第7話
「やはり、あの子はきませんね。」
「ドラゴンの登録もまだ済んでいませんし。」
「・・・仕方ないですね。今回、彼女だけですね・・・退学。」
試験会場はざわついていた。何十人の審査員と何百人の生徒がドラゴンと共に集まる。
そのざわつきの中で、幾人かの教師達は一枚の紙を見ながら話していた。
「ドラゴンマスターには、向いていませんよ、彼女。成績も悪いし、実践訓練もほとんどできませんでしたし。」
「それに試験官への暴言付きですからね。」
マスターズスクールの先生達が観客席で口々に言った。
「あら、そうかしら。・・・彼女は、郡を抜くマスターになるわ。」
その声たちが一段落した時、その教師達の一段上の客席に座る女がそう呟いたとき、風の流れが変わった。
その瞬間、ざわつく音はピタリと止み、風の音だけが舞う。
(バサッ)その場にいた何百人新しいマスター達の目に映ったのは、
その風を生み出し舞い降りる、幻の白竜と、その背に乗る小さく幼いドラゴンマスターの姿だった。
「先生―!」
その少女が白竜の背中から飛び降りると、枯れた声を上げながら、少女はボロボロの姿で元気に走ってくる。
「まだっ、間に合いますかっ!?」
「えぇ。ぎりぎりね。」
マスター・リースが笑って答えると、コアは安堵の息を漏らした。その姿にリースは微笑んで、土埃を掃って、言った。
「なんて美しいドラゴンかしら。彼女が、貴女のパートナー?」
リースの《パートナー?》という言葉にコアは嬉しそうに笑って答えた。
「はい。」
「そう。素敵ね。」
「はい!」
コアはここに来るまでルキアの背に乗っていた。
その背から森が下を滑っていくのを見て、遮るもののない空を感じて、雨にぬれながら来た。
雨がコアとルキアを濡らした時、コアはルキアの体から泥が落ちていくのを感じて、ゆっくりと真の美しい白い肌に驚きの声を上げた。
そして思った。まるで、あの時おじいちゃんと一緒に空を舞っていた、あの白いドラゴンのように、美しいと。
「間に合ったよ。ありがとう、ルキア。」
『それは良かったです。』
優しい声を放ち青く澄んだ目が、コアを映す。
その姿はすっかり白竜で、森の置く深くで眠っていたあの茶色の肌が急に白のペンキで塗り上げられたように、浮き立つほど美しかった。
「コア!!」
黙り込む人ごみの中から、大声でコアの名を呼び、セルスが走ってきた。
「セルス〜!」
何日ぶりかに見るそのセルスの姿にコアは、また格好良くなった気がする。と思いながら抱きついた。
(ぎゅっ)いつもなら自分が抱きしめるだけで、《重い》と避けるセルスの手がそっとコアの背に回ると、コアは驚いて声を上げた。
「セ、セルッ・・・?」
きつく抱きしめてくるセルスの胸から顔を上げてコアが名前を呼ぶ。
いつもなら、重いとか、苦しいといって引き剥がされるのに。そう疑問に思いながらも、セルスの胸にもう一度顔を埋めた。
『彼が、素敵な男の子ですか?』
ルキアがその隣で静かにきいた。ルキアの眼に映るのは、コアよりも背が高く、
顔が整っていて、コアよりもずっと明るい髪の色をした少年が、コアをギュッと強く抱きしめている景色だった。
その少年に抱きしめられているコアの顔がなんとも幸せそうで、ルキアはその瞬間にコアの想う人が分かってしまった。
そして分かりきっている答えをコアはまた嬉しそうに答える。
「うんっ!」
「コア・・・。」
その言葉に少年は一瞬愛おしそうな目をコアに向けると、
自分に抱きついてはなれないコアを一気に引き剥がして、誰もが一歩引くほどの大声を上げた。
「何が素敵な男の子、だ!ふざけるな、このバカ!手伝うと言ったのに、何をしていた!?どうして、1人で・・・」
急に怒鳴ったセルスの声にコアはギュッと目を閉じ、耳を小さな手で塞いだ。それから恐る恐るセルスを見つめて、耳から手を放した。
その説教の意味をコアはしっかりと分かっていた。セルスは自分を心配してくれていたのだと知っていたコアは、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。」
その姿にセルスはまだツンと意地を張って、聞き入らないような様子を見せている。その様子を見てコアは頭を上げると、小さく笑って言った。
「1人でしなきゃ意味ないことだったから。手伝ってもらうわけにはいかなかったの。」
セルスだって、本当は分かっていた。それは決して今回に限ったことではなかったからだ。
いつだってコアは勝手に動いて、セルスは彼女のいなくなった部屋に足を踏み入れ、
抜け殻になったその部屋で、また彼女が戻ってくるまで心配し続けて待っていなければならないのかと諦めのため息を漏らしてきた。
「・・・はぁ。いつもの言い訳どおりだな。まぁ、無事だからいい。」
セルスはそう言うと、白いマントを風にさらされ、土まみれのコアの肌に覆いかぶせた。
「リラも、心配していた。」
「うん。」
返事をするコアの隣にいる白いドラゴンを見上げて、セルスが言った。
「立派なドラゴンだな。」
伝説の白竜。この世で最も気高い生き物だったと言われ、幻の白竜と謳われる生き物。
セルスはその姿にそれ以外の言葉が思いつかず、その心のままにそういった。
「でしょ?」
嬉しげなコアの声に、セルスは小さく頷いた。すると上から綺麗な声が二人に響いた。
『ありがとう。』
真っ白で、汚れを知らないその翼は、それはそれは綺麗な風を生むのだろうとセルスは心を躍らせた。
この世界にはもう白竜はいないと言われていた。
一匹の白竜がこの世界から姿を消したあの日から、この世界には白竜は滅びてしまったと知れ渡っていた。
そしてコアはその白竜とマスターを見て、ドラゴンマスターを目指していた。
それはセルスだけでなく、リラもロイも知っているほどの意志で、
その彼女が目指すものは唯のドラゴンマスターでないことも彼らは知っていた。
だからその幻の白竜に、セルスもリラもロイも他の人間ほど驚くことはなく、
それはごく自然なことで、まるで決まっていたことかのように受け入れていた。
彼女なら、幻の白竜さえも、契約させてしまえそうなそんな気がしていた。
そしてその予感はただ、結果へと姿を変えただけでしかなかったのだ。