第42話 :セルス
「おい、セルス!」
赤いシートの上をようやく歩きなれた俺に、今日は誰かが声を掛けてきた。
もう何日も1人で歩く廊下を、初めて誰かと並んで歩く事になる。
「誰?」
「俺だよ、知らないか?」
「ごめん、どこかで会った事あるっけ・・・?」
振り返った俺の目の前に立つ、やたらと体の大きな男はニマッと笑うと、初対面だ。と言った。
「なら、知ってるわけがないだろう・・・?」
「本当に知らないか・・・。いや、俺は3年のパテュグって言うんだ。」
「俺はセルス・・って言わなくても知ってるのか。」
俺は軽いため息をついて、上から降りてくる視線にあわせて首を上げる。
「おめーはかなり有名だからなっ!!」
「俺が?」
ここに来て間もない俺は、この学校の広さに中々なじむ事が出来ないでいるくらいなのに。
何せこの学校は全てが大きく、ドラゴンを連れて歩いても余裕があるくらい縦横にかなりの広さを持っているのだ。
マスターズスクールの規模がどれほど小さい物かを思い知らされるばかりである。
「あぁ!おめーはその若さでこの学校にいるんだ。それはスゲー事なんだぞ!」
凄いと言われることには慣れてしまった。
何人の人に、どんな人に、凄いと言われても、俺には分からない。
結局人を助ける事も、自分1人で行動することすら出来ないのだから。
「フェウスって言う天才マスター以来だかんなぁ!!」
「フェウス?」
どこかで聞いた事のあるような、いや、ないような。
そんな名前を聞いて、意識も無くそんな質問をすると彼は驚いた顔をした。
「知らねーのかっ!?あのフェウスを!!」
「いまいち・・・」
「そーか・・、そりゃ俺のことも知らないはずだ。
フェウスって言うマスターは、20年くらい前ここにお前よりも1つ年上で入ってきたんだ。」
そう言われて、頭に浮かんだのは中央等の大きなガラス張りのケース。
「そうか、思い出した!!その名前、ガラスケースで見つけたんだ!!」
「そうだ、そうだ。中央等のガラスケースの中に、幾つものメダルや賞状、記念碑とかが飾られてるだろ?」
そしてその傍らには、ドラゴンの爪のかけらが置かれていた。
「そりゃー、すげー人だったんだとよ!」
ズンズンとまるで自分の事のように、誇らしげに歩いていく大男に急いでついてく。
「で、お前はフェウス以来初の若かりしドラゴンマスターってわけだ。」
「へぇ」
その返事に自分でも、彼の言葉に何の興味も無いのが分かった。
もちろん、彼がそれに気づかないはずはなく、俺に勢いよく突っかかってきた。
「おめー、興味ねーのかよっ!!」
正直言うと、全く無い。それが俺の答えだった。
ここに立っているので精一杯の俺が、たかが若くしてここに来たというだけで
あのガラスケースの中に入っているメダル達の持ち主と、同じ場所に立てているわけが無いのだ。
「俺は・・・全然凄くなんてない。」
それは謙遜とかではなく、事実そうなのだ。
そういう俺の顔をみて、彼はもう突っかかるのを辞めたのか、落ち着いた声を俺に聞かせた。
「勿体ねーなぁー。」
彼は高い高い天井を仰ぎながらそんな言葉を俺に漏らした。
勿体ない?そんな風に俺は心の中で呟いた。
「・・・え?」
「フェウスだって、お前と全く同じだったんだろーに。」
何が言いたいのか、全く理解できなくて聞き返す俺に、彼は今度ははっきりと俺を見てそういった。
「え?」
「この広さに慣れなくて、うろうろしたり、その年の生徒会長を知らなかったり。
この赤いシートをただ1人で、テクテクと歩いて成長したんだぞ。」
考えても見れば、そうだろう。
始めてこんなどでかい場所に連れてこられて、1人きりで全てを知っていくのだから。
「だから勿体ねーなーと思ったんだ。」
彼がそういった意味が、今ようやく分かった。
俺には彼のようになる、いや、それ以上になれる可能性があるという意味だったのだ。
「今の俺じゃ・・・到底無理ってことか。」
「“今のお前”じゃぁなぁ。」
ここに立っていることに必死だとか、俺が決め付けただけ。
もっと先を求めて、手を伸ばせば、その“必死”はいとも簡単に崩れてしまうのだろう。
「えっと、パテュグ?」
「ん?」
「それで君は、生徒会長だったりするのか?」
俺は考えていた事を彼に言うと、彼はまたニマッと笑ってみせる。
「正解だ!!」
必死だなんて言葉は、終わった後に気づくんだ。今、この時にそんなことは分からない。
分からなくなるくらいに、手を伸ばし続けて、その先を求め続けて。それが必死ってことだから。
フェウスというその人も、俺と同じだった。いや、皆同じだったんだ。
ここから頑張れるのかどうかが、先へと進む、あのガラスケースの中に入れるかどうかなんだ。
「これから、よろしくなっ!」
「こちらこそ。」
例え今がどれほど愚かであろうと、劣っていようと、俺にはここから進む力がある。
伸ばされたゴツゴツした手に、俺は手を重ねた。
“これから”を信じて。