表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/136

第57話 :コア

『 You are our world core. 』――――私達の世界の中心は貴女。

“私達”そう記されているこの指輪は、朝の光を反射して金の光を放っていた。

朝風は夜にまして冷たい。


「ふぁぁ・・・。・・・お。コア。」

「おはよう、ルアー。」

「あぁ、早いな。」


その朝焼けの中、目を覚ましたのはルアーだった。

私は明け方近くに薄っすらと一度目を覚ましたが、

私の頭の上でジッと座っているジェラスを見て安心してもう一度眠ってしまった。


「なんだぁ?こいつ、まだ寝てんのか?」


こいつ、とルアーが指差すのはきっと夜中ずっと起きて、私達を守ってくれていたであろうジェラスだった。

彼でもこんなに気持ちよさそうに眠るのだと思うと、私は思わずその寝顔に微笑んでしまった。

その瞬間、あの怖い声が私の微笑みに言葉を突き刺した。


「人の寝顔を見て笑うのか、お前は。」


そういうとジェラスはムクッと体を起こしてこっちを見た。

その目からは軽い怒りが見え隠れしている。


「えっと、そのっ!可愛いなぁって!」


何のフォローにもならない私の言葉に、ジェラスはそっぽを向いていしまった。

折角昨日名前を教えてくれて、私の名前も呼んでくれたというのに、何だか悲しくなった。

黒いローブは寝る前は畳んで置いておいたのに、いつの間にか私にかぶせられている。

その正体はきっと、ジェラス以外何者でもない。


「ジェラスっ!」


思い切って名前を呼ぶ。それまで眩しそうに朝日を眺めていた彼の黒い眼が私を映した。

そのことがほんの少しの事なのに、とても嬉しく感じられて仕方なかった。


「何だ。」


そっけなくて、怖くて、ぶっきらぼうなのに。とても優しい。


「ありがとうっ!」


私が笑ってお礼を言うと、彼は何のことだかさっぱり、という顔を見せた。

そんな私達を見ていたルアーが急に声を上げた。


「恋愛禁止だからな!!」


いきなりのその言葉に私は思わず、マヌケ面を二人の前にさらしてしまった。

いや、いつもさらしているのかもしれないが、もっと酷いの。


「ぁはははっ!おかしっ!もうむ・・りっっ!ははっっ!恋愛!?」

「フッ」


その言葉に耐え切れずジェラスでさえ笑い声を上げると、ルアーはポカンとした顔を見せている。

恋愛感情は微塵もない私達にそんな事をいう、ルアーが考えられなかった。

確かにジェラスは大好きだけど。それはルアーとも同じであって。

私は恋愛感情として、2人を見たことなんてない。

私がそんな感情を抱くのは、たった一人だけだもん。


「ジェラスってお前の名前だろっ!?そんな親しげな所見て、恋愛じゃねーとは言えねーだろ!?」

「ルアーって、おバカさんなんだねぇっ!!」

「どこまでも、そうだな。」

「う、るせぇ!!」


賑やかな声が朝日と共にバンセルに響いた。

何もないこの町に、静かな朝は何度も何度もやってきては、過ぎ去っていく。

その間、民は皆苦しんでその時をしのぐしか出来ない。

そんな場所に私達はやって来て、朝を迎えている。

全てを平等に照らすオレンジに近い黄色の太陽の光は、私達に力を与えてくれている。

まだ誰も目覚めていない朝を、私達は静かに堪能していた。

その時――――――――


ダァンッ”


物凄い音が静かな朝を一瞬にして壊して行った。

ドスン、と一度地は揺れて、小刻みに震える。その振動に、私達は急いで立ち上がりその音の方向を見た。

土ぼこりと、黒い炎が黙々と立ち上っている。


「何あれ!?」


私のその声に2人とも顔を動かすことなく答えた。


「この匂い、火薬。」

「大砲かなんかか!?」


するとまだ薄い赤の色をした空から、大きな玉が2つ降ってくる。

そのうちの1つは炎をまとっていて、2つは同時に地上を目指していた。

町がまだ完全に壊れていない場所を目指して、二つの玉は生き物のように飛んでいく。


「ルキアっ!!」


2人はその光景から眼をそらすことができず、ただ呆然とその様子を目を見開いて焼き付けているようだった。

けど、私達がここに来たのは、歴史を正しく記すためでも、後世に語り継ぐためでもない。

私達はここを守るためにきたのだ。唯見ているだけなんて、嫌なんだ。


『何です、アレ』

「敵が攻めてきたのっ!!急いで!止めに行く!!」


飛んできたルキアに私は飛び乗って、ルキアの上でバランスをとった。

冷たい朝の風が黒いローブを強くなびかせている。

ルキアは猛スピードで二つの玉まで飛んでいく。早く、早く。そんな思いがルキアからも伝わってくる。


「おいっ!」

「コア!!」


二つの声が後ろから、聞えるか聞こえないかの距離から届いてくる。

私はその声に一度振り返って、すぐに前を見た。そんな私にルアーとジェラスは最大限のスピードで追いついてきた。


「はえぇっ!」


ドラゴンはこの世で最も早く飛べる生き物であることを、彼らは知らないのだと思う。

私が乗っているから、これでもかなり速度を落としているのに、彼らはルキアの尻尾を追うので必死だ。

そんな2人は私に大声をかけた。


「あんなのに突っ込んだら、お前死ぬぞ!?」

「無茶だ、あの大きさは!!」


その大砲は少し離れたこの場所から見ても、相当大きいもので、直径20メートルはありそうなほどだった。

ルキアが飛んでも中々近づけないその大砲に、私はそんな事を1つも思わなかった。

ルキアにはあそこまで運んでもらって、私は空中で魔法をかけるつもりでいたし、他に手はなかった。

私の魔法が通じるか、そんなことはもうどうだってよかったんだ。


「じゃぁ・・・じゃぁ放っておけっていうの!?」


そんな事したら、この町は完全に焼け野原になる。

まだ静かに眠っているかもしれない子供達や、動けずにいる人々が、ここで血を流すことになる。

私達はそんなことがないように、ここに来たんでしょ?!


「大きいだとか、そんなの関係ない!!私は守りたいの!!」


ようやく魔法が掛かる距離まで入った。それでもここから魔法をかけても意味のないくらい小さな物にしかならない。

ルキアはどんどんと近づいていく。残り30メートルと切ったとき、私はルキアから足を浮かせた。


「ルキア、上に上がって!」


その私の言葉に、彼女はすぐさま従い真上へ上がっていく。

炎に包まれて地上を焼き野原にしようとする大砲に、私は落下しながらも両手をかざした。

時間はない。心の中で、必死にルキアとの繋がりを探した。

お願い、どうか間に合って。

『コア!』

ルキアの声が心に響く。見つけた!

『ルキア!大きな大きな冷気を吐いて!!』

『分かりました。』


空気の抵抗で体が少しだけ安定する。その瞬間にあの玉の炎だけでも消さないと。

そんな思いで両手を必死に構え続ける。流れてくる強い風に折れないよう必死に大砲を定めていた。


「ルキアっ!!」


声に出して彼女の名前を呼ぶと、心が一瞬共鳴したかのように奮えた。

その瞬間、上空に舞う白いルキアから大砲を包み込むほどの冷気が放出された。それが最高のタイミングだった。


「水の精霊、我に全ての力を!!ウォーターっ!!」


私を浮かせる風からは、水の精霊が分け与えてくれる力を感じて魔法を描いた。

すると、届くわけのない距離にある大砲目掛けて考えられないほどの水流で水柱が真っ直ぐに伸びて行った。

その瞬間、ルキアと繋がった心で思った。『いける!』

その言葉は確かに確信へと代わり、大砲はジュウッと大きな音を立てて空中で炎を消した。

しかし、そのスピードは衰えず地上を目指している。


「地を目掛けし物が、風の神により空に留まるように!!!」


落下していく中でその2つを一気に止める力は残されてはいなかった。

それでも私に出来ることはまだあった。

そう考えると、ジェラスが大砲を空に浮かせている間に私は地に向けていた背を空に向けた。


「全精霊に力を借りたい!!この地に宿る精霊達よ!我に今再びこの地を守る力を!バブル・ホール!!」


黒いローブの紐が解けて空を舞っていった。

一気に重くなった体は、スピードを上げて地上へ近づく。

それでも私の頭の中は時間との戦いだけだった。足りるか、足りないか。

今さっきの術で町全体を覆い始めたシャボン玉のようなドームは、ゆっくりと町全体を囲っている。


「コアっ!!」


地上が目の前に迫ってきた瞬間、真っ白羽が私を優しく包み込むようにして空へと舞い戻した。

暖かく、優しく、心地いいその場所は目を開けずとも分かった。


「ありがとう、ルキア。」

『本当に、コアはいつも無茶ばかり。』


ルキアの背に座り、下の町を急いで覗きこんだ。

すると空気中で留まる1つの大砲に対して、もう1つの大砲はあと少しだけで完成するドームに触れる直前だった。


「やぁっ!!」


ギュッと目を閉じ、その場面から眼をそらした瞬間。

ルキアが軌道を変えた。するとさっきまで飛んでいたところを、あの黒い玉が物凄いスピードで空に向かって飛んで行ったのだ。

何が起こったのか全く理解できない私の元に、ルアーとジェラスが近づいてくる。

その距離からして、2人の魔法ではないようだった。


「すっげぇ!!」

「凄い魔力だ。」


2人も驚いた顔をして町を見下ろした。

そこにあるのは未完成のバリアを張り損ねているドームと、その上空に小さく浮いている1頭のドラゴンだった。

そのドラゴンの色は紺に近い、夜明けに似た色をしている。

その背には、灰色に薄汚れたボロボロの布を羽織った人が立っている。


「あれって・・ドラゴンマスター?」

「本当だな!!ドラゴン連れてるしな!」

「あの男が、あの魔法を・・・」


ジェラスの言葉で、ようやくそのマスターが男であることがわかりゆっくりと近づいた。

あの20メートル近くある大きな大砲を、あの人はたった一瞬で空の向こうへと跳ね返してしまった。

その脅威の魔力に今近づいているのだと思うと、とても心臓が高鳴った。


「――――――――白竜」


口を開いてその男の人は呟いた。

それは驚くでも、見惚れているでもなく、ただそのモノを眺めているような。

その髪の毛は長く、所々に白髪が混じっているが、どこか若く見えて、その眼は何かを必死で求めているようだった。


「あのっ、ありがとうございました!!」

「マスターは君か?」


紺のドラゴンはしっかりとした体格で、程よく鍛えられていた。

そのドラゴンに並ぶと、ぼやけていた顔がくっきりと見えた。


「はい。」

「君のような少女が。」


その言葉は馬鹿にしているふうには感じられず、どこか懐かしさを見せる目を私に向けてくれていた。

優しい目だとしか思えなかった。そんなその男の人はにっこりと笑うとルキアの頬に触れた。


「美しいドラゴンだな。まさかもう一度見られようとは。これも運命の神のおかげかな。」

「運命の神・・・ですか?」

「あぁ。私の名はフェウスだ。」

「私は」

「君達は名乗らなくていい。いや、名乗ってはいけない。

私は時々この村に来て世話を焼いている、ただの老いぼれのなりそこないだからな。」


でもっ、と言いかけた私の口からは、何故かそれ以上の言葉が出てこなかった。

どうしてだか分からないが、どうしてもその先の言葉は出てこなかった。


「それじゃぁ、『D137』と呼んでください。」

「俺は『G25』!で、こっちの黒いのが」

「『K14』」

「分かったよ。」


優しく笑う彼の顔がどうしても、心を焦がすような気持ちにした。

その微笑の奥にあるものが、誰かに似ているようなそんな気がしてならないのだ。

深くて暖かくて、たくさんのものを抱えて。

ルキアたちは短く会話をして空から降りて行った。私はその間もずっと考えていた。

地上に足を下ろしても、空を見上げても。

耳に入ってくる彼の声が私を不思議と縛り付けるように、聞き入らせて。


誰なのかと聞いたところで、答えは変わりない。

なら何なのだろうか。この、心の中でたぎる炎の片隅のような熱さは。

この熱を冷ますことができるのは、ただそこに存在する時間と、生ぬるい夏の風だけであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ