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第34話 :コア

「君が新客のコアちゃん?」


忙しく走り回っている人の間を、少し違う時間をまといながら男の人が歩いて来た。

その人はキリッとした顔立ちで、笑った顔は優しい感じのお兄さんのような人だった。

その声に私はとりあえず声を上げた。


「え、あ、はいっ!!」

「初めまして。僕はこの部署で働いている、ファルス。」


そういうと爽やかな風を吹き散らし、その手をスッと私に伸ばしてくる。

私は急いで手を伸ばして返事の声を上げた。


「私の名前はコアですっ!よろしくお願いしますっ!!」


握ったその手は少し冷たくて、その体からは外の香りがした。


「驚いたよ!彼にあんな事言わせるなんて、さすが伝説のマスターだね!」

「いえっ・・」

「よかったよ、君がちゃんとしたマスターで。」


その優しい笑顔に思わず心が温かくなる。

“ちゃんとしたマスターで”と言う言葉が何故だか強調されているような気がして一間置く。

それから私はその間を埋めるべく、質問をした。


「あ、あのっ!私、何すればいいですか?というより、私に何が出来ますかっ?」


握り合っていた手をゆっくりと放しながら、私の問いかけに彼は答えた。


「そうだなぁ。それじゃぁ、そこの本棚の整理を頼もうかな。」


あれ大変なんだぁ、とぼやきながら彼が指差したものはかなり使い込んでいるのがすぐに分かるほど

汚くてボロボロで、所々穴が開いている大きな棚だった。


「あの棚の書類を・・・私が?」

「できないかな・・・?まぁ仕方ないよね。新人だもん。それじゃぁ他には・・・」


私は何のためにここに来たのだろう。どうしてここに来たのだろう。

きっと私がここに来た理由があるんだ。私はきっと、この場所で何かをして、何かを得るんだ。


「あのっ!!」

「ん?」

「私、します。本棚の整理!!」


驚いているファルスさんは、その手をそっと私の頭に乗せて笑って言った。


「きっと大変だよ?あと3時間もすればハイドン省長官は戻ってくる。

その時には全て片しておかなきゃならない。君には無理だよ。」


あぁ、分かった。

私は心の中で絡まっていた糸が、すっと解けた気がした。


「ファルスさんは、セルスに似てるんだっ。」


心の中で呟いたはずの言葉は口から零れて、目の前のファルスさんを驚かせた。


「え?セルス??」

「え、あ!えっと、友達です!それで、私の大好きな人っ。」


私を見てくれている優しい目とか、心配してくれてる言葉だとか。

どことなく、セルスに似ているからこんなに暖かいんだ。


「そう。」

「彼が私を今この場所に立たせてくれてるんです。だから、私はここに来た限り何かしなくちゃいけない。

それが難しいとか、大変だとか関係なく。だから、私頑張ります!!」


不思議そうな顔をしていたファルスさんは、また優しく笑いながら「そう」と言って

私をゆっくりと本棚の前に連れて行ってくれた。


「この本棚には今までの予算見積書と、今後の見積書、予定書、希望書が全部ごちゃ混ぜになってる。

これを3時間以内に整理して、分離し、処分するものはしなければならないし。

出来上がった見積書はどの棚に移動するのか、表示板もつけなきゃならない。

それだけじゃなく、出てきた予定書と希望書は各担当者に配布し、期限をしるすんだ。」


大きな棚を前に、ファルスさんは一気にそういうと、ため息を漏らした。


「やっぱり無理だよ。君はまだここに来たばかりで、どれが使わない見積書でどれがまだ触っていない物なのかも分からない。

それを分けるのだって一苦労だろうし、その上それを誰がどの担当かも分からないのに、配布しなくちゃならない。

表示板だって女の子には無理だと思う。」


ため息のあとの言葉から出てきたのは、私に反対する言葉。

だけど、それじゃぁ私に出来る事なんて何一つないって言ってるみたいだった。


「あの、それじゃぁ私に出来る事、何もないんじゃないですか?」

「え?」

「だって、ここの仕事でも本棚の整理は雑用係で。

その雑用すら、私に出来ないなら、何が出来るっていうんですか。」


ここに来て、何も出来ないからお茶だし?

そんななら、いない方がずっといい。あぁ、だから省長官は私に仕事はないって言ったのか。


「そうかもしれない・・・けど」

「私、やりますよ。本棚の整理くらい、やって見せます!」


あの時、悔しかった。今だって、すごく悔しい気持ちが心の中をいっぱいにしてる。

ファルスさんは私を心配して言ってくれてる。

だけど、それは私がどれだけ無能であるかを示してるんだもん。

私はセルスと約束した、早く隣に立つからって。

だからこそ、こんな所で雑用もできないんじゃ、一生掛かっても、セルスに近づくことさえ出来ないもん。


「お願いしますっ。」

「・・・・・・・」


ファルスさんは顔を渋めながら、仕方なくというように頷いた。

それから自分は忙しくて手伝えない事を言って、頑張れといってくれた。

私の前に立ちはだかるのは、3時間という時間と、それからたった一つの大きく古びた本棚。

たったそれだけ。

それくらいで、無理だ何て言ってられない。

もしかしたら、これから先は誰かを傷つけなくちゃ行けないかもしれない。

その時、傷つけないでいいように、今私は頑張らなきゃいけないの。


彼との約束を守るために。


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