第43話 :セルス
「セルス、今日は病院見学でしょう?」
眼鏡をかけ、背の高いマティスが俺のほうを見ながらそう言った。
マティスより少し背は低いが、そこらの男に負けているわけではないので、あくまで横を見ながら返事をする。
「あぁ、あの医者のいない村だった場所にある総合病院だ。」
「良く知ってるわね。」
真紅の綺麗な長い髪の毛先はクルリと緩く巻いていて、その髪の毛がフワリと女性の匂いを漂わせる。
背の高いマティスの横からヒョコっとプレンティが笑いかけてそういった。
「プレンティ、貴女はどうしていつも急に出て来るんです。」
「あら、いいじゃない。それとも何か隠したい話をするつもりだった?」
ツンとしたプレンティの冗談が、マティスの言葉を丸め込む。
そんな2人のじゃれあいを眺めていると思わず笑いが零れ、その瞬間2人は同時にこっちを睨みつけてきた。
俺は急いでキリッとした顔を作っていった。
「プレンティもマティスも、病院だろ?」
「はい。」
「えぇ。」
それから2人はセルスから視線をそらすと、真っ直ぐと前を見た。
真っ赤な絨毯が敷かれた大きな廊下をゆっくりと歩く。
2人は5つも年上だが、同じ1学年の中でセルスを覗いて一番若い2人だった。
「俺は元々医者になるためにここに来たんですから。」
「そうだったわね。ドラゴンマスターの医者ならドラゴンの治療から人間の治療、訪問治療だってできるものね。」
「そういうプレンティはどうして、病院?」
見学先は自由に選べる選択性で、病院を選んだのはたったの10人程度だった。
「私?私は・・・特に理由はないけど。セルスはっ?」
「俺はその病院のクリュスって人に会いたいんだ。」
「誰です、その・・・クリュスさんて。」
「あの病院の院長をしている人で、32歳の天才医師と呼ばれている人だ。」
俺がそういうと2人は驚いた顔を向けたまま、こっちをみている。
俺はそんな2人にその人のすごさを話して聞かせた。
「32と言う若さで、あんなに大きな総合病院の院長をしていて、ボランティアに活発な人だ。
まだ会ったことは無いが、会って聞きたいことがたくさんある。」
「そう。そんなに凄い人がいるのね。」
「知りませんでした。」
2人が知らないのも無理は無い。彼は決して人前に出てくる人ではなく、裏の医師会長と呼ばれている人だから。
そんな彼に会って聞きたいことはたくさんある。
どうしてその若さでそこまで上り詰めたのか。どうして表に出てこないのか。
この世界をこれからどんな風に変えていきたいのか。
「出発は12時だろ?」
俺がまだ10時をさしている時計を眺めながらそういうと、マティスが軽く頷いた。
早く会って、話がしたい。そんな思いで、心が時間が過ぎるのを待ち望んでいた。
それに・・・・・話したいことは、そんなことだけじゃないんだ。
赤い絨毯を永遠と歩きながら、パテュグが聞かせてくれた話を思い出していた。
**
「こんなに大量のメダルを取っていた人だぜ?」
「すごいな。」
「感動するだろ?」
「・・・あぁ。」
何百個とまるで金のドラゴンのうろこのように並べられたメダルにため息がもれる。
そんな俺の隣で、ガラスケースに背中を預けてパテュグがいった。
「この人は今、行方不明ならしい。話しによると自ら姿を消したとか・・・」
「・・・え?」
「何十人のマスターが彼に一目会いたいと探し回っているらしいが、この世界のどこにもいないらしい。」
「それって・・・・死んだってことか?」
その言葉に俺も急いでガラスケースから眼をそらして、パテュグを見つめた。
いきなり大声をあげた事で、喉の奥に何か痛い感じが伝わってくる。
「いや、そうじゃない。」
「え?」
「彼のドラゴンを見た者が何人もいるんだ。」
「似ているドラゴンじゃないのか?」
「いや事実、主の名がその牙に刻まれていたらしいんだ。」
それはある程度の力を持つマスターに許された永久呪文で、
死ぬまでドラゴンとの契約を打ち切る事はしないと誓った証として刻まれるものだ。
「ドラゴンが生きているのだから、その主である彼が死んでいるはずがない。
ドラゴン契約はこの世界の何よりも強い契約魔法だ。
それが破られた事なんて、何に置いても一度も無いんだかんな。」
主が息絶えた瞬間を持って、ドラゴンの心臓は音をとめ、動くのをやめる。
それがドラゴン契約の原則ともいえる、最も重大な契約である。
だから、彼のドラゴンが生きている限り、彼も死んではいないということになるのだ。
「じゃぁ・・・」
「フェウスにはたった一人だけ、大親友がいたのを知ってっか?」
「え?」
「たった一人だけ、全てを許していた友がいたんだと。」
**
―――――――――――――その名はクリュス。
「クリュス・・・・」
伝説を作り上げようとしていた男が信じ、全てを与えた友・・・それがクリュスだった。
男はクリュスよりも2つ年上で、将来は全てを手に入れるマスターになれていたらしい。
彼に会いたい。彼がどこにいるのかを知らなくても、彼について話を聞きたい。
「何か言いましたか?」
不意にマティスが俺のほうを見てきた。
「いや、なんでもない。」
全てを掴む事が許される場所にいた彼が、どうして姿を消したのか。
パテュグの話を聞いてからそればかりが頭の中を巡っていた。
その理由はきっと、とても重要な意味をもつ。そんな気がしてならないから。
知りたいんだ、その男の描いた全てを。