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第74話 :コア

もしも赤竜さえ現れなければ、ルキアは皆に綺麗だと言われていたのかもしれない。

たった一人のマスターが、赤い竜を操り、この村を焼き払おうとした。

たくさんの命を無意味にも、途絶えさせようとした。ドラゴンをそんな事のために空を飛ばすなんて、最悪だ。

人間なんていつも勝手で、何よりも汚れたい生き物なのに。

神様はどうしてドラゴン契約を作ったの?私には分からない。

リラやセルスと一緒にいるために、契約なんて必要ないのに、

どうしてルキアとは契約しなくちゃ一緒にいられないの?私達の同じで、生きているのに。心を持っているのに。


「長老さんって、貴女ですか。」


村に入って真っ直ぐ突き進む。その間に何度も何度も指を指されて、石を投げてくる子供だっていた。

彼らは何も悪くない。悪いのは彼らから平和を奪い、幸せを奪おうとしたマスターが悪いのだから。


「・・・お嬢さんかね、あのドラゴンの主とやらは。村のもんが噂しておる。」


ワンピース一枚だけしか着ていない裸足の少女が、白竜の主だ。村の人達はそう噂を立てていた。

裸足で歩くことも慣れてきた私の足は、もう傷だらけだ。だけど後悔はしていない。

足なんか綺麗でも、心は何も綺麗じゃない人だっていっぱいいる。

誰かのために役に立つなら、私の足なんか綺麗なんかじゃなくていい。その気持ちはこれからも変わらない。


「はい。」


私の声が古い家を静かに響いていった。響き返ってくる自分の声はどこか震えている。

本当は怖かったんだ。ここに一人でたどり着けるのか、不安で仕方なかった。

いつだってそう。ルキアを探しに森へ入った時だって、ここへ来る時だって、いつだって怖い。

トレスはそんな私に一緒に行くと言ってくれた。セルスだって、追試のとき、手伝ってやるといってくれていた。

だけど、手伝ってもらうわけにも一緒に来てもらうわけにもいかない。

これはきっと、私が一人で解決しなくちゃいけないことだから。

いつだって不安で怖くてたまらないけど、私が選んだ道を後悔したくないから、私は逃げたくなんてなかった。


「まぁ、おあがり。」

「・・・はい。」


お婆さんはにこりともせず、私を家の中に招き入れた。

その小さな目に、射るように見られながら私はゆっくりとその家に上がる。

どんなに怖くても、ルキアが傷つくことより怖いことなんてない。

そう思うと心の中にドンと何か真っ直ぐした芯のようなものが私をスッと真っ直ぐにしてくれる。


「全く、度胸がある子が来たもんだ。迷惑極まりないね、本当に。」

「すいません。」


度胸なんかないの。本当は今にも泣いてしまいそうなの。

私だって人間だから。知らない人にだって、嫌われてしまうのはとても怖い。

化け物のように見られて、石を投げつけられて、怖くないわけなんかない。


「幾つだい?」


お婆さんはゆっくりゆっくりと2つのコップにお茶を淹れた。そのうちの1つを私に差し出しながら、小さく聞いた。

私はそのお茶を受け取って、その言葉にすぐに返事を返す。


「もうすぐ16になります。」

「ほんに。わしの孫と同じじゃの。」

「そうなんですか?」

「生きておれば、じゃがな。」


風の流れが止まったような、そんな気がした。

お婆さんの言葉が、私の言葉を喉の奥へと押し込ませた。


「あの子が5つのときじゃった。真っ赤なドラゴンが・・空を飛んだ時、この村はほんの一瞬にして、滅びかけた。」

「・・・」

「赤い炎が、村中を囲ってな。草や木や生き物を焼き尽くし、魔法樹さえも枯れさせた。」


お婆さんは思い出すかのように話し始めた。魔法樹は大きな大きな木で、神気を放つ樹木。

それだけではない。神の欠片が宿っていて、その力はその木の周りの生命に輝きを与える力がある。

そんな魔法樹が枯れる事なんて、まずない。大きな魔法によって力を失う事で魔法樹は枯れる。

きっとこの村の魔法樹が枯れてしまったのは、そのマスターがその木から魔力を奪ったからだろう。


「その時、わしの孫は死んだんだ。炎の中で・・一人・・!」

「そんな・・・っ」


そう。そんな奴に子供やお年寄りなんて関係ない。

どんなにむごい事でも、やってのけてしまえる、そのマスターの所為で私やルキアは嫌われる。

だけどその人がどれほど酷いことをしたからと言って、ルキアが嫌われ傷つけられる理由なんて何一つない。


「そんなわしらに、ドラゴンを憎むなと言うのか!!!」


大声を上げたお婆さんのお茶はグラグラと揺れた。


「・・・はい。」


私はどうしてこの村の人がドラゴンを嫌うのか、知っていた。

だけど、もしもこの村の人がドラゴンを嫌っていることすら知らないマスターとドラゴンがここに来たら?

その人達はきっとわけも分からないままに、石をぶつけられて、化け物のように見られて、それで黙っているわけがない。

その人達はここの人を恨み、憎むに違いない。それは人間だから、仕方のない事。

私だって、ルキアを傷つけられていたら、決して許すことなんてできない。


「人間とは醜い生き物です。」


自分が大切に思う誰かを傷つけられたら、その想いが大きい分だけ憎しみも大きくなる。

それは誰かを大切に思う愛情が存在する限り、絶えることのない感情で、仕方のないことなのかもしれない。

だけど、それじゃいつまでたっても同じだよ。


「美しさを持つ分だけ、醜くだってなれてしまう。」

「お前に何が分かる!!」


なら、貴女にルキアの何が分かりますか。


「もう・・嫌なんです。」


一瞬、心の中で芽生えた怒りを必死に押し殺した。この人達は苦しんでいる。

そんな人に、私が出来るのは自分の感情をぶつけることじゃない。


「・・・貴方達が傷つくんですよ・・・?傷ついて苦しむ貴方達が、これ以上傷つくことになるんですよ?」


それのどこが幸せなの?マスターを恨むことで、ドラゴンを憎むことで、その苦しさが晴れた事なんて一度もないでしょう?

なら、どうして貴方達は憎むの?苦しみを晴らすため?幸せになるため?

その憎しみや恨みで、たったの1つでもいいことはあった?


「貴方達が憎むことで、貴方達は傷つくだけなんです!」


貴方達だけじゃない。私やルキアが傷つくように、私やルキアを大切に想ってくれている人が傷つくの。


「その腕の傷も、その膝の傷も、村のもんにやられたのか。」

「これは・・・・・」


体の幾つかの場所の擦り傷と切り傷からまだ赤い血が滲んでいる。

その傷を見てお婆さんはそっと白い布を出してきて、私の傷を優しくなでた。


「こんなに幼いのに・・なして、あんたの体は傷だらけなんじゃ。」


お婆さんの眼にはほんの一粒の涙が浮かんで零れて行った。


「大切なものを守るために、傷つかなきゃならないときもあるんです。」

「石ば、なげられたんじゃろ。靴は・・?あんた、靴を持ってないかね。」

「あ・・えっと・・・、あげたんです。東の村にいる女の子に。」


その涙はとても綺麗で、優しいものだった。

こんなにも優しい人達にどうして苦しみを与えるの?私には赤竜のマスターが全く分からない。

ほんの一瞬でたくさんの命を奪って、恨みと憎しみを植えつけて、それで何が得られたっていうの?


「そうかい。だけん、こない綺麗な足をしとるのか。」


お婆さんはそういうと私に小さく笑ってくれた。それがとても嬉しくて仕方なかった。

心臓がまるで恋を知ったときのように高鳴って、思わず笑顔になる。

私の傷だらけで砂まみれの荒れた足を見て、お婆さんは綺麗だと言った。


「あんたのドラゴンも・・さぞ綺麗なんじゃろうな。」


涙を止めたお婆さんの姿と、部屋の中がグニャリと歪むと、私の目からはポタポタと涙が零れた。

私ならいえただろうか。もしも私がお婆さんと同じ立場なら、私はそんなことをいえただろうか。

大切な人を失って、殺した人間と同じ仕事をする者に、そんな事をいえただろうか。

私の涙は止まることなく流れて、私は漏れ出す声を必死にこらえているだけだった。

そんな私にお婆さんは静かに、部屋に澄み切るような声で言った。


「ほんに、綺麗に泣く子じゃの。」


シワシワの細い手が私の頭を撫でてくれた。

私がこの手に出来ることはあるのだろうか。醜くて、汚れた人間の私が、この綺麗な手に出来ることなんてあるのだろうか。

そう思った瞬間―――――


ズドンッ”


鈍く大きな音が響き、地面が揺れて、家の天井から、土埃がサラサラと落ちてきた。

一瞬の出来事に驚いたのか、私の涙は止まった。


「な・・に?」

「・・この村も・・ついに終わりかの。」


お婆さんは力なくそういうと、天井から降ってきた土埃が入ったお茶をもってゆっくりと流しへと歩いていく。

お婆さんの大切なお孫さんは、この村で生まれて、この村で死んでしまった。

なら、この村はお孫さんの残した形見じゃないのだろうか。そんな村を守ることを諦めてしまっていいのだろうか。


「守らなくちゃ・・!諦めちゃ・・駄目・・」


違う、諦めずにはいられないんだ。トレスが言っていた。

“無力な民をほったらかして、それの何がこの国を救うだ!!”

そう、この村の人達は無力なんだ。全ての人が私達のように力を持ってるわけじゃない。

私はなんのためにここにいる?何のためにここに来た?

私は大切なものを守れるように、教科書から学び、リース先生に教わってきたんだ。

そして私は、ここを守るために、ここにいる。


「お婆さん、私のドラゴンは、とっても綺麗で美しいんです。

こんな愚かな私について行くと、支えるといって言ってくれるんです。

私はルキアの、自慢のドラゴンマスターでありたい。だから、お孫さんが残した形見であるこの村を守ります。」


『力ある者は、力無き者のために存在せよ』おじいちゃんもそう教えてくれた。

ドラゴンマスターたる者、常にそれを忘れてはいけないと言っていた。

私は忘れたりしない。赤い竜のマスターのようには、絶対にならない。


「待ってて。」


私は常に誰かのために存在していたい。

誰かを守るために、誰かを助けるために、誰かを支えるために、誰かを笑顔にするために。

だから、この村を壊させやしない。私のいるこの場所で、人を殺させやしない、絶対に。

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