第67話 :コア
「見えてきた。あれだぜ、きっと。」
「南の村シュラン。」
2人は先頭をきって空を飛んでいた。
その後をゆっくりと飛ぶルキアの頭の方に小さな家屋が見えた。
「家があるっ。」
「本当だな!」
「バンセルほど酷くはない、か。」
家屋の欠片しかないバンセルに比べると、少しは家が建っていて、畑も耕されている。
ここに、次期王となる人がいるのだろうか。
「降りよう、ルキア。」
少し自分の声が震えたのを感じた。
その声にルキアは気づいたのか、小さく呻鳴き声を発した。
『平気ですよ、心配しないで。』
「うん。」
胸を張って、ドラゴンは優しい生き物だといえる。
ルキアは特に、優しく穏やかで美しいのだと。けれどやっぱり不安は耐えない。
もしもルキアが傷つけば、私は何もせずにそれを見てはいられない。
「っと。」
「ここか。」
「大きいね。」
その地に下りると村の門らしき場所に、2・3人人が集まった。
その中の茶色の髪をポニーテールにまとめて結っている凛々しい女の人がこっちを見ると近づいてきた。
その女の人にルアーとジェラスは警戒心を向ける。
「あんた、ドラゴンマスターだろ?」
綺麗な顔には似合わない、男っぽい口調で彼女は言った。
その言葉に2人は警戒を解いて、不思議そうに見ていた。
私は何故だか不思議とこの人を警戒することなく、自分の領域に受け入れている。
「はい。」
この村の人は、ドラゴンとマスターを嫌う。彼女もそうなのだろうか。
そう疑ったとき、彼女はそっと私の傍に来て言った。
「なら早くこの村から離れた方がいい。」
強い目が私にそう訴える。
その目から逃れる事ができず、私は唯見つめ返していた。
「どういうことだ。」
そんな私達の間にジェラスの声が遮る。
その声に女の人はジェラスを睨みつけるようにして言った。
「言葉の通りさ。あんた達は魔術師だね。けど、この子はドラゴンマスターだ。
知らないなら教えてやるよ。この村では」
「ドラゴンとマスターは嫌われている、・・・・・ですよね?」
私の言葉に女の人はバッと驚いた顔をして振り返った。
綺麗な茶色の髪が風にゆれ、日に照らされている。
「なんだ、知っているんじゃないか。・・・なら、早く立ち去れ。」
「貴女はここの人?」
「いや、私はここに配属された魔術師だ。番号は『T681』。」
あの収集のときに来ていた人だと知り、私達は一気にため息をついた。
ルキアの鋭い目も少し和らいで、その尾をしなやかに揺らした。
「私の名前はコアです。番号は『D137』。」
私がそう名乗ると女の人はもっと驚いた顔をして、目を大きく開いた。
「お前みたいな子供がか!?まさか!!そんなわけない。しかも女なのに。」
自分も女である事を忘れているかのようなその発言に、心が少し妬けたような気がして言い返す。
「むっ。私、これでもドラゴンマスターなんですよ。」
「見れば分かる。お前の目はマスターの眼だからな。ならあの白竜はやはりお前のか?」
「はい。ルキアって言います。」
マスターの眼だ、と言った彼女は『ほぉ』と呟いてルキアを見た。
その目はゆっくりとルキアを見つめている。
「やはり・・・・幻と言われるだけある。いやぁ、死ぬ前に白竜が見られて嬉しい限りだ。」
ははっ、と笑うその笑顔がとても輝いて見えた。
たった少しのその言葉で、私はこの女の人が大好きになった。
「しかし、早く立ち去れ。」
その笑顔はすぐにキリッと、厳しい顔に戻る。
その時、彼女の後ろのほうから黒い服を着た小さな少年が現れた。
「まぁ、まぁ、トレス。村の人間に見つからなければ平気なんじゃない?
そちらさんは、別に僕達のことをどうこうするつもりもないみたいだしさ。」
「ブレイズ!!」
私と身長の変わらないくらいの男の子は私を見て、にっこりと微笑むと女の人に向かってそういった。
女の人は彼の声に急いで振り向き、ブレイズと呼ぶ。
「・・・ブレイズ。」
すると私の少し後ろから低い声がその名を復呼した。
その声に私が振り返ると、黒い服を着たジェラスの声だと分かる。
「お前、ジェラス?!」
「やはりお前か、ブレイズ。」
「何でこんな所に!?」
ブレイズと呼ばれる少年は嬉しそうに笑いながら、ジェラスに駆け寄っていく。
ジェラスはその冷たい目を少しだけ暖かくして、口元を緩めた。
それは一般的に微笑むという行動にとれるもので、そんなものを見た私とルアーはポカン鳥になっている。
「そうか、お前は南に派遣されたんだったな。」
「そういうジェラスは確か東のバンセルだろ!?何たってこんな所にいるんだよ!」
黒い服を着た2人が話しているだけで、悪の組織を感じさせる。
そんな2人を唯呆然と眺めている私達と違い、あの女の人は勢いよく声を上げた。
「おい、ブレイズ!!その男は誰だ?」
「あぁ、こいつは俺の故郷の馴染み友だ。幼なじみ的な?」
「・・“的な?”じゃなく、幼なじみ。腐れ縁だ。」
「あっ、ひでぇ!!俺は腐れ縁じゃなく、運命で繋がった相手だと思ってんのに。」
「“運命”・・・気持ち悪い事を言うな、このチビ術師が。」
「なっ!!これでも成長してんだよ!何だよ、自分がちょっとデカイからって。」
「ちょっとじゃなく、かなり、だが?」
初めて見るそのジェラスの張り合う姿に、私は思わず声を出して笑ってしまった。
その横でルアーも大声を上げて、お腹を抱えながら笑っていた。
その様子にジェラスは少し頬を赤らめて、咳払いをしてその少年をにらみつけた。
それがまたおかしくてしばらく笑い声は止まらなかった。
「あははっ・・も・無理ぃ!!」
「あーーっ腹いてぇっ!!」
「・・・・・・。」
そう、一度ジェラスもこんな風に一緒に大笑いした事があるのを思い出した。
あんな冷たそうな顔をしている彼も、やっぱり人間である事をふと失礼ながらに思った。
「はぁ〜、笑ったぁ。」
「あぁ・・腹いて・・。」
「笑いすぎだ。」
「で、話戻していいか。」
ようやく笑い声が収まった頃、女の人は言葉を発した。
その言葉に私達は急いで口をつぐんで、顔を引き締めた。
「ブレイズ、この男は誰だ。」
「あぁ、だからこいつは俺の幼なじみの魔術師、ジェラスだ。」
「そっちは。」
「こっちは、俺と一緒にここに配属された魔術師トレス。」
「そっちの2人は何だ?」
3人の紹介が終わると私のほうをあの鋭い目が見る。
その目にルアーは答えた。
「俺はコアとジェラスと一緒に東の村バンセルに配属された魔術師ルアー。」
一通りの自己紹介が終わると、トレスさんが仕切りなおすように言った。
「コア、お前は帰れ。」
冷たく私だけに届けられたその言葉に体が凍るように冷たくなった。
「おい、トレス。」
「ここはドラゴンマスターを受け入れたりしない。お前は帰るんだ。
自分の持ち場を離れて、それでもお前はマスターか。」
そう。私は自分のすべき事から逃れて、こんな所にいる。
あの場所を父に預けてここに来る事が意味する事なんて、分かっていた。
「私はただじっと自分の場所を守るためだけに、ここに来たんじゃない。」
私の言葉は真っ直ぐに、トレスさんに届いただろうか。
この気持ちごと届けばいいのに。言葉とはなんて厄介なものなんだろう。
「軍長さんも、言ってたじゃない。この国を救ってくれって。
私は・・・、私はただじっとこの戦争が終わるのを待っているだけなんてできない。」
「偉そうに。じゃぁ、お前等が配属された村は誰が守る!
無力な民をほったらかして、それの何がこの国を救うだ!!」
確かに、トレスさんの言っていることは当たっている。
無力な民のために配属された私達、魔術師やドラゴンマスターが民を見捨てるなんてもってのほか。
だけど私は、見捨てたわけじゃない。
無力な民のためにできることは、守る事だけじゃないとそう思った。
「ドラゴンマスターが1人・・・守ってくれています。」
「配属者たった一人で何ができる!?」
「配属者ではなくて、ずっとこの地で1人で守り続けていた・・・」
私の父だ、と言おうとすると別の方向から声が漏れた。
「まさか、紺碧のドラゴンを従えるマスターかっ?」
そう嬉しそうな声を上げたのは、ブレイズさんだった。
その言葉に私がコクンと頷くと、彼はもっと嬉しそうな顔をして見せた。
「15年前、世界から消えた、コントゼフィールの天才マスターかもしれない、と言われている人だよ!!
トレス、知らないのか!?」
「私は魔術師だ、マスターには何の興味もない。」
「なぁ、その人の名前、何ていうんだ!?」
その目からは希望が満ちた目を見せている。
彼は魔術師なのに、そんなにもドラゴンマスターに興味を抱いていた。
それはとても珍しい事で、ルアーやジェラス、トレスさんもそうであるように、たいていの魔術師はマスターに全く興味がない。
そのためその知識もとても薄く、ドラゴン契約の内容も全くと言っていいほど知らないのだろう。
そしてまた、彼も魔術師な筈なのに、目の輝きはまるで憧れのマスターを目指す者の目をしている。
「フェウス。」
そう、私はお父さんの事を何も知らないんだと思い知った。
「やっぱり!!!!!世界一の場所を捨てて姿を消したマスターなんだ!コア、お前なら知っているだろ!?」
マスターなんだから、知らない筈がない。そう言いたげに彼は私の目を見る。
しかし、私の答えはノーだ。
魔術師の彼が知っている父のことを、マスターでなおかつ娘である私が何も知らない。
「ごめん、知らない。」
「何でだよ!?この地では紺碧のマスターとかって呼ばれてんだ!
そのドラゴンの牙には、主のフェウスという名が刻まれてるんだ!」
それでも興奮は収まらないのか、彼は言い続ける。
その牙にある主の名は、死ぬまでドラゴンとの契約を打ち切る事はしないと誓った証として刻まれるものだ。
その言葉に私も驚いた。ドラゴンの牙にその主の名が刻まれているということは、
そのマスターは永久呪文を扱えるくらいの高等マスターだからだ。
高等マスターなんてこの世界には滅多にいない。きっと学校ではリース先生くらいであろう。
「それがどうした。」
「トレス、それが意味するのはそこらの高等魔術師を50人くらい集めても、全く歯が立たないっつーことだよ!」
「・・高等魔術師50人!?」
トレスさんもその言葉にようやく驚きを見せた。
「高等魔術師50人っつったら・・・魔術師委員会の奴等だって張り合えるかどうかわからないくらいだぞ!?」
「そうだよ!そんなマスターがこの地の村を同時に守る事くらい余裕だよ。」
お父さんはそんなに凄い人だとは知らずに、ここに来た事が少しだけ恥ずかしかった。
いや、恥ずかしいというよりは悔しかった。
お父さんの事を何も知らないまま、こんな所にきてしまった私はもっとお父さんとたくさん話をすることもできたのに。
それを選ばず、私は王家の血を継ぐものを探す事を選んだ。
「私達はここの村に、王家の血を継ぐ者がいるというのを聞いて迎えに来たんです。」
だけど今すべき事は、悔やむ事じゃない。そう思うと私の口から勝手にそんな言葉が漏れた。
私が今すべき事は一刻も早く王家の人を見つけて、その人を王座に就かせる事。
そしてこの国を平和にして、お父さんと一緒に、お母さんに会いに行くこと。
もう悔やんでいられる時間なんてないんだ。
トレスさんに駄目だと言われても、帰れと言われても、それでも私は進まなくちゃならない。
それは私が選んだ道だから。
今悔やんでちゃだめなの。悔やむのなら、明日にしよう。
明日になったら明後日に、明後日になったらその次に、そうしていつか悔やむ事さえ忘れる日が来る事を。
それまで私は、今できる自分の選んだ道を進み続けよう。