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第76話 :コア

ブスッ”


鈍い音が体に響いて、それと同時に考えられないほどの痛みが右手を襲った。

一瞬意識が飛びそうになったのを、ギュッと目を閉じて堪える。


『コアッ!!』


私がしてきた約束は決して簡単なものじゃない。

そのたった一つ一つに重く圧し掛かる想いがある。村を守るという約束には、村の人全員を守るという想いが。

ルキアとの契約には、ルキアを守るという想いとルキアの求めるものを与えるという想いが。

その約束を私は、たったの一つだって破るわけにはいかない。

そう思うと、私は自然に飛んでくる矢に向かって右手を伸ばしていた。


「・・っっ・・ぅっ・・っ・」

「矢がっ・・矢がっ・・・・手に・っ!!」

「お姉ちゃんっ!?お・・姉ちゃ・・んっ!」


鈍い音と痛みは、私の右手に勢いよく突き刺さった。

右手に与えられた痛みの大きさに、息がつまり左手は大きく震えていた。

だけどそれが私に出来る精一杯のことだった。他に手はなかった。

魔法も効かないその矢は、唯私の右手の中に突き刺さり止まることしかできなかった。


『コア!!どうしてっ・・!?』

「思・・・・い・・つか・・・・っっ・・な・・くて・・・」


言葉が喉から出て行かない。息もまともに出来ない。

右手なら、ルキアの命には何の関係もない。この親子だって守ることが出来る。

だからこれが唯一私に出来ることだった。その代償がどれほどの痛みであれ、命が消えることよりずっとましだった。


「・・っ・・っんっ!・・はぁ・・はぁ。」


いつ矢が飛んでくるか分からない。ルキアは空を飛んで私を守ろうとしている。

その姿を横目にして、ようやく突き刺さった矢が右手から抜けると、少しだけ痛みが和らいだ気がした。

真っ赤な血が突いた細い矢を左手に握り締め、喉から出る声を最大にして叫んだ。


「まっ・・待って!!ルキア!」


その決して大きいとは言えない私の声に、ルキアの羽ばたいていた翼がゆっくりと降りた。

それを確認して、私は右手から流れてくる自分の血を一瞬見て、バッとその母親のに見せた。


「躊躇うと・・・その分だけ誰かが傷つくんです!!

お願いです・・お願いだから・・・・生きて・・。生きて欲しいだけなの・・・っ。」


他には何もいらない。ただ生きてくれるのなら、伝説だって、強い魔力だって、私は何もいらない。

だから、死なないでほしい。もう誰かが傷つくところは見たくない。私の所為で傷つくなんてもう嫌なの。


「・・ごめんなさいっ!!ごめんな・・さい!!お願いですっ・・助けて。」

「・・よかった。ルキアは優しいドラゴンだから、平気です。さぁ、急いで!!」


右手の痛みはもう感じることなんてなかった。きっと麻痺しただろうけど、痛むよりずっとましだ。

私は周りを見ながら今にも飛び立ちそうなルキアの青い目を見た。


『どうしてそんな事を!?貴女の右手は・・』

「私の右手は二つの命より大切?そんなわけないよね。

ルキアだってちゃんと分かってるでしょ?この2人を村までお願いね、ルキア。」


2人が背に乗ると、ルキアは顔を歪ませて翼を広げた。

それはルキアがドラゴンだから仕方のない事。どれほど人間好きなドラゴンでも、自分が認める者以外を乗せるのは嫌う。

ルキアが私以外の人間を背に乗せることは、きっと他のドラゴンたちにとっては考えられない事。


『すぐに戻ります・・っ!それまでお願いですから・・・無茶を、絶対に無茶をしないで下さい・・!!』

「分かった。・・・ルキア?」

『はい。』

「大好き。」


ルキアはそっと微笑むとそのあたり一面に冷気を噴きかけ、炎を消して飛び去った。

ルキアがいないだけでこんなに不安でしかたないなんて、マスター失格だろう。

右手の痛みはないけれど、心にはポッカリと何かが空いたような気がした。


「焼け焦がす熱と炎を消し去れ、ウォーター!!」


目の前の視界を遮る炎に両手をかざして、震えながらも魔法を放つ。

右手はその瞬間に痛みを取り戻して、体中にその痛みが走った。残った左手から、水は流れ出て行く。

しかしそんな弱い水に消しきれるほど、その炎たちは弱くはなかった。

ルキアが炎を晴らして行ってくれた小さな道を私は走って村に向かった。炎の最先端は、村の手前の野原を焼き払っている。

とりあえず、そこからは守らなければ、あの村には直接水が流れ込んでいるわけではない。

そんな村に炎が移るととんでもない事になる。


「水の精霊よ・・っ、我に力を・・!!」


走りながら左手を空にかざすと、だんだんと小さな精霊達が集まって来た。

しかしほとんどの精霊は弱りきっていて、とてもじゃないが私の力になれる精霊はいない。

精霊全ての力を借りても、私の右手にも及ばないだろう。


「それでも・・ないよりはましか・・っ・・な。」


白い靴は地を蹴って、野原へと近づく。そしてようやく炎のない景色が目の前に広がった。

何日か前まではそこらじゅうに緑の草が生い茂り、黄色の花が温かな風に揺れていた。

その野原には、炎に焼かれた草や花が黒く焦げたすすのようになり、空を漂っている。

野原を包むのは熱い炎の熱気。そしてその景色の先には、村がある。


「駄目・・だ。ここで、止めなくちゃ・・。」


ようやく少しは集まった精霊達をゆっくりとその炎の方へと向けて、

痛みを感じる右手を精一杯添えて叫んだ。


「精霊よ・・水よ・・・滝の流れを・・この炎に・・与えて!・・キャターラクト!」


右手には魔法の力がぐっと加わり、痛みが広がって赤い血が滴り落ちていく。

それでも構え続けると、両手の中から水が滝のように溢れて流れていく。

その野原一面に振り分けられたシャワーのように降り注ぎ、炎はゆっくりと力を失って、消えて行った。


「は・・ぁ・・・。」


ようやく炎が消え、私はその場に倒れるように座り込んだ。

そんな私が小さくため息をついたとき、空を覆っていた低い雲から、ポツリポツリと水が落ちてきた。

水滴が一粒私の足に当たって、小さく弾かれた。その水滴が通った後は土やすすが落ちている。


「・・雨だ。」


空を見上げると、その言葉はあまりにも小さく私を虚しくさせた。

空には私達のことなんかどうでもよくて、唯気分のようにコロコロ変わる。

たかが一国の王を決めるだけに、こんなに焼け野原にして、争うことなんかどうだっていいんだろう。

だけど、私にとってはそうじゃない。右手の痛みはどんどんと体を覆っていくかのように広がる。

それでも逃げる事なんかできない。どうでもいいなんて、言えない。

たとえ体の全部に大怪我を負っても、死なないと思う限り私は立ち向かい続けなければならない。


『コアー!!』


そんな空から一つの声が降ってきた。


あぁ、まだいける。まだ立てる。まだ進める。


大粒の雨が私と野原とこの辺りを全て包み込んで降っている。そんな場所に真っ白のドラゴンが舞い降りた。

その肌についた土が雨に流れ落ちて、まるで真珠のように美しい光を放つ。


「ルキア」


ルキアの声が聞えただけで、ルキアが目の前にいるだけで、右手はすっかりと痛むのを止めた。

足の疲れも、魔力の反動も、全てが体から消え去った。

まだいける、まだ立てる、まだ進める。

ルキアが傍にいるだけで、まるで無敵のように体が楽になって、今にでも走り出せそうなほど強くなれる。

不安も何もなかった。進む事も戦う事も、何も怖くなんかない。全てを守りきる自信だって湧いてくる。


「あぁ・・・ルキアだ・・。」

『そうですよ、マスター・コア。』


ねぇ、貴女はどうして私にそんなに力をくれるのかな。貴女がいないだけで、私は唯の人間になるのに。

貴女がいるだけで、まるで伝説のマスターにだって負けないほと強くなれるような気がするの。

それは魔法にかけられたように、心の中に風が吹き込んでくるの。


「行こうか、ルキア。・・・私はルキアがいるだけで、こんなにも強くなれる。」

『右手にそんな怪我を負って、何が強くなれるですか!!村に戻りましょう。村に戻って、村を守りましょう。』


雨に濡れるルキアはそう言って、私に優しく悲しそうな目を向けた。

村にくる敵から守ればそれでいいわけじゃない。私はお父さんにバンセルの人達を任せた。

その代わりに、王を見つけて、きっとこの国を平和にすると約束した。だから私はただ、守るだけじゃ駄目なの。

右手が血を流しても、左手が折れても、足が腫れても、私は進み続けなくちゃいけない。


「まだ、いけるよ。まだ、立てる。まだ、進める。だから・・・私を背に乗せて?」


ルキアがいるから、私はまだ進むことが出来るの。約束を果たすことが出来る。

ルキアがいなければ、約束は一つだって守ることができなかった。こんな弱い人間に、貴女は誓ってしまったの。

できる事なら謝りたい。こんな私に誓わせてしまって、ごめんと。

だけど過ぎた時間を戻す事なんかできない。だから、今がとても大切なの。


「一緒に空を飛んで下さい。」


今、ルキアと空を飛びたい。


『・・・・・・・・私は、貴女と誓えて・・・本当によかった。』


私は足を地面に立たせて、急いでルキアの下へと走った。

私なんかよりもずっと凄いマスターを迎えられたはずなのに、ルキアは一度だって後悔を見せなかった。

ドラゴンは嘘はつかない生き物だから、ルキアは本当にそう想ってくれてるんだろう。

なら、何も怖い事なんてない。ここにルキアがいてくれるだけで、私はもう何も怖くない。


「私もだよ。ルキアに呼ばれて・・ルキアと誓うことが出来て、本当によかった。」


伝えきれないほど、そう思うの。森の奥で貴女が私を呼んでいてくれて、その声が私に届いて、

貴女と誓えうことができ本当によかったと思うの。それは死ぬまで変わらないよ、絶対。



「さぁ、もう一回飛ぼう?」



初めて共に空を飛び、雨に濡れたあの日のように。

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