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第59話 :コア

熱い太陽が空の真上を通り過ぎ、少しずつ傾き始めた昼。

子供達を広場に集めてお昼を作って、村の皆に配り終えた頃、

崩れた家屋の瓦礫がれきに腰を下ろしたジェラスが、空を仰いで2匹のドラゴンを見ているフェウスさんに声をかけた。


「貴方はいつからここに。」


さすがに熱いのか、ジェラスは腕を捲り上げている。

ジェラスの質問は、私も気になっていたことだった。


「もう、10年以上になる。」

「そんなにっ!?」

「あぁ。あの頃から地方では多少の争いごとはあったが、その頃はここも栄えていたよ。」


今ではもうその影さえも思わせないこの村が、10年前にはどのような姿で賑わいを見せていたのか。

目を閉じても到底想像もつかない。


「それがここ5年で・・・、たった5年だ。中心都市ほどに栄えていたこの村が、

たったの5年でまるで何もなかったかのように痩せ細り、消えかけている。」


フェウスさんの黒い瞳は、どこか遠くを懐かしむように眺めているようだった。

その先には何が建っていたのだろうか。ここには何があり、誰がいて、何を話していたのだろうか。

賑やかで、人の笑い声が耐えないようなこの村は、

今や子供の泣き声と飢えや怪我に苦しむ人のうめき声が響いているだけ。

そうさせたのは、紛れもなく戦争だった。


「人間とは脆い、人間の築くものはもっと脆い。」


フェウスさんの言葉には、何の間違いもなかった。

人間とはたった一本の矢で、たった一度の魔法で、ドラゴンの炎たったひと吹きで、いとも簡単に死んでしまう。

そんな人間が築くものは、人間の手によって、もっと簡単に壊れてしまう。


「それを儚いものなのだと言えば終わりだが、儚くするものが人間の醜い心なら、それは唯の破壊に過ぎない。」

「それが・・・戦争の力、ですよね。」

「あぁ。この戦争について少し、話をしようか。」


フェウスさんがそういうと、しばらくそこに立って聞いていたルアーも熱い地面に腰を下ろして、彼を見た。

フェウスさんの口が開いたのは、それから少し風が吹いた後だった。


「この戦争を起こしているのは、アカンサスの中で今最も力を持つ2つの貴族、ベーレ家とバデス家だ。

5年前、先の王クオンズがお亡くなりになり、王家の血は途絶えたと言われた。

そこで次の王となるのは自分だと名乗りを上げたのがその2家。

昔から仲が悪く、争いごとも耐えないその2家はついに対立し、この戦争を引き起こして、王座を狙っている。」


たった一つの椅子のために、こんなに人が苦しんで。

それで何が王だ。それで何が国のトップに立つのを望む者だ。

人はいつだって簡単に人を傷つけてしまえる。だからこそ人の上に立ち先頭にたつものは、

常に下の者、後ろの者のためにここに立つのだと思い続けなければならないのに。


「酷い・・・。そんなの、誰も望んでない。こんな戦争を起こす王なんて、誰も望んでなんていない!!」


私の声だけが哀しくその場に響く。

王座なんてくだらない物の所為で、幼い少女が赤子を背負い、この熱い地を裸足で歩いて食べ物を探している。

誰がそんな事を考えてやるのだろうか。争う事で生まれた王なんて、何の意味もないのに。

その時、遠くから何かたくさんの馬の足音が聞えてくる。

村の広場に座っていた私達はその足音に静かに立ち上がり、その音が聞こえて来る方を見た。


「何?」

「敵か。」

「いや、違う。」


ルアーとジェラスが遠くからやって来る馬の姿を、目を細めて見ながら言った。

ゆらゆらと蜃気楼のように揺れるその馬達は、ざっと数えただけでも20頭は超える。

そんな集団がゆっくりとこっちに向かってくるのを、ルキアは空から見ていたのか、急に地上へ足を下ろして、

私を守るように囲んでその方向を見ていた。


「あれは、ハデス家の旗だ。」


小さく風に揺れている旗のようなものに、フェウスさんがそう言った。

ハデス家の旗を携えて、だんだんと近づいてくる馬の集団はその姿をはっきりと見せた。

約5メートルという場所に着いた時、馬の足は何度か足踏みをして止まった。

後ろのほうの馬が小さく鳴いているのも聞える。


「お前達が昨日のドラゴンマスターと、魔術師達か。」


先頭に立ち、手綱を器用に操りながら茶色の馬にまたがる一人の男がそう言った。

その斜め後ろに着いている馬に乗る男の左手には緑の布地に金の刺繍で枠取りされ、

その中心部には羽を広げる鳥が描かれた逆三角形の旗を持っている。


「・・・ハデス家の人。」


これがあの戦争を起こしている人の下で働く人。

そんな風に私が男を見ると、男は私を守っているルキアを見て馬を下りた。

それから私の方に向かって、一歩一歩近づいてくる。


『寄るでない。』


いつもの優しい声とは全く違う、低く唸るようなルキアの声が男の足を止めさせた。

ルキアの青く澄んだ目が、男を一秒たりとも見逃さないように、ジッと睨みつけている。

それでも男は一歩と踏み出すと、ルキアは大きな尻尾を地に叩きつけた。

その行動に男はもうそこから動く気配を見せずに、その場に跪いた。


『私の主に何のようです。』


依然冷たいルキアの声が、男に降りかかる。


「幻の白竜を従えし者、そなたはあの伝説のドラゴンマスターであろう?」


男の声にパッと馬達を見ると、先ほどまで馬に乗っていた兵士達が馬からおり、その場に跪いている。

そして馬だけが小さく揺れたり、首を振ったりしている。


「違います。」


私がそう言うと、男はこっちを見てもう一度頭を下げた。

そのまま地面を見たまま男は、私に言った。


「そなたは伝説のドラゴンマスターでおられる。どうか、我々に力を貸してもらえんか。」


男がそう言った時、ルキアが白い羽を羽ばたかせ、風が起こる。

その風に舞い上がる砂から男達は目顔を覆った。

その行動からルキアは怒りを露にしている事がわかる。

そう、私の心を感じとったかのように同じ怒りを覚えていた。


「お断りします。」

「何故!?」


“何故”そんな理由が必要なのか。

人を傷つける事に、苦しめる事に、殺す事に参加しろと言うのか。

誰がそんな事に喜んで参加する者がいる。


「報酬がいくらならいい。いくらほしいのだ。ん?」


腐っている。汚れきっている。

お金に縛られて生きる人間ばかりだと思い込んでいるのだろうか。

誰がお金を詰まれて人を殺す道具になんてなるか。


「最低。」

『下がれ、汚らわしき者ども。』

「なっ!!もしやそなたら、すでにベーレの輩と組んでおるのか!!」

『これ以上近寄るでない。』

「・・っ!ならば相手が誰であろうと、叩ききってやるわ!!」


急にその場を立つと馬にまたがり、その男は大きく腕を振りかざした。

その合図にそれまで座り込んでいた兵士達は、腰に携えた剣を片手に馬にまたがった。


「ルキアっ!」

「レイン!」


私の声に続いて、フェウスさんが紺のドラゴンの名を呼び、同時にドラゴンにまたがった。

ルキアはすぐに地から離れ、空高くへと上っていく。

その少し下を、紺のドラゴンが飛んでいる。

そのドラゴンの姿を確認すると、地上から2つの声が上がった。


「人の手にあるものが、地の神により、全て地へと還るように!」

「人に操られし者が、夜の神により、優しく眠りにつくように!」


地上を見下ろすと、馬の群れに手をかざしているルアーとジェラスがいた。

ジェラスの掛けた魔法により、男達が握っていた剣はあっという間に砂になり、男達の手の中から地へと落ちて行き、

ルアーの魔法により、男達が乗る馬はその場に倒れこむと、そのまま眠りについてしまった。


「すごーい。」

『さすが高等魔術師ですね。』

「中々の腕前だな。」

『真に。』


空を浮かぶ私達はその様子に、圧倒されていた。

しかし地上にいる男達は、もうそれどころではない、という顔つきで逃げるように去って行った。

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