表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/136

第81話 :ルキア

雨が降って地面の炎は消えて、雨が止んで低く暗い雲の合間からは光が覗く。

そんなこの世界を強く輝く光の魔法が、全ての者に終わりを告げた。


「・・終わっ・・・た・・・?」

「終わったのか・・?」


人々はポツポツと呟いた。

あの真っ赤な血が流れる右手を翳して、彼女は白い光の魔法を放った。

その光は赤の光と混じりあい、その光を払いのけてこの世界を眩く照らした。

その光が消えて、世界が目の前に現れた時、その目の前の景色から赤のドラゴンと人間が地面に落ちていくのが見えた。

それを私の背中から見たコアは、ほとんど全ての力を使い果たしているはずなのに、まだ手をかざして小さく呟いた。


「風の神よ・・精霊・・よ。彼らをゆっくりと・・・地に下ろして・・・ウィンディー・・・」


その力ない言葉に、止めてと言ってしまいそうになった。

その残りわずかな魔力で魔法を発して、ドラゴンとそのマスターを優しく地へと降ろす。

するとコアは弱弱しい声で、降りてと私に囁いた。

その声にしたがって地面にゆっくりと降ろすと、コアはその小さな体を私の背中から下ろして、とぼとぼと歩いた。

彼女が歩いていく方向には、老人に近い赤竜のマスターと、その後ろには大きな赤竜がいる。


『コア・・・?』


私の声に振り返ることなく、少女はただゆっくりと静かなその場所を歩いていく。

コアの光でベーレ家の軍は力をなくして、唯その場に座り込んでいた。

そして空を飛ぶ魔術師やマスター達も力なく、一人で歩く少女を眺めている。

コアはその視線が集まる静かな場所を一歩ずつ、ない力を精一杯に振り絞って歩いていた。

その足が赤竜のマスターの横を、スッと通り抜けて、まだ進んだ。


「・・・ごめんなさい。」


コアが小さくそう言って止まった場所は、赤いドラゴンの前だった。

ドラゴンはコアの声に思い首を小さく動かして、その目にコアの姿を写した。

その赤いドラゴンの頬に小さな手が触れて、震えた声がもう一度はっきりと響いた。


「ごめんなさい。」


彼女の足元にポタリと何か水滴が落ちた。私に背を向けて立つコアがとても悲しそうな声を上げている。

その水滴は涙である事を誰もが気づいた。


「・・貴方の大切な人を・・・・傷つけた。」


赤竜は何も言わずにその少女を目に映していた。そのドラゴンにコアは小さく小さく呟いた。

その小さな小さな声でさえ、静かに響き渡るほど、あたりは静まり返っていた。


「こんなつもりじゃなかった・・なんて言い訳はできない。

貴方の大切な人を傷つけて・・・・・こんなつもりじゃ・・・。」


こんなつもりじゃなかった、それはコアの心にある本心だと私は知っている。

彼女はただこの戦いを終わらせたくて、彼を捕らえたくて、人を守りたくて、光を放っただけ。

その光に負けてしまった彼等は、傷つき力を失った。

そしてもうすぐ、赤竜のマスターの命は途絶え、ドラゴンは静かに鼓動を止める。


「ごめんな・・さ・・いっ・・!」

『コア・・・』


何も誤る事なんてない。コアはただ、大切な人を守りたくて、戦争を終わらせたくて、

ドラゴンにこれ以上人を傷つけさせたくなくて、光を放っただけ。

人の感情とはとても小さなものだが、時にとても大きな影響を与える。

たった幾つかの願いが、大きな思いを生めば、世界はその大きな思いによって大きく変えられていく。


「貴方のマスターを・・傷つけてしまって・・ごめんなさい。

綺麗な赤い肌に、たくさんの傷を与えて、痛みを与えて、ごめんなさい・・・。」


何度も何度も謝りながら、少女は涙を流し続けている。そのコアの姿を赤いドラゴンは静かに見ていたが、

コアがその場に座り込み、小さな手で顔を覆って泣き声を上げたとき、口を開いた。


『そなたは何も悪くはない。』


ベーレとハデスはこの大きな土地を自分の物にしたかっただけ。

ここに争いに来たものは、手柄を上げたかっただけ、主の役に立ちたかっただけ、大切な人を守りたかっただけ。

私はコアを守りたかっただけで、コアも私や大切な人を守りたかっただけ。

傷つかないために、傷つけあってしまっただけ。

そんなたった幾つかの願いが、大きな思いを生んで、世界は動く。


「私はっ・・」

『白竜が悲しそうな目で見ている。ドラゴンを哀しませるものではない。』


落ち着いた静かな声がコアに降り注ぐ。

そのドラゴンがチラリとこっちに目を向けた。その目はとても温かく、穏やかだった。


『白竜が選ぶマスターの眼は、とても綺麗だ。だから、その目を涙で曇らせないで、こっちを見てくれ。』

「・・・」

『いいか、白竜遣い。私はあの主と誓った事を間違いだとは思っていない。命の終わりが、どんなものであっても。

我が主がこれ以上命を殺める事のないように。私はどこかでこうなる事を望んでいたのかもしれない。』


コアは泣くのを止めて、またそっとそのドラゴンの頬に手を当てた。

それから震える声で言った。


「その望みを叶える方法なんて・・たくさん・・たくさんあったのに・・っ。」

『けれど、そなたは何も悪くはない。私は彼に仕えて幸せだと思った時もあった。もうずっと昔の事だが。

それでも誓った事を悔やみはしない。こうなってよかったんだ。』


誰もその光景に言葉を足さなかった。

時間だけが音も立てずに過ぎていく。空は暖かく雲が開かれ、風が吹いている。

コアの小さな願いが、たくさんの人の小さな願いが、強い思いを生んで、世界は動いた。

かすかな風が空の雲を動かし、この地に光を舞い込むように。

赤竜はそれだけ言うと、首をもたげて静かに目を閉じた。その赤竜からコアはそっと手を放した。

その眼からはまた涙が溢れている。


『この世界を変えてくれないか。次目覚めて、もう一度彼と契約を誓っても、同じ事が二度と起こらない世界に。』


それが最後の言葉だった。赤竜はその言葉を最後に眠った。

その体からは赤い魂が主である男の体にスッと溶け込んで、その男に赤い羽根を与えると一瞬にして消えてしまった。

何の音もないこの場所に風が優しく吹いた。コアの右手からはまだ止まることなく赤い血が地面へ落ちている。

穏やかな顔で眠る主に沿うように、赤竜が眠っている。


ドサッ”


静かなこの場所に1つだけ、音がした。


『コアっ!!』


そう音を立てて倒れたのは、魔力を使い果たし、血をたくさん流したコアだった。

私は急いでコアの前に駆け寄った。その顔には涙のあとがいくつもついている。

こんなに小さな子が、この戦争を終わらせるために戦うのか。私はその頬にそっと顔を近づけた。

そしてこうやって涙を流して、世界を動かしていく。

たった小さな願いだけで、世界はここまで動かせてしまう。伝説のドラゴンマスターになる少女。

彼女の眼の奥にあるものは、いつだってドラゴンである私や赤竜を魅了してやまない。

それだけではなく、彼女の周りにいる人間の心さえも突き動かすほど強い心を持っている。


『世界に無関係で生きていくことなんて、無理なんですよ。』


きっと赤竜はそう言いたかったに違いない。コアは目覚めたらきっと、伝説なんていらないと言うだろう。

この世界に関わりたくはないと、涙を流して悔やむだろう。

そんな事にならないよう、赤竜は言った。“この世界を変えてくれないか。”と。

きっと伝えたかったんだ。生きている限り、小さな願いを抱き、強い思いを抱えて、人間は愚かにも世界に関係するのだと。

だから、諦めてはならないんだ。赤竜のためにも、その小さな願いを捨ててはならない。

コアが目を覚まし、この世界をその眼に映したら、初めにそう言おう。

そう思ったとき、空の端から小さな音を立てて何かがこっちへ向かって飛んできた。


『まさか・・・』


ほんの小さな願いを諦めずに願い続けて、その強い思いを持ち続け、そうやって生きている人間は、いつか見つける。

願う事がもつ意味と、その素晴らしさと、そしてこの世界に生きていることを。

叶うか叶わないのかではなく、願い続けるか諦めるかで、得られるものは変わる。

そして叶っても、叶わなくても、世界は常に動き続け、その世界に関係して生き続けるのだと気づくんだ。


「コア――――――――」


だから世界を飛び続けようと、彼女に微笑んであげよう。

彼女が映す世界には悲しみも苦しみも数え切れないほどあるけれど、

この世界と関係し続ける事と、生き続ける事の素晴らしさを教えてあげよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ