第68話 :トレス
『私達はここの村に、王家の血を継ぐ者がいるというのを聞いて迎えに来たんです。』
その幼い少女の目はあまりにも真っ直ぐすぎて、私はその目から逃れる事ができなかった。
「迎えに?」
ブレイズが私の代わりとでも言うかのように、彼女に問う。
その言葉に彼女は一度頷いて、はっきりと答えた。
「事実かどうかもわからないけど、もしかしたらここに王家の血筋にある者がいるかもしれない。」
「こんな村に?」
こんな痩せ細った村に、次期王になれる王座に座る権利のあるものなんているはずがない。
もしいたとしても、どうやってそれを見つけるんだ。
『王の子供は誰ですか』と徴集して聞くのか。そこで誰が『はい』と名乗り出る。
そんな奴きっと、1人としていないだろう。
「村がどんな状況であれ、関係ないの。この村にいるかもしれない。」
もしも見つけられたとして、その王家の者が王座に付く事を望むだろうか。
今や王座は唯の争いに掛けられた懸賞のようなもの。そんなものに、危険を冒してまで座りたがるだろうか。
その答えは否だ。
「この村でその王家の者を探すつもりなんだ?」
「うん。」
いくら真っ直ぐで、いくら強い目をしているといえど、
そんな可能性もない未来のためにここまで来たなんて、理解できない。
民を見捨ててないとしても、自分の持ち場から離れたという事は責任放棄とも言えかねない行為である。
そんな人間がこのアカンサスを救うために、王座に王家の者をつかせるなんて、寝言にしか聞えない。
「2人はそれに賛成したんだな?」
「まあね。」
「あぁ。」
甘い魔術師たち。その甘い考えでどれだけの人が苦しむかも知らないで。
「帰れ。」
「トレス・・・。」
そして何よりも一番甘いのは、あの幼い少女の考えだ。
それを許すものよりも、そう考え進むものはいつだって甘い。
もっと苦しい事も厳しい事もあるのに、自分の行動が生む最悪の事態を考えもせず進もうとする。
そして罪を償うだの、一生後悔して生きるだのぬかして、結局はただ悲惨な歴史として残るだけ。
「この村はお前たちを必要としていない。」
私がそういうと、ブレイズはもう私を止めることさえやめてしまった。
この村はこれ以上何も必要としていない。必要としていないだけならまだいい。
この村は村人全員が私達派遣者まで、拒否するような目を向けてくるのだ。
それがドラゴンマスターなら、もっと酷い目にあうだろう。
「・・・トレスさんはとっても優しい人なんですね。」
私の言葉に帰ってきたのは、全く意味の分からないものだった。
にっこりと笑ってそういうのは、やっぱり幼い少女。
その言葉に私は唖然として、何も言えないまま彼女を見た。すると彼女はそんな私に続けて言った。
「私は無責任で幼くてちっぽけで、とっても未熟なマスターです。だけど、私にもできることがあるんです。
歩けない人の代わりに歩いて平和を探し、力のない人の代わりに持つ力全てを使って平和にする。
この国の人は誰も、平和が来るのを待ってはいない。もう、待ち続けられるほどの力は残ってないの。
だから、私達は平和を作ってほしいと願う人のために、戦う。」
優しい目をしていた彼女の眼は、誰よりも強く私を見た。
こんな目を、私は今まで初めて見た気がする。この眼は知ってるんだ。
自分が責任放棄をしているという事も、もっと苦しく厳しいこともあるという事も、最悪の事態さえ。
彼女はそれを知っていてもなお、進むと決めた。そんな目をしている。
“ドラゴンとマスターは嫌われている、・・・・・ですよね?”
傷つくことを恐れない、あの目はまるでそんな目だ。
傷ついても傷ついても進む事を諦めないで、避けられても嫌われても好きだといい続ける、
そんなあの目が私は苦手なんだ。
「トレスさんは優しすぎます。私、そこまで傷つきやすくて脆い『女の子』じゃないですよ。」
優しいという意味はやっぱり分からない。
それでも彼女は自分は平気だと私に言うから、私はほんの少しだけ安心した。
「・・・・・・知らないからな。どんな酷い事されても、助けてなんかやらないからな。」
「ありがとうございます!!」
どうしてお礼を言われるのか、全く理解できない。
同じ女だが、ここまで女と言う生き物を理解できなかったのは初めてだ。
女はたいてい傷つくことを恐れ、それでも自分は欲しいもの手に入れたいと願う。
自分は何の努力もせずに、傷つくことなく、それを手に入れたいと望む。
それが普通の女で、こいつは幼いがそんな事を全く考えさせない。
幼ければ幼いほど、女とはそういうものだと思っていたのに、この子は違う。
「それじゃぁ、俺等も手伝おう!なっ、トレス!!」
理解しがたい事ばかりだ。
女なのに、子供なのに、全くそんな様子を見せないで。
そのうえ、私に向かって『優しい』などと言う。そんな事、初めて言われた。
全く読めない奴だった。理解する事も、どんな奴か読むことも、全く出来ない。
「知らん!!手伝ったりしないからな。」
「トレスさん、私コアっていうんです。仲良くしてください。」
そんなことばかり考える私には、女友達なんてものはたったの一度もできたためしがない。
気が合わないのだ。もともとの男勝りな性格が手伝って、どうにも女という生き物とは気が合わない。
「・・・コア・・・」
この子ならもしかしたら、女友達とかいうものになれるかもしれない。
そんな考えが一瞬浮かんですぐに消えた。
「名前だけは覚えていてやる。」
思ってもいないようなことが、口から出てきた。
本当はもっと笑って頷きたいのに、本当は優しくしたいのに。
いつもそう考えながら口から勝手に気もない言葉が零れていく。
女とは面倒な生き物で、嘘をよくつく。
正直とかそんなものと無縁な生き物だからか、そのままを言う人間がどうも嫌いらしい。
そんな女達と私が仲良く出来るはずがないのだ。
思ったことをそのまま言ってしまったり、酷い子と言ってしまう私はいつも嫌われ者。
「いや・・えっと・・・・」
少し努力しても必ずぼろが出て、結局は1人になる。
なら、努力なんかしなくてもいいじゃないか。そう、自分でも思っているんだ。
それでも心のどこかで、何かを求めている。自分に足りない、その何かを探して努力する。
「嬉しいですっ。」
フワリと優しい優しい風が吹いた。
暖かくて、気持ちよくて、夏の昼なのに妙に涼しい風が、彼女の言葉を乗せて私に吹いてきた。
「え・・?」
「うわー、珍しい子だな!このトレスに!!」
なんて心地いいんだろう。
まるでシルクの布が頬を滑って、私を包むような感覚だった。
「私の名前はコア。貴女の名前はトレス。まずはそこから始めましょっ!」
伝説のドラゴンマスターだと言うことを、忘れていた。
傍らには少女に優しい眼差しを向ける白竜がいる。
もしも私がドラゴンなら、私は彼女に契約を誓っただろうか。
私が求める何かを、諦め続けながらも、心のどこかで捜し求めた何かを与えてくれる、この少女に。