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第52話 :セルス

「で、休暇は有意義に過ごせたのか?」


真っ赤な絨毯を歩き終えて、広い広い中庭に出るとパテュグはそんな事を聞いてきた。

その言葉にフッと蘇るのは、コアの悲しそうな顔。それをかき消すように言葉を返す。


「・・・あぁ、まぁ。パテュグは?」

「俺か?俺は生徒会の仕事に追われて休暇どころじゃ・・・・・」


パテュグは軽く笑ってそういいながら、空をおもむろに見上げて言葉を閉ざした。

その様子に、俺は首をかしげて彼が見上げる方向にあるものを見た。

それは、大人よりも少し若いドラゴンが空を駆けるように飛んで来る様子。


「・・・生徒じゃねーな・・・。」

「あの制服・・・マスターズスクール?」

「お前の前の学校か。」


ジッとそのドラゴンの行く道を眺めていると、ズンズンこっちに向かってきているのが分かった。


「お前の・・知り合いじゃねーのか?」

「俺の?・・・・・・・・まさか。」


真っ赤なマントがそのドラゴンの合間から覗いている。


「セルス!!」


空中20メートル近いその場所から、俺を呼ぶ声がした。


「まさか・・・リラ?」


するとドラゴンはそこから急降下し、俺とパテュグの目の前にドスンと着地した。

そのドラゴンの背から、真っ赤なマントを羽織ったリラが早足で俺に向かってくる。

その顔は怒っているようで、どこか悲しいような顔をしている。

そんな彼女が俺の目の前まで来ると、急に俺の胸ぐらをつかんで大声を上げた。


「どうして!!!どうして、教えてくれなかったの!!!」


彼女の急に起こしたわけの分からない行動に、パテュグは理解できず驚いた眼をして俺等を見ている。

しかし、彼女のその言葉で俺にはその行動の意味が分かった。


「・・・悪い。」

「どうしてっ・・・ど・・して・・・・・止めてくれなか・・ったの!?」

「悪かった。」

「謝らないでっ!!謝るなら・・・どうしてコアを止めなかったのよ!!!」


ドンドンと手加減なしに俺の胸を叩いているリラの眼から、涙が零れ始めた。

俺はリラが泣いているのを、その時初めて見た。


「ごめん。」

「謝らないでって言ってるのにっ!!・・・どうして!?ど・・して・・・・!?」


それでも彼女は叩くのをやめずに、俺に拳を振り上げてくる。

骨でも折れてしまうくらい痛かった。

しかし、俺はその手を掴む事も、振り払う事も、押し返す事もできなかった。

胸に感じるこの痛みは、リラが感じている痛みよりもずっとずっと小さな痛みでしかないような気がしたから。


「ごめん・・・」

「アンタなんか嫌いよっ!!知ってたんでしょっ!?・・どうして・・・どうしてコアを止め・・て・・・っ」


ようやく殴る気力を失ったのか、彼女の拳は俺の胸に押し付けられたまま、彼女は泣き喚いて、その場に座り込んだ。

幸い今日はまだ休暇中の学生が多いため、こっちの校舎には俺とパテュグの2人しかいなかった。

しかし、パテュグは俺とリラの様子を見てまだ驚いたまま立っていた。


「セルス・・・なんか・・・っ。」

「悪かった。」

「最・・・低よ・・っ!!!!コアを・・返してよっ!!」


俺は唯謝る事しかできなかった。

泣崩れた彼女の震える肩をそっと支えて、その場に立たせてパテュグと一緒にすぐ近くにあるテーブルに腰掛けた。


「どうなってんだ?」


俺の隣の椅子に座って、向居の椅子に座って涙を拭っているリラをチラチラと見ながらパテュグは聞いてきた。


「後で説明する。」

「あぁ、是非そうしてくれ。」


パテュグはそれだけ言うと、その席を立って少し遠くの場所でねっころがった。

それを見て、俺はリラの姿に視線を戻した。


「ごめん、リラ。」

「謝らないでってば・・。」

「でも。」

「説明して!・・・どうしてコアをアカンサスに行くの・・許したのか。

貴方が知らないわけないでしょう!?あそこが今、どんな状況下に置かれているか・・・。」


リラの眼が涙によって赤く腫れている。

こんなに心を乱したリラを初めて見た俺は、コアの存在がリラにとってどれほど大切なものであるかを知った。


「あいつが行きたいと言ったから、許した。」


ただ、それだけ。


「どうして許すの!?あの子がどうなっても・・いいって・・いうの!?」

「初めは反対した。許したりしなかった。けど・・・」


コアは言ったんだ“私は、行くって決めた。”と。

その目を見たときにはもう、とどめる事など出来ないとわかってしまった。


「俺はあいつをここに繋ぎとめたくはないんだ。

いつも、あいつは俺の背を押して空を飛ばせてくれたのに。

俺は、コアが空を飛ぼうとする時こんなふうに反対して、その羽をこの地に繋ぐ事しか出来ないのかと思った。」


いってらっしゃいをくれた彼女に、俺は行くなとしかいえず。

ロイには空を飛ばせてやりたいんだと言ったのに、

俺がしようとしていたのはロイと同じで、彼女をこの地に縛り付けることだけ。


「でも・・っ!そうしなければ彼女は・・・コアは・・もう二度と・・戻ってこないかも知れないのに!!」


俺だって怖かった。けど、それ以上にそれを一番恐れていたのはコアなんだ。

それでも彼女は行くと言った。


「それを一番恐れているはずコアが、自分から行きたいと言ったんだ。」

「・・・・・」


それを行くなとは、とてもじゃないが言えなかった。


「結局、あんたはコアの事なんかどうでもいいのよ!!」


リラの眼に再び涙が溢れて零れていく。そのリラが発した言葉はどこか、自分の言葉と重なるような気がした。

“結局、お前にとって俺なんかどうでもいい存在でしかないんだろ!?”


「そうかもしれないな。」

「・・・え?」


ルキアが必ず守ると言ったその言葉を信じて、送り出すなんて。

本当はコアの事をどうでもいいと思っているのかもしれない。


「でも。」


真っ直ぐにぶつかったんだ。傷つく事を、傷つけられる事を恐れずに偽ることなくぶつかり合った。

それはコアの事を確かに、大切だと思っていたから。


「それであいつが自分の選んだ道を行けるのなら、俺はどう思われてもいいんだ。

あいつが欲しているのは、居場所じゃなくて、『おかえり』と言ってくれる場所だから。」


周りのクレズやロイ、リラに、何を言われても。最低だと、あいつを想っていないと罵られても。

それで彼女をここに縛り付けないで済むのなら、これが俺の想い方なんだと言い張ってやる。


「・・セ・・ルス・・」

「ルキアが言ってた。絶対守るから、と。自分が死んでもコアは平気だけど、その逆は違うんだ、と。」

「ドラゴンが・・・」

「あいつらには絆がある。絆のあるドラゴンマスターズには、運命の神も微笑む。」

「・・・・・何それ、キザな台詞ね・・。」

「ははっ。まぁ、待っていてやれよ。」


彼女が必要とするのは、自分を引き止めてくれる手ではなく、帰って来たときに抱きしめてくれる手なんだ。

彼女は高く高く空を飛ぶドラゴンマスターだから。

お帰りの場所だけを、作っていてやればいい。


「本当に、セルスなんか大嫌いだわ。」


ようやく涙を止めて、リラが笑いながら言った。

彼女の机に置かれていたコアからの手紙の最後には、こう書かれていたらしい。


『―――わがままでごめんね。けど、私が帰ってきたら“おかえり”って言って笑って欲しいです。』

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