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第56話 :ジェラス

夜は闇を従えて、静かに世界を包み込んでいた。

その空には、太陽の光は届かない宇宙が広がり、幾千もの星々が地上を優しく見守っていた。


「綺麗だね、空。」


2日前に出会った少女コア、その名は魔術師でも知らない者はいないほど有名。

一見普通の少女で、まるで街で友達と買い物をして楽しんでいてもおかしくないような気にさせる。

サラサラと夜風に揺れる髪も、白いワンピースも、全てが少女に映えていた。


「まるでルキアと出会った頃の夜空みたい。ここには空を遮るものは何もないけど。」


それは幸運なことなのか、それとも不運な事なのか。

何もないこの場所には、確かに夜空を隠す物は何一つなく、空はどこまでも広がっている。


「あ。ルアー、もう寝ちゃってる。」


シンと静かな夜に、その少女の声は明るく響く。

白いワンピースと、俺の与えた黒いマントが唯一彼女を少し冷たい夜風から守っている。

その夜風についた焼けた匂いや、死臭から彼女を守っている。


「黒さんは、星好き?」


俺のことを“黒さん”などと変わった名前を勝手に付けたのは、彼女が初めてだった。

その言葉に少し戸惑いながらも、小さく頷いて見せると思ったとおりの笑顔がこっちを見る。

月の白い光だけが地上を照らしていたが、少女の笑った顔はまるで太陽に照らされているように明るく

冷たい土からは、まるで真昼の野原に咲く花の甘ったるい匂いでもしてきそうである。


「そっかぁ!!綺麗だもんねっ。

私、ルキアとまだ契約してなかった頃ね、森で星を見ながらルキアと話をしたの。」


幻と謳われる白竜の主である事を、すぐに忘れさせる少女の事がまだ信用できなかった。

仲間なんて必要なかったのに。

一目見ただけで、何故だか足が彼らに近づいてしまった。


「ドラゴンは星が好きなの。平和を願うものだから。」


知ってた?と少女は楽しげに首をかしげた。

白い首筋に風に流された髪が絡みついて、そのうなじをスッポリと隠した。

それから長い沈黙が襲う。その間俺はずっと考えていた。

結局は他のドラゴンマスターと同じで、ドラゴンを縛り付けているくせに

自分はそんな事はしていないと言い張っているだけに思えてならなかった。


「綺麗な星。」


確かに俺やあの男には出来ないことを、こいつは簡単にやってのけたかもしれない。

確かに自分を犠牲にしてまで、白竜のことを思って弱音も吐かず歩いていたかもしれない。

それでも、時々嫌になるんだ。

本当は彼女を信じたいのかもしれない。人間と言う生き物を信じたいのかもしれない。

それなのに、そうできないで疑っている自分がいるんだから。


「白竜を遣う者だから、そう言ってるのか。」

「え?どういうこと??」

「伝説を目指しているから、白竜を思うようなことを言うのか。」


答えの言葉は決まっていた。『違う!』大反論して大声を上げるに違いないと決め込んでいた。

夜風が強く吹き付けると、少女はまた静かに空を見上げて短い沈黙を作った。


「・・・うん、そう。」


思ってもみなかった言葉。

俺の嫌味を認めて、それでも尚空を見上げて凛とした横顔を見せて答えた。


「私は伝説のマスターを目指してるよ。だけど、ルキアを思うのは白竜だからじゃない。」

「・・・」


闇を照らす月は太陽よりもほのかに世界に光を与えている。

星はまるで拾い忘れた宝石のように、無造作に空に落とされているように輝く。


「ルキアはただのドラゴンなの。ルキアは、星が好きだけどね。

私と一緒で、星になれなくても今ここでできる事をできたらそれでいいと思える、素敵なドラゴンなの。」

「今ここでできる事」

「そっ。私に今できる事は、ルキアを大切に思う事。人を大切に思う事。

たくさんの人を笑顔にする事。努力する事。諦めない事。

どれもね、とても簡単な事なんだよ。でもね、とっても大事な事なの。」


俺が出会ったのは、幼い幼い少女のはずだった。


「黒さんは何が出来る?私なんかよりずっとずっとたくさんの事、できるんだよね?すっごく尊敬するっ!!」


白竜を思う事が、今の自分にできる事と言うこいつは、他のドラゴンマスターとは少し違うような気がした。

それはあまりにも楽しげな笑顔のせいなのか。今までに見てきたマスターよりも幼いからだろうか。


「私はルキアの時間を奪ってしまったから。

私はルキアが失った時間以上にたくさんの幸せを与えてあげるの。」


(結局は他のドラゴンマスターと同じで、ドラゴンを縛り付けているくせに

自分はそんな事はしていないと言い張っているだけ)

そう思っていた俺は、少女のその言葉でハッと闇に目を見開いた。


「ルキアはルキアの一生を私にくれた。私はその一生をルキアを想うのに使いたい。」


何人ものドラゴンマスターと出会ってきた。

そのたびに、そのマスターに従うドラゴンが可愛そうに見えて仕方なかった。

どんな綺麗事を並べた所で、ドラゴンを縛り付けている事に変わりはないと思っていた。


「だから私、伝説を目指してるの。おじいちゃんみたいになりたいのもあるけどね。

ルキアを伝説のマスターに使える白竜にしてあげたいの。

今は無理でも、いつかはたくさんできる事があって全てをこなせるような、黒さんみたいになりたいの。」


俺は何も出来ない。自分の靴を脱ぐ事も、重いマントを脱ぐ事も。

今手にある全てを手放してしまう事も。コアがしたこと、俺は唯の一つもできやしない。


「―――――・・・ジェラス」


なら、今の俺にできる事は何か。

彼女のように、綺麗事だと思われていても、否定する事もせず唯自分にできる事をしたい。

それが何であれ、自分にできる事だからと、全てを捨てでも、自分を傷つけてでも、俺にできる事をしたい。

そんあ今の俺にできる事は、この少女を信じる事だ。


「ジェ・・ラス?」


“黒さん”と呼ばれるのも悪くない。けど、信じた奴には名前くらい教えられるだろう?

それが今の俺にもできる事だと思うんだ。


「俺の名だ。・・・コア。」


コアは今はまだ幼い少女。

しかし彼女はいずれ世界を背負うほど大きくなる少女なんだ。

そう思うと夜風は心地よく、まるで闇を切り裂いて走ってくるかのように吹いた。

その空には幾千もの星々が、唯拾い忘れた宝石が落とされているように輝いていた。

その空を白いドラゴンが駆けてくると、コアは優しく笑って言った。


「ルキアのために伝説を目指してるっていうのは・・・ルキアには秘密にしてね!」


スースーと寝息を立てて眠っているこのルアーという男の事も、何だか信じられるような気がした。

俺が出会ったのは幼い幼い、やがて伝説を背負う少女だった。


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