第53話 :コア
真っ白な場所、そこがこれから私の立つ場所なのだと思い知らされた。
総予省よりもずっと何もない場所には、総予省よりもずっとずっとしなければならない事がたくさんあることに気づいていた。
「お前の番号は、D137だ。」
たくさんの人が集められた場所で渡された白い札には、『D137』と書かれていた。
周りにいる人は全て大人の男の人ばかりなのに、まるで自分だけが浮いているような気分だった。
そんなことを考えていると、官庁のような男は大声で番号と配属場所を言い始めて、
あっという間に『D137』の配属場所を伝えられた。
「・・・D137は、東部にあるパンセル。 D138は・・・」
広く乾いた地に集められているのは、ドラゴンマスターから、魔術師から、軍兵まで。
その理由はさまざま。ただ、確かに力があるものばかり。
「解散!」
官庁の声にビクッと体を揺らすと、周りの人達はばらばらに動いていった。
しばらくその場で立ち尽くしていると、ドンと何かがぶつかった。
「あ、わりぃ!!平気か?」
顔を上げると、真っ黒のマントを羽織った男の人がこっちを見下ろしていた。
その低い声には似合わない綺麗な顔が、ジッとこっちを見て笑った。
「お前がD137だなっ?」
「え?・・あ、はい。」
とっさに返事をすると、その男の人は私の頭に手を置いてにっこりと笑う。
「俺の名はルアー、番号はG25。」
「私は」
ザワザワと話し声がする中でのいきなりの挨拶に答えようとすると、
ルアーさんはその言葉の後を私の変わりに付け足した。
「ドラゴンマスター、コア。D137だろ?」
「はい!でも、どうして??」
見たこともないような彼の顔をジィっと眺めても、誰かも思い出せないのに、彼は私の事を知っている。
そのことに驚いて首を傾げると、彼はより一層笑いながら言った。
「これでも高等魔術師の端くれやってんだ。伝説のドラゴンが空を飛んだって事くらい知ってるさ!」
「あ・・・ルキア。」
「ルキアってのか?本物はまだ見たことないんだがな、それはそれは綺麗だと有名だな。」
有名なのは、白竜であるルキア。
その姿は見るものを魅了する、身の毛もよだつ美しさと謳われている。
今ではその羽も、白い肌も、疲れきって休んでいる。
「お前さんも有名だなぁ。あの総予省で大活躍だったって。ファルスを知ってるか??俺はあいつと幼なじみなんだ。」
「ファルスさんと!?」
「やっぱり知り合いか。あいつが凄い凄いってうるさかった。」
ファルスさんの幼なじみさんと会えるなんて、少し嬉しかった。
どこか、世界は狭いなと思わせられる。
「で、コアもバンセルだろ?」
「も・・ってことは、ルアーさんも!?」
「ルアーでいい。俺もだ。」
よろしくな、と笑う顔はまるでお兄さんという印象を与えてくれる。
少しずつ、人がこの場所を離れ始めるともう一人、男の人がこっちに向かって歩いてきた。
「お?なんだ??」
「・・・・・・・G25、D137か。」
「はい。」
「俺はK14」
「名前は?」
「・・・・」
真っ黒な髪の毛に、真っ黒な目、それに真っ黒なマントの男の人は私達を見ているだけで、
名前を名乗る気はないようだった。
「・・・K14っつーことは、同じバンセルだな。」
「そうなんですか?」
「敬語もやめろって。」
「え、でも。・・うん!」
「・・・」
ルアーよりも背の高いその人は、なにも言わないままこっちを見てくる。
その目に、少しの恐怖を感じるとルアーが横から明るい声を上げた。
「まぁ!よろしくっつーことで!!仲良くしてくれよ!!」
「同じ配属だからっ、お互い頑張ろう!」
その声に便乗しても、その人はピクリとも表情を変えない。
しかし、その声はとても綺麗で心を魅了した。
「思ったより、幼いな。」
「えっ!?」
それは私に向けられた言葉だった。
その後、彼の黒い瞳はルアーを見て空を見た。
「い、行くか!!」
「は・・うんっ!」
「・・・」
妙な空気から始まった、これから共に戦う仲間との出会い。
ルアーの金色の明るい髪と真っ黒な髪をした男の人が目の前で立ってこっちを見ていた。
「どうかしたの?」
風の匂いが心地いい夏の香りを漂わせた。
真っ青な空から注がれる夏の太陽は、じりじりと身を焦がしている。
「白竜」
黒い男の人が呟く。
「ルキア?」
「白竜呼ばねーのか?俺も多分この男も魔術師だから、箒に乗っていくけど。」
そういうとルアーと黒い男の人はその手に古びた箒を出した。
東のバンセルまでは、確か空を飛んでも丸1日はかかるくらいの距離だったことを思い出して、空を見上げた。
こんなかんかん照りの中を、またルキアに運んでもらうなんて、そんなこと出来るはずもない。
「・・・先、行ってて!」
夜になれば少しは涼しくなるだろうと思うと、それまでは歩こうと思った。
夜になって、ルキアの気分がよければお願いしてみようと思ったのだ。
あの白い羽が、もとの輝きを取り戻してから、空を飛べばいい。
「まさか、歩くつもりかっ!?」
「・・・」
2人が驚いた顔をしてこっちを見た。
その身長から、2人とも30cm近く差のある私を見下ろしてくる。
「え?あ、うん。」
「おいおい、無理だって!!」
「・・・」
ルアーが私の視線まで腰を下げて、覗き込むと聞いてきた。
「喧嘩でもしてんのか。」
優しげで真剣そのものの彼のその目に、私は思わず笑ってしまった。
「あははっ。違うよ?ここに来るまでずっと空を飛んでたし、こんなに暑い中を飛ばせたくないの。」
「は?お前、ドラゴンマスターだろ?」
「命令すればいい」
黒い目が見下ろしながら、言ったその言葉に体がピクリと揺れた。
“命令”をする気なんてない。
私達を縛るのは主従関係じゃない。この世界のドラゴンマスターのほとんどは、主従関係を持っている。
私が欲しいのはそんなものじゃない。彼女に与えたいのは、そんなものじゃない。
私達はそんな物に縛られるんじゃなく、絆で結ばれていたいから。
「・・・ドラゴンは、マスターの召使じゃない。」
それだけは知っていて欲しいの。
たとえ魔術師で、ドラゴンマスターのこと何も知らなくても。
「ドラゴンは意思を持ってマスターの傍にいるの!」
それだけは知っていて欲しいの。間違えないで。
私達マスターは、ドラゴンを仕えさせる者だと言われてるけど、本当はそうじゃない。
ドラゴンと共にいる者、それが、マスターのあるべき姿だと思う。
「白竜が空を飛ぶときに、伝説のマスターは現れるって伝説があるけど。」
大昔にそう言われてた。その言い伝えと同じように、私のおじいちゃんは伝説のドラゴンマスターになった。
私は最近になって少しだけ思い始めたの。伝説よりもルキアのほうが大切だから、
彼女を従わせなければならないくらいなら伝説の定義なんて私が変えるって。
「伝説のマスター。幼いわりに、強い目をしている。」
認めたように呟かれたその言葉に、思わず口元が緩んでしまう。
そういわれるのは、嫌じゃない。私が目指すのは伝説のドラゴンマスターだから。
「よしっ、歩くか!!お前も歩くだろ?」
「ああ」
2人の眼も、芯を持ってて強い目をしていた。
その目を見ていると、私も頑張らなくちゃと思うくらい。
金色と黒色の髪が私よりもずっと空に近い場所で風に揺らされている。
背の高さはデコボコ、個性もばらばら、それなのにどこか心地いいのは、この夏の風のせいだけではない気がした。