第47話 :コア
燃える紅の炎は留まる所を知らず、空へと大きく伸びていく。
白いドラゴンが静かに目の前を飛び立つと、迷いもなく唯一直線に炎へと向かう。
それはまるで向かうその先に、宝があるかのように。
「待ってっ・・・エルクーナ!」
呼び止めても無駄。
彼女は振り返ることもなく、止まる事もなく、その白い羽を大きく揺らして離れていく。
赤く赤く燃え盛る炎の中へと。
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「ぼーっとして、どうかした?」
窓の外に広がる夕焼け空を眺める私に、リラが心配そうに聞いてきた。
真っ赤で、忘れられなくて、あの炎の先にあったのは・・・
「なんでもないよ。」
「そう?」
「ちょっと・・・・・昔の事を思い出してたの。」
それは幸せな日々を一瞬にして失った時間。
傍にいた大切な人を救うこともできず、失ってしまった日。
「そういえばおじい様の命日、明日だったかしら。」
「そう。」
大好きだったおじいちゃんは、10年前の明日、いなくなった。
お父さんもお母さんも私を迎えに来るって言ってくれたおじいちゃんは、私の目の前からいなくなってしまった。
当たり前のように目を覚ませば、おじいちゃんが『おはよう』と笑ってくれない世界が待ってる。
当たり前のように目を閉じても、『おやすみ』を言っておでこにキスをしてくれるおじいちゃんはいない。
「おじいちゃんのようになりたかった。その姿を、おじいちゃんに見せてあげたかった。」
「コア・・・・・・・。おじい様はエンプティの地に眠っていらっしゃるのよね?」
この世の墓場と呼ばれるエンプティ。
本当ならテパングリュスに眠るはずだった。しかし、おじいちゃんは誰かと『血の約束』をしていて
その約束を果たす事ができずまま眠ってしまったため、エンプティに迎えられたのだ。
「うん。だから明日、会いに行くつもり。」
あれからずっと1人で生きてきた。
この世界に私に『おはよう』と『おやすみ』を言ってくれる人なんか誰もいない。
「コア、貴女はひとりじゃないわ。」
「ありがとう。」
そう。だけど私は1人じゃない。
空のどこかを自由に飛んでるルキアだっている。こんなに傍にはリラもいる。
この世界のどこかでセルスだって頑張ってる。
“貴女は伝説のドラゴンマスターですよ。”
「リラ、大好きだからね。」
「何?急に。」
「んーん、なんでもない。だけど、大好きだから!」
「ありがとう、私もよ、コア。」
冷たい言葉が風を吹かせているようだった。
ねぇ、全てを忘れたままでいられたらどんなに楽だったかな。
思い出したいと願い続けていた過去が、時間が過ぎるたびに蘇り、私に悲しみを与える。
“これは逃れられない運命なのです!!”
逃れられない運命を与えられて。私はゆっくりとこの時間を失う。
ようやく手に入れた幸せな時間を、夢がじわじわと壊していく。
これが私の願った事?これが私の夢見た世界?
「ずっと、大好きだから。」
ゆっくりゆっくり流れているようで、まるで滝のように早く進んでいく時間を幸せの隣で感じていた。
全てを失って、与えられた運命という試練へと立ち向かうそのときまで。
どうか、今だけは、この幸せを感じていてもいいですか?