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第72話 :コア

野原を駆けて、一秒でも早くルキアの姿を見たかった。


『コア』


彼女のこの声を聞きたくて、聞きたくて。

ルキアは私の名前を呼ぶと、その風に白く美しい翼を広げた。その羽には何の傷もなく、血のあとさえ見られない。

私はルキアが静かに座る野原の真ん中へ走っていく。だんだんと縮まる距離さえもどかしい。


「ルキアっ。」

『どうかしたんですか。』


あの時、私が躊躇ったために怪我をおった白い翼にようやく手が触れた。

その瞬間にあの時の景色がバッと目の前に浮かんで、私はぎゅっと目を閉じ白い翼に抱きついた。

その羽は温かく、とても気持ちがいい。


「ごめんね・・・、ルキア。」


何度謝っても、私は許されるはずない。私の所為で彼女は傷ついた、それが事実。

こんな事になるなんて思ってなかった、なんてい言い訳はできない。

もしも私がルキアと契約さえしなければ、彼女はあの森で安全に暮らしていられたのに。

それは私がいつも思っていること。


『どうしてコアが謝るの。』

「私の所為で、ルキアはっ・・・」

『もう傷跡さえないでしょう?泣かないで、コア。』


泣かないで、と言われても涙が勝手に溢れてくる。どうしようもないくらい、涙が勝手に溢れて仕方ない。

ルキアはそんな私をなだめるようにそっと羽を揺らした。


“貴女は何をするためにここに来たのですか!私が傷つくことくらいで恐れないで下さい!

私の・・・私の自慢のマスターなんですから!!”


ルキアはあの時の私にそう言ってくれた。けど、今でもルキアが傷つくことは怖くて仕方ない。

怖いんじゃない。嫌なんだ。ルキアが傷つくのは絶対に嫌なの。私はルキアと契約した主としての責任がある。

安全な場所からこんな所に連れてきた私は、ルキアを守らなくちゃならないはずなのに。


「私・・っ・・」

『本当に、私の主は優しすぎるんですよ。』


優しすぎるのはルキアなの。ルキアは私を責めたてるべきなのに。

そうやっていつだって私に優しく微笑んでくれる。


「ルキアが・・傷つくのは、嫌なのっ。お願い・・だから、私を庇ったりしないでっ・・」

『それは無理ですよ。貴女が死んでしまえば私も死んでしまう。』

「私・・・絶対に・・死なないからっ!だから・・・っ」


私のために傷つくなんて、止めて欲しい。大切な人が私の所為で傷つくなんて、嫌なの。

私の涙はまだ溢れて止まらなかった。その頬を優しく撫でる白い羽は風に揺れていた。


『コアが私が傷つくのを嫌だと思うように、私も貴女が傷つくのは嫌なんですよ。』


その言葉にそっと顔を上げてルキアの青い目を見ると、そっと優しくこっちを見てくれていた。

私はルキアを傷つけるためにルキアに守ってもらうために、ルキアと契約したんじゃない。

ルキアが望む物を与えたかったの。一緒に空を飛びたかったの。ただ、それだけだった。


「・・・」

『・・・私と言う白竜を従えしマスターが、自分のドラゴン1頭さえ守れずにマスターなんていいませんよ!!!

私を連れ出したのは貴女なんですから、しっかり守ってください!』


黙り込む私にルキアはそう怒鳴った。そう、本当はこの言葉がルキアの心であるべきなの。

私はその言葉にようやく涙を止めた。それを見るとルキアは私の頬に顔をそっと寄せた。

それから私の涙を舐めて、顔を離して言った。


『なんて、そう言えばよかったですか?』


そう言うルキアの顔は優しく笑っていた。


「ルキア・・・」

『こんな事思ってませんよ。けど、何だか怒って欲しそうな目をしていたので。』


優しい風がようやく昼を迎えたこの野原に吹いてきた。

黄色の花がいっぱいに咲いてて、草が彩りをよくしている。

その中に真っ白のルキアと、白いワンピースの私がいて、この世界はゆっくりと回っている。


『1つ話をしましょうか。』

「え?」

『私の母は、とても素晴らしいマスターと契約しました。

その2人はとっても素晴らしくて、主従関係に縛られる事なく自由でした。

私はマスターなんかと契約する気なんてなかったんです。でも、マスターが貴女のように現れるたび、目を開けて世界を見た。

それがどうしてだか分かりますか?・・・母のマスターのような、真のマスターを心のどこかで欲していたからです。』


黄色の花びらがふわふわと流れて行った。

それを幸せそうにルキアは見つめながらそういい始めた。


『私の母は死ぬ前に言ったんですよ。“何を引き換えにしても彼に出会えてよかった”と。

母の白い羽は何度も傷ついて、何度も空を飛べなくなりました。けど、最後の最後まであの空に彼との思いをはせていた。』


その瞬間、白い羽が私をそっとその背に運んで、ゆっくりと羽ばたいた。

私はいきなりの事にとりあえず背中にしっかりつかまり、バランスを取った。


「ルッ、ルキア!?」

『コア。私は貴女と出会って初めて、母の気持ちが分かったんですよ。』


空へと向かうルキアが静かに呟いた。

昼を迎えたばかりの空は澄み渡り、暖かいというよりも少し熱い風が通っていく。


『貴女はあの暗い場所から私を明るいこの日の当たる世界に連れ出してくれた。

この世界を与えてくれたんです。だから私は思うんですよ。何を引き換えにしても、貴女に出会えてよかった。』


ドラゴン契約の中で最も重要で有名なのは『時の契約』。

ドラゴンは元々何千年も生きられる生き物で、

そのドラゴンが人間と契約し主を持つとき、その主の寿命がドラゴンの寿命になる。

主の心臓が止まったとき、ドラゴンの心臓は止まる。それが『時の契約』。

もし主が契約を解けば、その時点でドラゴンは死んでしまう。それが『契約破棄の契約』。

どの契約においても、ドラゴンは主よりも不利で、代償をたくさん払って契約する。

できれば私はそんなの結びたくない。けどドラゴン契約を結ばなければマスターにはなれない。


「私だって・・・」


ルキアと出会えて、ルキアと共に空を飛べるのなら、それくらい代償にしてもいい。

だけど、私は何の代償も払わずルキアと共に空を飛べる。

ドラゴンはそんなたくさんの代償を払ってまで、主と契約を結ぶ。


『貴女のいない時間なんていらない。だから私は時の契約はドラゴンを思った神が創った物だと私は思うんです。

コアのいない時をその先何千年と生きなければならない、それは私にとって生き地獄と同じです。

貴女を失った時間なんて、必要ないんですよ。』


空を飛ぶ度に初めてルキアと空を飛んだときのことを思い出す。

これからこうして空を飛ぶんだと思うと、それはそれは嬉しくて、私は雨に隠れて涙を流した。

それはルキアに秘密だけど、それくらい嬉しかったの。


「私・・・強くなる。」

『はい。』


貴女を守れるくらい強く。


「私は戦わないで、私のすべき事をする。・・・こんな私だけど、着いて来てくれる?」

『昨日も今日もこれからもずっとこの気持ちは変わりませんよ。もちろんです。』


それまではどれだけ愚かでも見捨てないで、傍で見ていて。

いつか必ず貴女を守れるようなマスターになって見せるから。

そんな風にずっとずっとこの空を、ルキアの背に乗って飛んでいたい。


『もう1つ、面白い話をしてあげましょうか。』

「えっ?まだあるの??」


ルキアはもう1つと言うので、私は驚いて声を上げた。

そんな私にルキアはえぇ、と返事をして地上へと降りた。


『矢が刺さったこの羽、今は傷跡さえ見えないでしょう?』

「うん。」

『いつ、直ったと思いますか?』

「え?今日の・・朝くらい?」


ルキアが怪我した辺りから記憶が曖昧になっていて、実の所あんまり覚えていない。

あの後、私は無茶に魔法を使ったために完全に意識がなくなった。

唯覚えているのは、夜空に浮かぶ白い満月だけ。


『貴女が“着いて来てくれる?”と言った時ですよ。』

「ドラゴンの治癒力ってそんなに凄いんだね〜。」


私はそっとその羽に触れて、感心した。

そんな私にルキアはまた軽く笑って首を振った。


『貴女の神気が、矢を消して私の傷を一瞬で癒したんですよ。』

「・・・・・・え?」

『だから、たとえ貴女の所為で傷ついたとしても、貴女が癒してくれたんですから。』


全く覚えていないといっても過言ではない記憶を必死に辿る。

私は治癒魔法だってかけなかったはずなのに、私が治したなんて信じられない。

驚いている私にルキアは元気に羽を広げた。


『私が傷つく分、貴女が癒してくれるなら、私は貴女のために幾度でも盾になるわ。』


真っ白で、まるで神様からの声のように澄んでいる。

どうすれば伝わるのかなぁ。こんなにも貴女が大好きだと言う事。

それとも、もう伝わってるのかな?


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