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第71話 :ブレイズ

「何であんな無茶するんだ!!」


目を覚ました少女にそう怒鳴ったのは、トレスだった。

昨日あんな大きな魔法をあの小さな体で起こした少女はそのまま眠ってしまった。

真上近くにあった太陽が暮れて、夜が来た頃、ようやく軍も諦めて返って言った。

その間約6時間に及び、少女はたった一人で大きな魔法で壁を作った。


「で・・でもっ!」

「でもじゃない!!あんなことしたら、ぶっ倒れることくらい分からなかったのか!!」


トレスはその間中ずっとコアの心配をしていた。

何だかんだ言いながら、トレスはいつも人の心配ばかりしている。

しかし怒鳴っているのは、それだけじゃなかった。心配していたことを伝えたいのではなく、本当は・・・


「・・・それとだ。それと・・悪かった。私が・・行けと言ったから。」

「え?」


そう、自分の発言を悔やんでいた。

先に言って止めてくれと言った言葉の所為で、結果的にこういうことになったのだと自分を責めていたのだ。

トレスは全ての事において厳しい。人に対してもそうだが、それ以上に自分にはもっと厳しい。


「私が行けなんて言わなければ・・・お前はこんなことにならなかったのだろうから・・・、本当に悪かった。」


小さな家の中でトレスの声とコアの声だけが響いている。

ルアーとジェラスは警護に出ていて、俺はコアをトレスに任せてしばらく村へ行っていた。

そして帰ってくるとトレスの怒鳴り声が聞えて、入り口の前で立ち止まった。


「それはトレスの所為なんかじゃない。トレスは優しすぎるんだよ、それなのに自分には厳しい。」


コアのそんな声に俺は思わずもっていた薬草を落としてしまった。

軽い薬草は音を立てることなく地に落ちて、俺は静かにそれを拾って言葉の続きを聞いた。


「前から聞きたいと思っていた。私が・・その・・優しいとはなんだ。」

「え?優しいから優しいって言ってるんだよ。」


トレスに向かって優しいなどという女を俺は初めて見た。

こっちに来てからトレスと一緒にいたが、村の女達もあの男勝りな性格に、

『素敵』だとか『厳しい方なのね』などと言っていたが、優しいだなんて一言も言わなかった。


「私に“帰れ”って言ったときだってそう。私が傷つかないために追い返そうとしてくれた。」


“帰れ”

コアがこの村を訪れた時、彼女は冷たくそういった。その言葉に俺は思わず話しを割って入ったが。

あの言葉にそんな意味があったなんて、全く知らなかった。


「どうでもいいなら、そんな事言わないもんね。だけど、トレスは違った。トレス達でさえ冷たい目で見られているのに、

ドラゴンマスターの私が入ったらもっと辛いんだろうって考えてくれたんだよね?」


コアの声はとても穏やかに響いた。

俺はその声に自分の耳を疑った。その声だけ聞いているとまるで立派なマスターを思い浮かべてしまうからだ。

その容姿は押さない14や15にしか見えないのに、心はずっと大人で、その言葉はまるで天使の囁きのようだ。


「そ・・れは・・、別に。」

「だから私は言ったの。“私、そこまで傷つきやすくて脆い『女の子』じゃないですよ。”って。

だからトレスがそんなに自分を責める必要なんてないの。

心配したのよ!!って怒られるのはいいけど、私の所為でごめん。なんて言われるのは嫌だよ、ねっ?」


トレスにとって、この女の子はきっととても大切な子になる。俺は何故だかそんな気がした。

トレスはいつもどこかで、喜びを共有できる友達を探しているようだった。

それはまだ出会って間もない俺でさえ気づくほど、彼女は密かに願っていたんだ。


「・・・今度からは気をつける。」

「私がね。」

「最悪の状況も考えるべきだった。」

「私がね。」

「無責任だった。」

「私がね。・・・・・・もうっ、本当にトレスは厳しすぎるよ。

もっと気を抜いて、笑って?トレスはそれくらいでちょうどいいと思うよ?」


トレスは出会った時からずっと、自分の行動により起こる被害や最悪の事態を想像しながら行動していた。

それは俺にとってとても尊敬できる点で、今でも凄いと思っている。

けどあいつは厳しすぎるんだ。女だからとか男だからとかじゃなく、あいつは自分に厳しかった。


「でも・・っ」

「『トレスは自分が行けって言ったから、軍は帰った』って思ってみたら?

きっとその方がずっとずっと楽しいよ。自分がそう言ったから、人は救われたの。ね?これでどう?だめ?」


そんな陽気な言葉に、俺は思わず笑いそうになった。

トレスの気難しさを真っ向から気楽にしろなんていえる、あの子は変わってるな。

俺がそんな風に思ったとき、部屋の中から笑い声が聞えた。


「・・ははっ!すごいなっ!コアはおもしろいっ。」


それは俺が初めて聞いたトレスの笑い声だった。

いつだってその場を楽しむこともなく、自分に甘さを許さない心を持ち続けるトレスが笑っている。


「なぁんだ、よかった。トレスもちゃんと笑えるんだね。」

「『自分のおかげで』かっ。これはいいなっ!ははっ。その方が楽しいないんてっ・・コアは凄い。」

「前向きは大事だよ〜?」


賑やかな声が聞えてくる。トレスにはきっと、コアが必要だ。

俺以上に、ルアーやジェラス以上にコアが必要だろう。

自分を許さないトレスを唯一笑顔に出来る、特別な存在なんだろう。

それはきっとこれからも変わらない。何があっても、きっとコアがトレスの友達に変わりはないんだろう。


「ほら、薬草とって来たぞ。」

「あぁ、おかえりブレイズ。」

「おかえりっ!!」

「コア、もう体は平気なのか?」

「うん。私、ルキアのところに行って来るね。」


俺が部屋に入るとにっこりと笑った少女がいた。

魔力も完璧とまではいかないが、少しは戻っているようだった。

そんなコアが出て行くと、トレスと2人きりになった。

その部屋は急に静まり返り、コアの存在の大きさを感じる。


「コアはお前にとって、いい友達になりそうだな。」

「なぁ・・・、ブレイズ。」

「ん?」

「責任放棄だと怒ってもいい。この村の事を考えろと怒っても・・・最低だと罵ってもいいぞ。」

「は?」

「私はあいつと一緒に、王を探して王座に着かせたい。」


トレスがそう言ったとき、コアの開けて行った戸からフワリと温かな風が吹いた。

朝にしては遅い時間、昼にしては少し早いそんな時間を吹く風に、トレスの金の髪が揺れた。

きっとこいつの事だから、全てを考えた上でそういっているのだろう。


「責任を放棄するのか。この村を見捨てるのか。最低だ。」


俺は意味なく小さく呟いた。その言葉にトレスは全く表情を変えずにこっちを見た。

誰に似たのか、その答えは簡単。その目はまるでコアのようだった。


「とか、言ってみたり。いいよ。俺がここを守るさ。」

「ブレイズ」

「さっき薬草を集めている時にさ、面白い話を聞いたんだ。

王には病弱な妃が1人と、側室が1人いたらしい。妃との間に子供はできなかった。

しかし、側室との間には確かに1人の子を授かったらしい。」


山の奥にある小屋のような家に住んでいるお婆さんが話して聞かせてくれた。

そのお婆さんは先の王クオンズの直下で宮女をしていたらしい。

そのお婆さんは遠くを見ながら話した。


「もう昔のずいぶん昔の事だが、王は隣の国の姫と政略結婚させられたんだとさ。

でも王は全くその姫を愛することはできなかった。しかし、王は出会ったんだ。後に側室と呼ばれる・・・愛する人を。

そして王とその側室との間には、王家の血を継ぐ子が宿った。その時宮女についていた人は、その相談を受けていたらしい。

そして宮女は言ったんだ。『その人とその子を遠くにやるしかない。』と。

いくら王と言えど、妃との間に子がいないのに、側室との間に子がいるとすれば、問題になる。

だから、『側室の女性とその子をどこか遠くの村にやることが、その2人を守ることじゃないのか。』って。」


王はその言葉に従い、側室の女と子供を遠くの古びた村にやった。

それでも生活に苦がないようにもしていたし、手紙のやり取りもあったとか。


「そんな・・・それは事実か。」

「あぁ、事実だ。その相談を受けた宮女に直接聞いた。王家の血はまだ途絶えてない。」


俺はそれを聞いても何も出来ない。この村を守ることしか。

けど、この話をコアにはしてやらなければと思っていた。


「それはこの村に?」

「いや、そこまでは知らない。ただ王が言っていたそうだ。

『紫苑の花がたくさん咲く村で暮らしている』と。」

「『紫苑の花』・・・あんな小さな花が。」


紫苑の花を見たことがない俺には、トレスのその言葉が少しだけ不思議に思えた。

紫苑の花は、このアカンサスにしか咲かないと言われているはずなのに。

そんな俺の疑問は遠くから俺の名を呼ぶコアの声にすぐに消えてしまった。


「ブレイズ〜、トレス〜!」


遠くからの声に気づいたトレスは、小さく俺に言った。


「ブレイズ、この村を頼む。」

「あぁ。」


もしかしたらこいつは男なんじゃないか、と思わせるほど凛々しい横顔に俺は思わず惚れそうになった。

コアを見つめるその目が俺なんかよりもずっと、男らしくて、魅せられる。

そんな俺達に優しい風が吹いて、コアが走ってくる。

その後ろからそのコアの背を優しく眺めるジェラスとルアーがいる。


『白竜を従えし者、歴史を変える者なり。』

そんな言い伝えがスッと心を掠めた。

もしコアにそういったら、彼女はきっとこう言うんだろうな。

『白竜を従えし者じゃなくて、真のマスターが、歴史を変えるんだよ』と。

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