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第33話 :ファルス

ちょうど時計が10時を指していたころだろう。

他の部署もそろそろと行動し始め、ようやく国家総堂のほとんどが活動を始めた。

俺はクラッシュ(俺のドラゴン)で『第六課製作本部』から総予省へ戻った所だった。

空の旅は生憎、曇り時々雨という天候により快適だとは言えなかったが、

ハイドン省長官の傍にいるよりはそれはそれは快適だった。


「あのっ!!私の名前はコアです。」


大量の資料を抱えて廊下を歩き、もうすぐ総予省に着く、という場所でそんな可愛らしい女の子の声が聞えてきた。

その瞬間に、さっき軽くしてきた頭が一気に重みを増し、ため息を漏らした。


「もう・・来たのか。」


俺は1人で足を止め、ボソリと呟いた。

今までにないほどに機嫌の悪いハイドン省長官相手に、新客はどう戦うのだろうか。

そんなことを考えるだけで、頭痛までしてきた。

しかし荷物が重たく手がしびれてきた事も助けて、俺はその重たくなった足を何とか動かしながら部署に入った。


「君、考えて分からないのか?傍にいる人間に話しかけるのに、そんな大声を張り上げる必要がどこにある?」


機嫌は最悪を見せていた。

その光景に誰もが忙しいからではなく、恐れから足を動かし魅入ったりしていないのが分かった。


「すいません・・・。」


少しショボくれた少女の背中は、何だか可愛らしかった。

ショートヘアーの髪は、いかにも女の子らしくて心が華やぐ。

彼女が今噂の


「これが白竜の選んだ伝説のドラゴンマスターか?」


伝説のドラゴンマスターと呼ばれる少女。

身長からするとまだまだ幼く、俺と10歳は違っていそうな声をしていた。


「仕事は与えてやらん。」


キリッとしていて、それは例えるなら氷柱(つらら)のような声と言葉と目をしていた。

きっと去年の新客が失態をおかしている所為で、ハイドン省長官は厳しくなっているのだろう。

そんなことは少女だって分かっているはずだ。

俺はしばらく突っ立っていて、その沈黙の間に我に返り、自分の机の上に資料をドサッと一気に下ろした。

それからペラペラと資料をめくりながら、その神経の全てを2人に向ける。


「でもっ!」


必死な声が、彼を呼び止める。その声に足を止めて振り返った彼は突き放すように言った。


「白竜の眼も、落ちたもんだな。」


俺は無意識のうちにその資料をグシャっと握っていた。

彼はいつだって冷血で、人使いが荒い、変わり者だと皆から言われていた。

だけど、本当は優しい心を持ち合わせ、人の限界を見通して仕事を与える、まさにリーダーにピッタリな人だと思う。

きっとそう思っているのは、俺だけではないだろう。

そんな彼が放った言葉はドラゴンを侮辱する言葉で、ドラゴンマスターなら、

ドラゴンを思うマスターなら、誰もが激怒するであろう言葉だった。

俺も、あまりのその言葉の酷さにその手を握り締めてしまったのである。

少女は何も言わず、ただ黙り込んでいる。その様子はまるで去年の少年とかぶって仕方ない。

彼は去年も新客に、同じような言葉を浴びせていた。


彼は黙り込んでいる彼女を見て彼はため息をつくと、また一言呟いた。


「こんな子供に割く時間はないんだよ。」


その瞬間に、手に握られていた怒りに似た感情がフッと消えてなくなった。

その代わりに心の中には、何か温かなものがゆっくりと広がる。

去年の少年はドラゴンのことをそう言われて、同じように黙り込んでいた。

その上、出した結論の言葉は、そこにいる全ての者を凍りつかせるような最悪な言葉だった。

そっと耳の奥で響いた。  

“ドラゴンとは契約しなおせるんで、もっといい奴がいたら契約しなおしますよぉっ!!”


ふざけるな。・・・そこにいた誰もがそう叫びそうになったことだろう。

ドラゴンは一生に一度しか契約できない生き物。そして主を失うと死ぬという契約を結ぶのだ。

つまり契約しなおすという事は、そのドラゴンを殺すという事。

その言葉を聞いてから、彼はより一層新客を嫌うようになり、今ここにいる少女のように扱ってきたのだ。

ここに来る新客は皆、その少年と同じような者ばかりだった。世界は(すた)っている。

そして、この少女だって同じ。たとえ、ドラゴンが白竜であろうと、マスターに違いなんてない。


ハイドン省長官はそれを試している、いや、確認しているだけなのだ。

そしてこの少女だって――――  そう思ったとき、静かだった2人の間に新たな言葉が飛んだ。


「待ってください!!」


さっきの言葉よりも強く、彼の背中へ呼び止めた。


「なんだ」


彼は振り向く事もなく、そんな言葉だけを返す。彼も俺もここにいる人は皆諦めていたんだ。

この世界に生み出される新たなマスターが、ドラゴンを想えるマスターであるということを。


「・・・今の言葉は、撤回してください。」


小さな声は、ざわついたその部屋を響き渡り、

俺達が抱くその諦めという感情に『コン”コン”』と音を鳴らしてノックした。


「は?」


彼は振り返り、俺の心の言葉を発した。


「今の言葉、撤回してください。」


曲がる事もなく、真っ直ぐに。それはこの少女の言葉かと疑いたくなるような物言いだった。


「・・・貴様、私が誰かと知っての言葉か?それは。」


ハイドン省長官はまた試すような事を言ったが、少女は全く気づいていない。

どんな返事を返すのか。

心がドキドキして、湧き出てくる喜びと興味で興奮しているのが自分でも分かる。


「知ってます。でも、ハイドン省長官もドラゴンマスターですよねっ?

それなのにそんな事を言うのなら、私は貴方がマスターだとは思いません。」


その言葉に俺の口元は自然と緩み、笑いが零れそうなのを必死で抑えていた。

彼女は俺に休む間も与えずに言葉を付け足す。


「先ほどの“白竜の眼も、落ちたもんだな。”って言葉、撤回してください。」


強くて、ゆるぎない、それは彼女の信念だった。

省長官である彼に逆らう事が、どれほど恐ろしい事か。

ここに来る事を禁止されるだけでなく、もちろん退学も含まれる。

彼女はそれを知っている上で、その言葉を放っているのである。


「私が上司だと知っての言葉だというのか。」

「はい。」


何を捨ててでも、どうなってでも、マスターにはドラゴンが一番大事だと想う気持ちが必要なのだ。

俺ならどうしただろうか。

そう考えると少し心が震えた。・・・あんな風にいえるだろうか。

たとえ省長官であっても、クラッシュのことをあんなふうに言われるのは許せない。

しかし、こんなにも真っ直ぐに逆らう事ができるだろうか。

その答えはあまりにも難しい。


言い応えしなくても、黙っていればいい。俺なら黙っているだろう。

答えは・・・・・“俺には、言えない。”


「ははっ。」


緊張していたその空気を一気に乱すように、ハイドン省長官が笑い声を上げた。


「お前のドラゴンはさぞ幸せだろうな。すまない、撤回しておくよ。お前のドラゴンは良き主を選んだ。」


彼のその言葉と、笑顔に、俺は驚いて言葉も出ない。

ただ口を小さく開けて、その様子を目に写し、それが夢でないことを確かめる方法を探しているだけ。


あの省長官が笑っている。部署の中が驚きに静まり返った。


この子が白竜が選んだ、伝説のドラゴンマスター。

一度は耳にした事がある、あの有名な伝説のマスターを継ぐべきマスター。

心の中には何とも例えようがない、そんな感情が入り混じっていた。




そんなこの場所に窓から温かな風が吹き込んでくる。

俺は思った。世界はまだ、廃ってはいないようだ、と。


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