第32話 :ファルス
総予省――そこは地獄だと呼ばる部署。
そんなこの部署に今年も新客が訪れる、その新客は今世界中で注目されている白竜の主ということだった。
現在、朝の8時を回ったばかり。
他のどの部署も明りを灯さないこの時間に、総予省だけは忙しく働いている。
そしてこの総予省を仕切っている、我等がリーダーと呼ぶ総予省長官ハイドン氏の機嫌は最悪なようだった。
「おい、ファルス!!」
彼はそのイラつきが分かるほどの口調で
ぼーっと周りを観察しながら書類をまとめている私に、その手で“来い”と命じた。
「・・・はい。」
渋る思いでその書類が山のように積み上げられている机に近寄りながら
頭の中で、これから彼が発する言葉を想像する。
彼にこうして呼ばれるときは、必ずしも八つ当たりをくらうのだ。
そんなことを考えながら、目の前まで行き、何でしょうか、と問う。
「今している作業を後15分、いや10分で仕上げろ。」
やはり、こうなる事は分かっていた。
去年も彼はこんな風に機嫌が悪かったが、今年ほどではなかった。
「お前には立公館の予算削減資料の作成と、第六課の拡大見積もり予算、
それからあの棚の整理と、書在庫の整理を昼までに全て終わらせてもらうんだ。」
たらたらするな、と言う言葉をその後に付け足すとその目は行け、といった。
最悪だ、今日の機嫌は今までにないくらい最悪だ。
議員から民間人までが使用可能な、この国最大の図書館となる立公館の予算は
議員の中でもかなり優秀なリレイクが見積もったものだ。
そんなものをもう一度見積もりなおし、削減するなんてどれだけ骨の折れることか。
第六課の部署拡大なんて、考えられないほど削減する場所が多すぎてこれも手間がかかる。
その上“あの棚”と指差された棚は古く、
ゆうに2メートルはある棚に収まりきらないほど詰められた資料を片付けて
最後には予算書がゴミ山のように放置されたあの書在庫を掃除するなんて。
もう、あの人は鬼でしかない。
「ファルスも大変だな・・・。」
忙しく駆けて行く人の中から、足を止めてその様子を見ていたライクが苦笑いを見せて言った。
「そう思うなら手伝ってよ。はぁ、あの人は鬼だ。」
「勘弁してくれ。こっちもこっちで、さっき仕事をそりゃ大量に下さったんだ・・・」
ははは、と笑う口元に泣きそうな目。
いつもだって十二分に忙しいこの部署は、この日はそれ以上に忙しくなる。
あの人の機嫌が今日という日に一番悪くなる。それもこれも、全て新客の所為。
去年、ここに来た少年は学校でとても優秀だと言われていたが
予算書の桁が1つずつズレるという小さなミスをし、そのミスによりこの部署の者は減給と残業を与えられた。
それが今年に響き、彼の機嫌が去年よりも悪い理由。
そしてさっき彼が俺に与えた仕事は全て、その新客がこなす今日のメニューだった。
「それじゃ、頑張れよ!」
「・・ライクも。」
考えるだけで世界への絶望と、明日は来るのかという不安が襲ってくる。
その不安から逃れる方法はひとつ、仕事をこなす事のみ。そうここは地獄。
そして今日、この地獄の場所にたった一人の少女がやってくる。
その少女は何日持つのか、そんなことを頭の端に思い浮かべながら首を振った。
今日もてばいい方だ。
そんな事をきっとこの場所にいる何人かは考えた事だろう。