第41話 :コア
ここに来たのは凄く最近のように思える。
それなのに、もうここに来る事はないんだと、理解しなければならない日がもう今日という日までやって来てしまった。
「本当に早かったな。」
「お世話になりました。」
「本当だ。」
笑いながらそんな冗談を言う彼、ハイドン省長官の横には幸せそうに微笑むカルティエさんがいた。
「元気でね、コアちゃん!」
「はいっ!」
「またいつでも遊びに来てね。」
「はい、絶対!」
初めてここに来た時は、彼の眼に足が竦みそうになった。
それでもセルスとの約束が私を支えて、今ここまで立たせてくれている。
「お前が約束した男・・・。」
不意にハイドン省長官が私から眼をそらしながらそういった。
「・・・また、連れて来い。」
「お父さんみたいな事を言わないでよ、ハイドン!」
「そういうわけじゃない!!」
「ハイドン省長官、いつか必ずお目にかかります。」
「そうか。」
ゆっくりと吹くその風が、まるでその時間を名残惜しいという事を言葉にせずとも伝えているようだった。
2人は黙り込み、私の口から言葉が発せられる事はなくなった。
「・・・元気でね。」
「はい。」
優しい顔がまるで、お母さんと呼ばれるようなものに見えて私は涙ぐんだ。
「早く行け。」
最初から最後まで、冷たい目をしたハイドン省長官の優しい言葉にその涙は勢いを増して目から溢れた。
「は・・っい。」
久しぶりに羽織った学園の白いマントが、まるで羽のように軽い。
私は涙をそっと手で払いながら、ルキアがまつ中庭を歩いていった。
「おいっ、コア!!」
低いその声に私は静かに振り返った。
「これを受け取れ!」
リーチ(届く)の魔法がかけられた何かが、私めがけて投げられた。
空中を飛んでくるその“何か”はキラキラと太陽の光を反射しながら私の手の中におさまった。
「それはグレーナがいつも身に着けていたものだ。お前にやる。」
それは金のネックレスだった。そこには3つの指輪があり、真ん中の指輪はまだ新しく綺麗だった。
その真ん中の一際小さな指輪には、二つには無い文字が書かれていた。
『 You are our world core. 』――――私達の世界の中心は貴女。
「いいんですかっ!?」
遠くにいる彼に届いたかどうかは分からないが、彼はにっこりと笑いながら頷いた。
それから何か言葉を私に投げかけた。
「それは―――から――に送られた――――――。」
「・・・え?」
「もう行け!!」
その言葉に私は首をかしげながら、そっとルキアの背に乗った。
風の音がする。この世界全てを掛けてきた、あの日の風が。
「行こう、ルキア。」
『はい。』
ルキアはその白い羽をフワリと動かして、いとも簡単にこの場所から足を浮かせた。
その様子を下で見ていた二人は、まるでお父さんとお母さんのように優しく見守ってくれているようだった。
「私のお父さんとお母さんも、2人みたいだったのかな・・・?」
私の独り言はすぐ傍にいるルキアにさえ届かないほど小さくて、強く吹き荒れていたその風に流されていった。
お父さんのようなハイドン省長官。お母さんのようなカルティエさん。
ここで出会った人達、ここで学んだ全てを、私は絶対に忘れたりはしない。
そんな風に思うと、空吹く風はどこかその心の誓いを聞いてくれているような気がした。