第44話 :セルス
目の前に聳え立つ真っ白な建物を、ジッと魅入っている2人の隣で俺は唯院長室を思い浮かべていた。
「すごく大きいわ。」
「そうですね。医者のいない村だったとはまるで想像がつかない。」
箒に乗るたくさんの魔法使いと魔術師たちが空を縦横無尽に飛び交い、地上にもたくさんの人が歩いている。
とても大きなこの病院に集う人はたくさんいるようだった。
「いらっしゃい、コントゼフィール学院の生徒さんよね?」
金色の綺麗な髪を風に遊ばせながら、笑ってそういった女性は俺達にそっと近づいてきた。
「はい。」
「貴女は?」
マティスとプレンティが交互の声を上げるとその女性は一層笑顔を見せて答えた。
「私はカルティエ。ここで副院長をしているの。」
「はじめまして、カルティエさん。私の名前はプレンティです。」
「僕はマティスと言います。で、こいつがセルスです。」
2人が礼儀正しく挨拶したかと思うと、マティスが俺を指差しながら俺の名前を教えた。
俺はその言葉に気づいて急いで合わせるように頭を下げた。
「はじめまして、プレンティさん、マティス君、セルス君。」
微笑む彼女にマティスがポーっとなっているのが見ているだけで分かった。
俺はその横顔にクスりと笑い、そっと彼女に目を移した。
「プレンティさんは福祉の方で、マティス君は外科よね?
それでセルス君は・・・・どこの希望かしら?」
その時フッとこっちを見られて、俺はその目をサッとそらしてしまった。
2・3枚の紙をめくっている彼女の右の腕には赤いブレスレットがしてあった。
それを見つけて、俺はまた笑いながらマティスとカルティエさんを見てしまった。
「何ですか・・・?」
マティスが俺の視線に気づいて首をかしげている。
まだ右腕に輝く赤い宝石は見えていないようだ。俺は必死に笑いをこらえて平常を装いながら言った。
「カルティエさん、ご結婚なさってるんですね。」
「え?あぁ、コレ?」
彼女が“コレ”と言ってかざした右腕にある赤いブレスレットはついにマティスの眼に映った。
女性が右腕に赤いブレスレットをしているという事は、既に結婚しているという証なのである。
それと同じに、男性は左腕に青いブレスレットをして既婚であることを示す。
「カルティエさん、婚約されてるんですかっ!?」
その目に映る赤い宝石に、マティスが驚いた顔をしながら声を上げた。
その声に彼女は幸せそうな顔を覗かせる。
「少し前にね。ある少女が背中を押してくれて。」
「おめでとうございます〜っ!!」
やはり女だからだろうか、プレンティは自分の事のように喜びながらそういった。
その横でおもしろいほどに落ち込んでいるマティスには気づいていないようだ。
「ありがとう。」
「お相手はどなたなんですっ??」
女というのは他人の恋にこんなに興味を持てるから凄い。
いや、俺だって今すぐ隣で落ち込むマティスの恋には大いに興味がある。
それまで聞き流すように聞いていたその言葉にピタリと止まった。
「知ってるかしら?今総予省の省長官をしている・・・」
「えっ!?まさか、ハイドン省長官さんっ!?」
驚くような声がマティスから上がる。
その言葉に俺も驚きの眼を向けて、カルティエさんを見つめた。
「えぇ。」
「本当にっ?凄いですよ!!今度是非お会いしたい!!」
さっきまでの失恋空気はどこへやら、マティスはいつもとは全く違い興奮しきっていた。
とはいえ俺も、この心臓の音を大きくして興味を表わしていた。
ハイドン省長官という男もまた、かなりの若さで政治に足を踏み入れていた。
まだ幼い俺でさえ、あのテレビに映った彼の凛とした姿はまだ焼きつくように残っている。
「あら?それを聞いたら彼も喜ぶわ。よかったら今度の結婚式、出席してもらえる??」
「いいんですかっ?」
「えぇ、もちろん!貴方達の都合がよければでいいんだけど・・・」
「平気です!!全然暇です!!はい!!」
もう、何キャラなのかさっぱり分からなくなったマティスの姿にプレンティは黙り込んだまま魅入っている。
「そう、それじゃぁまた詳細を郵送するわ。」
「ありがとうございますっ!」
「いえいえ。・・あ、それで??話が飛んじゃったけど、セルス君はどこに行きたい?」
そういえば、この話に夢中になりすぎて忘れていたがそう言われて
俺は頭を急いで回転させたが、何も思い浮かばずそのままを答えた。
「院長に会えませんか。」
ここに何をしに来たのか。その答えはきっとこの2人とは全く違う。
俺がここに来たのは、彼自身への質問と・・・・・あの男の事を聞くため。
「え??」
「クリュス院長に会わせてはもらえませんか。」
俺の言葉にカルティエさんもマティスもプレンティも驚いた顔をしている。
「どうして彼に会いたいの?」
「お聞きしたい事があって。」
「それは彼じゃないと答えられない事?」
「彼に関することなので。」
笑っていた顔が、明るさを失い眉間にしわを寄せている。
俺はただその表情を見つめて立っていた。
彼女の目が一瞬こちらを見て、すぐに反らされた。
「・・・・・・分かったわ。聞いてみるから、少しここで待っていてくれる?」
その後、彼女はそのくらい顔を少しずつ笑顔に変えながら俺を見た。
「本当ですかっ!?ありがとうございます!!」
「彼が拒否したら残念だけど・・・」
「はいっ!ありがとうございます!!」
「それじゃぁ、マティス君とプレンティさんはついて来て。」
2人は少し不思議そうな目を俺に向けたまま短く返事をして彼女の後ろをテクテクとついていった。
その2人の背中を見送った後、俺はすぐ傍にあった小さな二人用のベンチに腰掛けた。
通り抜けていく風が、葉の香りを漂わせて爽やかというに相応しい風を作り出していった。
すぐ傍にある木が俺に木陰を与えて、俺は熱った頬を冷やされたような気持ちになり、目を閉じた。
静かにただ、走り抜けていく風に葉が小さく笑い声を上げて揺れていた。