンとばかりいますけど。」


戸口から2人の様子を見ていた俺に、ゆっくりとそう声をかけたのはマティスだった。

行って欲しくはなかったけど、きっと行くだろうとわかっていた。

傍にいて欲しかったけど、彼女はきっと一目散にルキアを抱きしめに行くだろうと思っていた。

それでも、そんな彼女だから好きだったから、俺は行かせた。


「男の嫉妬はみっともないからな。」

「やけに聞き分けがいいですね。相手はドラゴンだからですか?」


嫉妬する相手がルキアだから、俺はこんなにあっさりと手を引けるのだろうか。

いや、違う。もしもルキアが心配している事を知りながらも、

俺の傍にいるというコアなら、俺は好きになんてなってない。


「はは。俺はドラゴンに恋するあいつを好きなんだ。」

「・・・何ですか、それ。」


負け惜しみでしょう、とマティスが呟いたがもう口を閉じた。

月明かりの野原で、白いドラゴンを愛する少女が笑っている。俺はそんな彼女を愛しているから。

負け惜しみでもかまわない、それでも俺はドラゴンに恋するあいつが好きなんだ。


「この国の王はとても綺麗な人でした。」

「は?」


戸口に吹く風よりも小さな声でマティスがそういった言葉に、俺は急いで聞き返す。

するとマティスが入り口にある石段に静かに腰をかけて二人を見ながら言った。


「とても綺麗な金糸雀のような髪で、眼は黒い闇を司るような色。

それは綺麗な王でしたよ。もしも王の血を継ぐ子供がいるのなら、さぞ綺麗な髪でしょうね。」

「・・髪・・・か。」

「さっきブレイズから聞きましたが、この国の正妃の間に子はなく、

そのかわり側室との間には確かに子供がいたそうですよ。」


マティスはそのことが書かれた紙を俺に渡した。

茶色い紙には、この国の最近の出来事や、王の肖像画、宮女の名前から王家に関係する全ての事が書かれていた。

この3日で、マティスはこれだけの事を探すために空を飛び続けていた。


「王探し、か。」

「あの子、王じゃないのですか。」

「コアが?・・・あいつは違う。主の眼をするのはドラゴンの前でだけだから。」

「そうですか。」


コアと初めて会った時から、ずっと彼女の中にある弱さに気づいていた。

彼女は強く、清らかで、真っ直ぐで、曲がることも、しおれることさえ知らない花のよう。

しかしその眼のおくには、小さな闇が隠れていることに気づいてしまった。

あの小さな体で、誰にも見えないように闇を抱えている眼だった。

きっと触れようと思えば触れられた。それでも俺は触れなかった。

弱いんだ、あいつは。とても弱くて、脆い。もしも壊れてしまったら俺は元に戻す自信がない。


「ルキアが強く見せるんだ。」


彼女は確かに強くて、自分ひとりで何でもしてしまう。

ルキアを探しに行くのだって、ここに来るのだって全て自分で決めてしまうほど彼女は強い。

けど、俺にはその強さで弱さを隠そうとしているだけに見えた。

だから強がるなといいかけて、その言葉で彼女を傷つけそうで俺は黙り込む。


「そうでしょうか。私にはどうも、彼女は貴方の前だから強くしているようにしか思えません。

大好きな人の前では誰しも強くありたいと思うものですから。」


マティスは少し哀しそうな顔をして、そういった。

俺の足元を見るその眼は、ずっと遠くを見ているようだった。

こいつはプレンティの前で強がっただけで、本当は少し後悔しているのかもしれない。

けど、こっちに来る意志は確かにあった。だから弱音を吐いたりはしない。


「そういうもんなのは分かってる。けど、見せて欲しいと思うから来たんだ。」


もう、逃げたくないと思った。彼女の傍にルキアが現れてから、彼女はもっと強くなった。

その強さに俺でさえ、彼女の弱さを見失うほどに、スッポリと彼女の弱さを隠してしまった。

もしこのまま隠し続けたら、いつあいつは疲れたといえる?苦しいといえる?

俺は触れたい。あいつがどうしてあそこまで、人の存在にこだわるのか。

誰かがいなくなるのを、どうしてあそこまで恐れるのか。命が目の前で途絶えてしまう事を苦しみ続けるのか。

どうしてあそこまでして、誰かを助けたいと思えるのか。


「強くさせるのと、弱さをなくすのとは違う。ルキアはあいつを強くさせる。

けど、それはあいつが無理に強くなってるだけで、結局あの日からあの眼の奥は何も変わってない。」


そう、何も。彼女に出会った、あの日。

あの日のまま、何も変わらない笑顔と、暗い闇を抱えた明るい光を映す眼がある。

もしも人が本当に強くなれるのだとしたら、

それは自分の弱さを認めて、それでも得たいものに向かっていけるときだと思う。

隠して求めるのではなく、誰かに私は弱いのだと言いながらも諦めずに頑張るときだと思うんだ。


「風、気持ちいいな。」

「えぇ、そうですね。2人ともとても楽しそうです。」

「あぁ。」


遠くには白い羽を揺らすルキアの傍に、月明かりに照らされる少女がいる。

今度彼女と2人になったら話そうか。

彼女の心の中にずっとあった小さな恐れについて。俺が触れることを躊躇い続けた彼女の冷たい感情について。

そしていいたい。君はそれを知ってでも得たいものを得に行くか、と。

きっと彼女は言うんだ。うん、と。

それは小さな声かもしれない。だけどもしかしたら、当たり前だと笑うかもしれない。


彼女は俺にとって未知の生き物だ。

何も分からない。全てが未知の生き物。

強そうなのに、泣き虫で。弱そうなのに、真っ直ぐで。


いつだって俺を魅了してやまない、唯一の存在。

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