第37話 :コア
実施訓練にここに来た日から、早くも一ヶ月がたった。
ファルスさんとライクさんとも仲良くなり、仕事もある程度はできるようになった。
「おい、コア。」
「はいっ?」
初めは忙しくて、死にそうだと唯足掻きながら仕事をするだけだった。
それが今では、時間を感じとり、休憩だってとれるようになった。
「今日は・・でかける。ついて来い。」
振り返れば、振り返るほど、残り一ヶ月と言うのか悲しく感じて仕方ない。
ゆっくりと広い廊下をズンズン歩いていく、ハイドン省長官の背中もどこか愛おしい。
「省長官のドラゴン、初めて見ますっ。」
空に手を上げた彼の眼は、少し嬉しそうで、どこか寂しそうだった。
少しすると、彼の元へドラゴンが降りてきた。
それは綺麗なドラゴンで、まるで宝石のようなエメラルドグリーンの翼が空の色と良くあう。
省長官の悲しみの目は、このドラゴンの事ではない。ふと、そんな風に感じた。
「私も、お前のドラゴンを生で見るのは初めてだ。」
早く呼んでくれ、と彼は静かに言った。
心の中で名前を呼ぶと、空の端のほうから駆けて来る風がルキアの匂いを運んできた。
だんだんと大きくなっていくルキアの姿に、省長官はじっと魅入っている。
「ルキア。」
『コア。・・・お久しぶりです。』
ここ最近デスクについて、仕事をしている私はほとんどルキアと会っていなかった。
そっとその白い肌に手を触れて、久しぶりの感触を確かめる。
「・・・綺麗だ。」
ボソリと、風にかき消されてしまいそうなほどの声が耳に響く。
『本当に。こんなにも美しいドラゴンがこの世にいたとは。』
「これが、伝説の白竜か。」
省長官のドラゴンと省長官が心を奪われたように、声を漏らしてそう言った。
汚れを嫌い、ただ主のみに忠誠を誓う竜。そんなふうに誰もが羨んだ白竜。
だけど私には省長官のドラゴンだって、とてもこの世の者とは思えないほど美しく見えた。
「ルキアは唯のドラゴンです。・・・唯、色が白いだけのドラゴンです。」
私は訴えるように言った。
「悲しかったら泣くし、楽しかったら笑う、精一杯生きていて、心臓が止まれば死んでしまう。普通のドラゴンなんです。」
そう言うと、省長官は少し呆れたようなため息を漏らしてその手を私の頭に置いて言った。
「あぁ、そうだな。」
その言葉はまるで魔法のように、私の戸惑う心を全て受け止めてくれた。
全てを知り、全てを理解し、そして全てを信じているような。
「お前と同じような事を言う奴がいたよ。」
「え?」
「さぁ、行くぞ。急げ。」
聞き返す私に返事の言葉はなく、彼はドラゴンの背に乗ると一気に空へと舞い上がった。
その後をルキアが急いで追っていく。
私と同じようなことを言う人は、きっと彼の大切な人なんだろう。
私は何故だかそんな風に思った。彼の眼が映していた悲しみはきっとその人のことなんだと。
上がり始めたばかりの太陽に向かって、唯ひたすらに前を飛んでいく彼の背中が何故だかとても暖かく見えた。