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第55話 :ルアー

俺が見てきたもの全てが、その場所1つで覆された。

生きてきた時間がどれだけ幸せで、暖かいものなのかを思い知らされた。


「ここが、東の村バンセル・・?」

「まさか・・・、こんなだとは・・・」

「・・・」


その村の入り口に立つ俺達3人の眼に映ったのは、焼き払われた家や、ボロボロになって歩く人々。

焼かれた家屋の断片に背中を預けて眠っているのか、死んじまったのか分からない人々。

ぼーっとその村を眺めていると、隣に立っていたコアが急に走り出した。


「お、おい!コア!?」


呼び止めても、この声が彼女を止める事はなく、コアは走って1人の少女に近づいた。


「お嬢ちゃんっ!!」


コアが呼び止めると、その小さくボロボロになった足を止めて、コアの方を向く少女の顔はまだ幼く

8歳になるかならないかくらいの子で、細い腕をコアに向けて、警戒の眼を見せた。


「・・・誰?何しに来たの?・・敵?」


たった8歳くらいの子が、コアを敵だと警戒している。

その背に背負うまだ息をし始めて間もない赤子を守るように、コアを睨みつけて。

その少女の背にあわせてコアは暑い地に膝を折ると、自分の靴を脱ぎ始めた。


「これ、履いて?」


暑い熱い風が顔に吹きつけてきた。

コアはその地面に裸足を与え、彼女の目の前の少女に靴を手渡している。

コアは少女に靴を無理矢理持たせると、今度は羽織っていた真っ白で美しいマントを脱ぎ始めた。


「え・・いいの?お姉ちゃんはっ?」


少女はその細い腕をゆっくりと下ろして、驚いた顔をコアに見せて聞いた。

マントを脱いだコアの半袖から覗く腕は、あまりに細くて白くて、直接日光を浴びるとヒリヒリと痛みそうだった。


「私は平気。ほら、早く靴を履いて?これも、羽織って。じゃないと赤ちゃんが日焼けしちゃう、ね?」


コアはそういうと、まだ悲しげで涙を浮かべて立っている少女と背中の赤子にその白いマントを羽織らせて言った。

少女は靴を履くために、腰を下ろした。その瞬間、乾いた土に涙を落として小さく呟いた。


「あ・・り・・がとぉっ・・。」


小さくて、俺や黒の男には聞えるか聞えないかくらいの震えた声。

その声にコアはその小さな手を優しく、少女の頭に乗せた。

それから何を思ったか、コアは身に着けていた全てを脱ぎ捨てワンピース一枚とペンダント1つだけになると

その少女にその服やカバンや、持ち物全てを渡して言った。


「これを他の子供達にも配って欲しいの。」


真っ白のワンピースが夏の暑い風と光に揺れている。


「それから、あそこの広場に呼び集めて?お昼の時間だもんね。お昼にしよう?」


何もないその場所で、たった一人ワンピースの少女が何かを作り始める音がした。

少女はコアの言葉にその場から走っていく。

するとそれまで背を向けていたコアが、こっちを振り返って笑った。


「お前・・!馬鹿じゃねーのか!?そんな格好になって!!日焼けして、肌が赤くはれ上がるぞ!?」


真っ白な細い腕は、まさに女である事を告げていた。

まだ幼い少女の日焼けを知らない腕は、夏の風にさらされている。

その少女は俺等に近寄りながら、笑っていった。


「日焼けくらい、平気だよ!!」

「お前・・、あのマントは必要なものだろ!?あんな高価なもん・・」


全てを捨てて、自分はたった一つのペンダントとワンピースだけで。

俺よりもずっと幼いはずの少女の行動に、俺も黒の男も驚いていた。

そんな俺等に、コアは明るい声で言った。


「私はあの真っ白のローブが欲しくて、テストを頑張ったわけじゃない。

あんなのあってもなくても、私はマスターだからね。

私が羽織るよりも、本当に必要とする人が羽織るためにあるほうがいい、でしょ?」


にっこりと笑ってコアは言った。

乾いた土の上に裸足で立ち、彼女はこれからこの世界を変えていくために。

全てを捨てて、純白のドレスをまとい、その細い首から美しい金のペンダントを吊り下げて。


「さぁ、手伝って?子供達のためにお昼を集めなくちゃ!!」


もうすぐ昼を過ぎようとしていた。

コアはそういうと、晴れ渡る青い空を静かに見上げた。

風向きが変わり、涼しい風が頬をかすめて、村を吹きぬけていく。


「ルキア」


真っ白なドラゴンに、真っ白な裸足の天使が駆け寄った。


『どうしたんですか!?その姿・・・』

「重たいから、いらないもの全部あげたの。このほうが、ルキアも軽くていいでしょ?」

『貴女は・・・・・自分の体を大事にしてください。』

「ありがとう、ルキア。」


そういうとコアはこっちに目を向けて、行こう!と声を上げた。

唯その様子を呆然と眺めていた俺の隣で、黒の男が真っ黒なマントを脱いで、コアに近づいた。

ルキアの背に乗ろうとしていたコアの背に、その黒いマントをかぶせた。


「黒さん、貸してくれるのっ!?」

「・・・・・・・ずっと被っていろ。」

「ありがとぉっ!!」


純白のワンピースと、真っ黒で大きなマントを羽織って少女はドラゴンにまたがると空へと近づいた。

空はその少女とドラゴンを喜んで迎えて、風を躍らせていた。


「おい。」

「ん?」


そんな空を見上げていると黒の男が声をかけてくる。

彼女が変えていくのは、この国だけじゃなく、俺やこの男。

彼女と出会う全ての人に、その幸せを分け与えて彼女は全てを変えていく。


「行くぞ」

「あ、あぁ!!」


箒にまたがると、少しだけ、世界が広がったようなそんな気がした。

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